6月24日から陸上の日本選手権が始まる。100mと200mで東京五輪出場を目指す小池祐貴(住友電工)にとっては大一番となる。そこで優勝すればもちろん、3位以内に入れば東京五輪の出場が決定する。

 5年前に開催されたリオ五輪の時、小池は慶応義塾大の3年だった。

「リオ五輪はテレビで見ていました。100mは勉強を兼ねて見ていたんですが、400mリレーは予選のタイムを見て、単純に(日本チームは)『すごいな』『勝てるな』と思っていましたし、決勝のレースは本当に感動しました。

 でも、そこに自分のイメージは重ねていませんでした。当時はケガをしていて、現実逃避というか、一度ゆっくり休もうという感じだったので......。だけど今は、あの興奮や感動を誰かに届けられるのであれば、『自分が』という思いは強くあります」


自身初の五輪出場を目指す小池祐貴

 東京五輪は100m、200mに加え、400mリレー(通称4継)も含めて、3種目で出場の可能性がある。なかでも、前回のリオ五輪で銀メダルに輝いた400mリレーは、今回も大きな期待を寄せられている。小池はどの種目を一番重視しているのだろうか。

「やっぱり100mで結果を出したいです。こだわりがあるし、憧れもあります。ファンの熱気を見ても100mは圧倒的ですし、お客さんの反応も全然違いますからね。単純に足が速いということに対しての憧れがあるのかなと思います」

 100mは陸上の花形で、歴史的に見ても世界的な影響力を持つアスリートが多い。古くはカール・ルイス(アメリカ)やベン・ジョンソン(カナダ)、そして世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)がそうだ。

 日本でも近年は10秒を切る選手が次々に登場するなど、注目を集めている。ただ、メダルの可能性という点では、4継が一番だ。

「僕は100mとか、個人種目あってのリレーだと思うんです。個人種目で結果を残すということは、それだけのスピードが出るということなので、気持ちよくリレーにいけるんですけど、逆に個人種目でうまくいかないとリレーでも足を引っ張るんじゃないかと不安になるんです」

 4継の面白さについて、小池はこう語る。

「100m、200mとはまったく異なる別の競技です。純粋に競技力の合計値というより、バトンなど、リレーに特化した技術が必要になってきます。あとはどれだけうしろの選手を信じて走れるか......ですね。個人の能力はもちろん大事ですが、信頼という部分が大事なので、仲のよさも結果に影響してくると思います」

 ちなみに小池は、3走が好きだという。3走はコーナーワークがキーになるので、必ずしもタイムのいい選手が勝てるというわけではない。小池曰く「コーナーに入るまでの準備やスキルが重要になる」という。そこに面白さを感じている。

 では100mと200mの魅力は、どういうところにあるのだろうか。

「100mはシンプルに力があって、それを発揮できる人が勝つ競技です。ただ横一線でスタートするのは、かなりプレッシャーになります。強い選手が隣で走る時はとくにです。でも、そこで自分の力を100%出せる選手が勝つし、本当に尊敬できます。

 200mは100mと違って事前に戦略的なものを準備し、それに沿ってトレーニングを積み重ねていきます。200mを速く走るためにどうしたらいいのかというのを確立した人がいい記録を出せると思っています」

 まだ正式決定ではないが、日本陸上連盟は4継で悲願の金メダル獲得のためにリレー走者は、個人種目については100mか200mのどちらかに絞り、よりリレーに集中してもらいたい案を審議しているという。

 男子100mは7月31日に予選、1日に決勝、200mは3日に予選、4日に決勝がある。そして4継が5日に予選、6日に決勝と過密日程でのレースになるため、選手の疲労やコンディションを考えるとそうした判断も必要になってくるかもしれない。

 ただその舞台に立つためには、先述したように日本選手権の100mか200mで3位以内に入らなければならない。小池にとっては決して高いハードルではないが、ライバルにはタフなメンバーが揃っている。

 東京五輪の100m参加標準記録を突破しているのは、小池に加え、サニブラウン・アブデル・ハキーム、桐生祥秀、山縣亮太、多田修平の5人。彼らはいずれも3位までに入れば、東京五輪出場が決定する。さらに、今回のレースで参加標準記録を破って3位以内に入ればケンブリッジ飛鳥をはじめ、ほかの選手にもチャンスがある。

 このなかで、桐生とは高校時代からライバルとしてしのぎを削ってきた。だが、小池にはライバルという印象はなく、「ボコボコにされました」と苦笑する。

「彼と競った記憶があるのは高校1年の国体ぐらいですね。あとは圧倒的に負けていました。当時はライバルとかではなく、先に行っている人という感覚でした。筋力とか足の長さとか、そういうものが飛び抜けているわけではないけど、とにかく速かった。

 彼は何かをわかっているんだろうなって、ずっと思っていました。その何かがわかれば、あれくらい速く走れるんだろうなって思わせてくれた。そういう意味では、いい指標というか、そのレベルに達するのは不可能じゃないんだと思わせてくれた選手です」

 桐生は高校3年の時に10秒01という日本歴代2位(当時)の記録を出した。ちなみに、その時の小池のベストは10秒38。わずか0秒37の差だが、100mの世界では相当な差である。

「もうカテゴリーが違うかなというぐらいの差で、まずは勝負できるぐらいに自分のレベルを上げないといけないと思っていました」

 早熟の桐生に対して、小池はコツコツと努力を積み重ねて記録を上げてきた。桐生は2017年に日本人初の9秒98を出したが、小池は2019年のロンドングランプリで同タイムを記録した。高校時代、小池にとって桐生ははるか先を行く存在だったが、今は追いつき、追い越すところまできている。

 先日、布勢スプリントで山縣が日本人4人目となる9秒台をマーク。しかも日本記録となる9秒95を出した。その山縣は大学時代の先輩にあたり、寮も同部屋だった。

「山縣さんとは1年間一緒にいさせていただきました。練習の時は近寄りがたい雰囲気がありますけど、それ以外の時は本当に普通の人なんです。すごくメリハリがあって、それってすごく大事なことだなと思うんです。

 それに山縣さんは、自分より記録が遅い人でも積極的に話しかけて、何かを学ぼうとしている。それは僕も大事にしていて、たとえば中高生からでも学べるものがあるんじゃないかと、よく見ています。それだけでもいろんな発見があるんです」

 24日の日本選手権は、いまや日本記録保持者となった先輩を筆頭に、名の知れた実力者が集結し、これまでにないハイレベルな戦いが予想される。

「僕は100mと200mにエントリーしています。まずは100mで優勝したいですね。まだ日本選手権で勝ったことがないので。決勝で100%の力を出せるよう、予選からしっかり走りたいと思います」

 3位以内に入ることができれば、小池にとって初めての五輪出場となる。その舞台はどういう位置づけになるのだろうか。

「100mのキャリアはまだ始まったばかりなので、正直、通過点という気持ちです。この大会がゴールではなく、ここからスタートして、世界と戦えるところにいく」

 現在26歳と年齢的にはいい時期だが、東京五輪をさらなる飛躍のきっかけにするのは、ごく当たり前の考えであろう。その一方で、メダルへの意欲は隠そうとしない。

「100mでのメダルは確実にかなえたい。これは夢というよりは目標です。本気で狙っています。昨年、自分の成長を実感して『このままうまくいけばメダルを獲れる』って。その時からさらに成長していると思うし、(メダルは)不可能ではない。

 今シーズン、結果は出ていないですけど、ひとつのきっかけで『イケるかも』っていうモヤモヤしたものがあります。すごく抽象的ですけど......きっかけひとつで狙えると思います」

「勝算はあるか?」と聞くと、自信ありげな表情でこう返してきた。

「いまイケるかもっていうのが、ちょうどつかみかけているところです。期待してもらっていいかなって思いますね(笑)」

 小池の目標は「世界一になること」。そのためにも、まずは日本選手権でその実力を遺憾なく発揮してほしいと思う。

プロフィール
小池祐貴(こいけ・ゆうき)/1995年5月13日、北海道生まれ。立命館慶祥高校から慶応義塾大に進み、卒業後はANAを経て住友電工所属となる。学生時代は同学年のライバル・桐生祥秀の陰に隠れていたが、社会人になり急成長。2019年にはダイヤモンドリーグ・ロンドン大会男子100mで日本人3人目の9秒台となる9秒98をマークした。