あのベンツが「絶対に儲からない格安レンタカー」を直営事業でやるワケ
■こんなに安かったら、ベンツを買う人が減るのでは?
テレビ東京の『カンブリア宮殿』で、メルセデス・ベンツ日本の上野金太郎社長がベンツのレンタカーの利用者が今年は去年の3倍に増えているという話をしていました。
ベンツは「メルセデス・ベンツ・レント」という直営のレンタカー事業を展開しています。これが、調べてみると結構安いのです。たとえば、東京・品川にある「メルセデス・ベンツ・ミー@品川プリンスホテル」で、2番目に安い「CLA 200 d Shooting Brake」を借りる場合、6時間で9000円、保険込みで1万2200円です。それで疑問に思ったことは、こんなに安くベンツがレンタカーできたら、ベンツを買う人は減らないのか? ということです。この疑問、記事の後半できちんと検討してみます。
実はちょうどベンツに乗りたかった事情がありました。ここ数年間、自動ブレーキやオートクルーズなどの運転支援機能がどんどん性能向上しています。それをなるべく体験するように心がけている関係で、最新のベンツにも乗ってみたいと思っていたのです。
■予約してわかった「意外と使う人が多い」
そこでさっそくWebで予約を入れることにしました。社長が「売上が去年の3倍」などという場合、一般的には去年が全然ダメだったような盛った話が多いので、ベンツもそんな感じじゃないかとなめていたのですが、私が間違っていたようです。
予約の際の第一印象は、
「結構、使う人多い!」
でした。土日の予約が埋まっていたので、平日の午後に予約をいれたのですが、それでも借りられる車種は残り少なくなっていました。
ちなみにこの原稿を書いているのが月曜日。今週末の金曜日で調べると六本木の店舗の4台のベンツはすべて予約済、品川プリンスの店舗の7台のうちやはり4台が予約済でした。
さて、私は前述した「CLA 200 d Shooting Brake」という車種とお値段で、平日午後のドライブ&お買い物に出かけることにしました。
貸出の際に店舗のスタッフから使い方を一通りレクチャーしてもらいます。ベンツを借りたその日はあいにく午後から台風並みの暴風雨になるという天気予報。興味があったので質問したところ、ベンツの運転支援機能はレーダー方式なので今日のような荒天でも安心して作動するのだそうです。私が普段乗っている日本車の場合はアイサイトという2つのカメラで道路の状況を把握する方式で雨天は苦手なのですが、さっそく性能の違いを堪能できそうです。
ベンツというと昭和の世代には左ハンドルのイメージもあるのですが、借りた車はちゃんと右ハンドル。操作は日ごろ運転支援機能を使っているドライバーにとっては日本車と変わりません。ただひとつやっかいだったのが、ウィンカーが左右逆で、しかも右側がワイパーではなくシフトレバーになっていること。ウィンカーを出したつもりでギアがニュートラルになってしまったりするのは、ベンツ初心者として要注意事項でした。
■乗り心地はひとこと「かっけー!」
早速、雨風が吹き付けて街路樹が音をたてて揺れ動く中、ベンツに乗ってドライブにスタートしてみました。
すぐに運転には慣れました。
乗り心地はひとこと、
「かっけー!」
です。インパネが液晶でセンターパネルがタッチパネルになっているのは最近の日本車と同じですが、カーナビとスピードメーターはプロジェクターでフェンダーガラスに投影されます。ドライバーから見れば進行方向の道路に行先の矢印が表示される。ちょっと未来的です。
私の場合、これまでベンツの後部座席に乗せてもらう機会はあったのでインテリア装備がゴージャスなのは知っていましたが、あらためて運転席に座るとザ・高級車であることは間違いありません。ドライビングポジションもゆったりしています。あとで調べたら私の車よりも横幅が3.5センチ広いのですが、体感的にはもっと広々としているように感じました。
そして首都高では荒天かつ渋滞という条件でのクルーズコントロールを試すことができました。いや本当にこの日の天気は荒れ模様で、アイサイト搭載の日本車だと一番苦手な気象条件だと思います。それがレーダー方式ということで晴れの日と同じようにクルーズコントロールが作動します。
首都高の午後のあのいらいらするような渋滞でも、ハンドルに手をおいて前を向いているだけで、車の操作はベンツが自分でやってくれます。6時間のレンタル時間で行けるだけ遠くに出かけたのですが、それほど疲れずに夕方には都心に戻ることができました。
■ベンツが売れなくなってしまうのではないか
さてこんなに便利で安価で楽しいレンタカーをベンツが直営で始めてしまうと、メルセデス・ベンツ日本の売上は逆に減ってしまうのではないでしょうか? そもそもそんな疑問から今回、ベンツのレンタカーを借りてみて記事を書こうと思い立ったわけです。
ベンツのレンタカーがヒットするとベンツが売れなくなるような場合、このケースを経済学では「代替財」といいます。難しく言うと「ある財の代わりになる財」が代替財です。
バターが値上がりするとマーガリンが売れますし、ベストセラーの本を図書館が大量に購入したら、書店での売れ行きが鈍るでしょう。代替関係にある商品やサービスの片方がたくさん売れるときは、もう片方が売れなくなるときです。この「代替財」の関係がベンツとベンツのレンタカーにあるのかどうかがひとつのポイントです。
■ジャムが売れればパンも売れる、冷食ブームならレンジも売れる
ちなみにそれ以外のケースでは「独立財」と「補完財」があります。「独立財」とはふたつの売れ行きの間に関係がないもの。たとえばタピオカミルクティーがバカ売れした当時、その理由がインスタ映えにありました。そのような理由でタピオカ需要が増えた場合、同じ飲料でもセブン‐イレブンのアイスコーヒーの売上は下がらないかもしれない。これは「独立財」です。
そしてベンツのレンタカーに乗った人が、それがきっかけでベンツが欲しくなったとしたら? これが「補完財」です。たとえばジャムが売れればパンも売れますし、冷凍食品ブームが来れば電子レンジも売れる。お互いが補完財ならばベンツも売上が増えるわけです。
■タワマン住民が高級ホテルに泊まっても、タワマンの価値は変わらない
ということで、この考え方のどれにベンツが当てはまるのかを考えてみましょう。
シンプルに考えると高級な商品が安価にレンタルできるようになると、販売需要は下がります。レンタルという選択肢ができることで販売商品との間の関係は通常は代替財になります。賃貸マンションと分譲マンションの関係で、もし賃貸相場が極端に下がった場合は、分譲マンションは売れなくなるか大幅に値下げしなければならなくなります。
一方でユーザーが異なるか、使い方が異なる場合は、独立財としてふたつの売れ行きに影響が起きません。タワーマンションの住民が旅行先で高級ホテルを利用する場合、これは夜眠る場所という共通点があってもふたつの財の関係は独立で影響を受けません。そのタワーマンションを空けている間、民泊で短期間貸し出す場合にも、借りる人がすべて外国人旅行客だとしたら、それもやはりタワーマンションの分譲価格を引き下げたりはしないでしょう。このケースなら独立財となるわけです。
そして一度使ったらファンになってずっと使うようになる場合はレンタルと販売、ふたつの財の関係は補完財になります。着物をレンタルで使っているうちに、だんだん着物が好きになり、着物で活動する日も増えて、ついには着物を何着も購入するようになるといった場合が補完財のケースです。
■考察のポイントは2つある
そう考えると、考察のポイントは、
1 どんな人がどんな理由でベンツをレンタルしにくるのか?
2 その人は将来、ベンツを購入する客になる可能性は高まるのか? それとも低くなるのか?
の2点だということがわかります。
当然、マーケット全体ではいろいろなケースがありえます。私の場合、レンタルの理由はかねて最新のベンツに乗ってみたかったことでした。そうではなくデートのためにベンツを借りる人もいると思います。ミニマリストなので車を持たず、借りる時には一番いい商品を使う主義の人もベンツをレンタルするでしょう。周囲もみんなベンツなので恥をかかないようにベンツに乗る人もいるはずです。ベンツに乗る理由はさまざまでしょう。
ちなみに見栄をはるためにベンツのレンタカーを借りた人がどうなるのか、なんとなく私も体験できました。実はこの日、家内に内緒でベンツを借りて、驚かせようと待ち合わせ場所に颯爽と登場してみたのですが、家内の第一声は、
「“わ”ナンバーだよね」
でした。ちょっとがっかりです。
■「安さと気軽さ」がレンタルを後押しした
さて、私の場合は、今回レンタカーで借りたことでベンツが欲しくなりました。しかも借りる前は「別に自家用車はベンツじゃなくてもいい」と思っていました。私にとってはベンツのレンタカーは補完財として機能したようです。その理由を分析してみました。
まずレンタカーの価格が安かったことが重要です。半日借りて1万2200円で済むと知ったから、ベンツに乗ってみようと思い立ったのです。これはそもそもレンタカー事業で収益を上げられる価格設定ではありません。ベンツ側も私をこの価格で誘っているわけです。
つぎに重要なことは気軽さです。実は私が新しい車を買う際に一番いやなことは、ディーラーに出かけることです。時間がかかるのもそうですが、それなりに買うか買わないかのプレッシャーがかかってしまう。近所にもベンツのショールームがありますが、これまでなるべく近づかないようにしていました。
品川プリンスホテルにあるベンツのレンタカーの店舗は非常に敷居が低いのが特徴です。スタッフは制服のポロシャツのユニフォームを着た若いスタッフで、お店にいるお客さんもグッズを見に来たようなお客さんばかり。六本木のお店も私は行ったことがありますが、ベンツの経営するレストランでした。どちらのお店もベンツを売っていないのが特徴です。
つまりこれまでなるべくベンツのショールームに行かないようにしていた潜在顧客が、価格の安さと敷居の低さで、ベンツを借りに来た。これが私の場合の事情でした。
■遠く離れていた私とベンツの距離が縮まった
それで運転してみて、
「ベンツ、最近はすごいな」
と思ったというのが次の要素です。実は私が借りたCLAクラスの車はディーゼル仕様でした。ベンツのディーゼルというと思い出すのは40年前のバイト先の社長です。
燃費も安いし買った値段とほとんど同じ値段で売れるという理由で、彼は中古のベンツのディーゼル車を2年毎に買い替えていました。仕事の関係でよく乗せてもらったのですが、当時のディーゼルエンジン特有のポンポンポンポンというエンジン音が耳に響いたのを覚えています。ところが今のベンツのディーゼルは全然違います。ディーゼルなのにとにかく音が静かで驚きました。
そしてあの本革シートの乗り心地のよさ。私は自他ともに認める「車はゲタと同じ」と考えるタイプの人間でした。外資系コンサルティングファームで高い給料をもらっていた当時に乗っていたのが新型カローラ。ベンツなど一番遠いところにいる消費者でした。
しかし還暦も近くなってくると「そろそろ贅沢もいいかな」と思い始めます。車もだんだんグレードが高い車種に買い替えるようになっているのですが、そうなると乗り心地の違いがわかってきます。消費者とは贅沢に育つものなのです。
ベンツのレンタカーを借りる際のアンケートで「この車種に興味があった」にチェックを入れたのですが、スタッフのお兄さんが「よろしければ」と言ってカタログと見積書をくれました。私の借りたベンツは諸経費込みで購入価格は610万円。今乗っている車は400万円ですから、遠く離れた場所にいた私とベンツの距離は、かなり縮まってきているようです。
■この6年間の実績が答えだ
結局のところ、ベンツがレンタカーを展開するとベンツの売上は減るのでしょうか? それとも増えるのでしょうか?
ベンツのレンタカーを借りる人で、買いたいけど買えなくなった人や、借りた方が安いからという理由で借りる人が多ければ、それは代替財でベンツの売上は減ります。一方でわたしのように、これまで敷居が高かったけど一度乗ってみたかったからという人が借りに来るケースが多いのであれば、それは補完財でベンツの売上は増えそうです。
そして実のところはどうでしょう。日本のベンツは上野社長がこれまでベンツに乗ったことがない消費者が気軽に訪ねて来られるような店舗を作り始めてからまた成長を始めました。そして外車部門でここ6年連続の首位を走っている。つまりこの事実こそが答になっているようです。
----------
鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
----------
(経営コンサルタント 鈴木 貴博)