男性セラピストが女性に性的サービスを行う「女性向け風俗」の利用者が増えている。女性向け風俗セラピストの柾木寛さんは「女性たちが悩んだ末に、リスクをおかしてまで女性向け風俗を利用するのは、それだけ性の問題に悩んでいるから。その原因はパートナーの男性にあることも多い」という。ホワイトハンズ代表理事の坂爪真吾さんとの対談をお届けする――。(後編/全2回)
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性風俗のカテゴリーにおさまり切らない存在

(前編から続く)

【坂爪】柾木さんの近著『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』(光文社新書)を読んで、女性向け風俗は、われわれがイメージする性風俗のカテゴリーにおさまり切らない存在ではないか、と考えさせられました。もちろん純粋な娯楽で利用する女性も多いのでしょうが、一方で福祉や性教育、男女のジェンダー格差などに深くつながる要素を持つ気がしたのです。

【柾木】いまも「女性向け風俗」と聞いて嫌悪感を抱く人は多いと思うんです。「女性がお金を払って、男性に身体を触ってもらうなんて……」と。

しかし私が知っていただきたいのは、女性たちが悩んだ末に、リスクをおかしてまで女性向け風俗を利用せざるをえなかった理由です。性交痛やセックスレス、閉経……。女性向け風俗のセラピストとして働き、6年になりますが、いかにたくさんの女性が性の問題に苦しみ、風俗店に連絡をしてきているのか、日々実感しています。女性たちが抱える悩みの原因が男性にあるにもかかわらず、自身の身体の問題と思い込んでいる女性もいます。また男性側は、そうした女性の悩みにほとんど気づいていません。だから、性交中に感じている演技をせざるをえない女性が増えてしまう。

【坂爪】性風俗という先入観にとらわれると、「女性向け風俗」を必要としている女性の本音や悩みが見えにくくなってしまうかもしれませんね。

【柾木】そうなんです。性行為は本来、互いの絆を深めるために行うべきでしょう。それなのに、性行為をすればするほど、女性側が置き去りにされて、パートナーとの間に深い溝を生む場合もある。女性向け風俗の現場で直面したのは、そんな男女の性のすれ違いの深刻さでした。

■他人の性行為を見られる機会はアダルトビデオだけ

【坂爪】私も性風俗の世界で働く女性を長年、支援するなかで、男性側の性に対する間違った理解や偏見が女性を傷つけてしまうケースをたびたび見てきました。

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これまでの性教育は、公教育だけでは不十分な点が大きかったため、主に民間の個人や性教育団体、NPOが中心となって啓発・教育を担ってきました。科学的にも医学的にも正しい内容なのですが、情報を必要としている若い世代に届きづらいというジレンマがあった。

【柾木】坂爪さんがおっしゃるとおり、性教育が十分に機能しているとは言いがたい。そんな状況にもかかわらず、アダルトビデオで性行為をいつでも見られる。いえ、他人の性行為を見られる機会はアダルトビデオだけです。

「AVは男性が興奮するためにつくられたものであり、女性の気持ちは考えられていません」と呼びかけるAVの関係者もいますが、AVのような性行為をすれば、女性が喜ぶとすり込まれてしまっている男性はたくさんいる。男女の性のすれ違いの原因には、男性視点でつくられたAVの影響も大きいと感じます。

【坂爪】女性向けのAVなども注目された時期がありましたが、AVの問題は性教育ともに今後も考えていけなければならない課題です。

かつて日本の村落共同体には、性について自然な形で学ぶ場がありました。男性は「若衆宿」に、女性は「娘仲間」に所属した。この2つは15歳から25歳程度の未婚者で構成する組織で、生活に必要な事柄を教わった。昼は共同作業を行って、夜は寺や集会所などに集まり、議論をしたり、年長者が飲酒などの娯楽を教えたりしました。そんななかで、性についても教える習慣もあった。

実は、10年ほど前に、若衆宿の役割を果たす場を現代に取り戻せないだろうか、と「成人合宿」と名付けた企画を立てていたんです。「成人合宿」とは、「これから異性との健全な性生活を開始したい」と考えている性体験のない若い男女を対象に、「生涯にわたって、異性のパートナーと健全な性生活を送るための知識と技術」を教えるプログラムでした。構想段階で大炎上し、断念しましたが(苦笑)。現代社会の文化や法制度の中で、性を実践的に学ぶ場を再構築することの難しさに直面しました。

■女性が風俗に頼らざるをえなくなっている一因

【柾木】性について語る場の必要性は私も感じています。日本の性教育は1992年まで基本的に男女別々に行われてきたでしょう。その結果、男女間での性のコミュニケーションがうまくとれなくなってしまったのではないかと思うのです。例えば、夫が妻の肩をマッサージするとします。どの辺が凝っているのか。押した方がいいのか、もんだ方がいいのか。どれくらいの強さがいいか。相手に聞きながら、強さや位置を変えていくのが普通ですよね。

でも、性については、コミュニケーションが欠落してしまっている。要望を言うのもためらわれるし、仮に伝えたとしても男性側がきちんと受け止めてくれるかも分からない。女性がパートナーとの性行為を諦めて、女性向け風俗を頼らざるをえなくなっている一因かもしれません。

■「また好奇の目で見られてしまうようで怖い」

【坂爪】そう聞くと柾木さんが『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』(光文社新書)を刊行した意義は大きいと改めて思います。しかも柾木さんは店側の論理を代弁したりも、女性におもねったりもしていない。読んでいて、現場で起きた出来事がストレートに、フラットに伝わってきました。柾木さんは普段は表に出てこない性について悩む女性の声を記録した。それがこれからの男女の関係性を見直すきっかけになるかもしれない。

柾木寛『「女性向け風俗」の現場』(光文社新書)

【柾木】そこが、とても難しかったんです。お客さまは私にずっと隠してきた悩みを話してくださいました。彼女たちがずっと秘めてきた性をめぐる思いを、男性である私が明るみに出してもいいのだろうか、と。誤解を恐れずに言えば、昔から男性は、女性を性的な好奇心や性欲のはけ口にしてきた。女性読者のなかには、また好奇の目で見られてしまうようで怖い、と不安を口にした人もいました。私にもその気持ちがとても分かりました。

【坂爪】でも、柾木さんは、いかに男性たちが自分勝手な行為を続けてきたか、男性側に問いかけてもいますよね。

【柾木】私は以前、某有名AV男優が講師をつとめるセミナーに半年ほど通っていました。私にとっては男優さんによるテクニック指導だけでなく、ゲストのAV女優さんによる女性の視点を通した講義もあり、とても充実したセミナーでした。20人ほどが受講していたのですが、女性向け風俗のセラピストは私ひとりで、数人が若手AV男優。残りは一般の男性たちでした。話を聞くと、性体験も、女性とお付き合いした経験もない人も少なくなかった。彼らは性的なテクニックさえ磨けば、女性に対して自信が持てるのではないかと考えているようでした。

■テクニックよりコミュニケーション

【坂爪】女性とのコミュニケーション機会が乏しい男性ほど、「テクニックさえ磨けば」と思い込んでしまいがちですが、そうした男性たちの意識の根っこにも、AVの弊害や、ある種の男女のコミュニケーション不足があるのかもしれませんね。

【柾木】最近、女性向け風俗が知られるようになり、働かせてほしいとセラピストを志望する男性も増えてきました。なかには「自分はこんなにスゴいテクニックがある」とアピールする男性もいる。でも、そうした自己主張の強い男性は、セラピストに向いていないのではないかと感じます。

セラピストは、テクニックをひけらかすよりも、ささいなコミュニケーションから、女性たちがずっと隠してきた思いに気づいたり、口に出せなかったニーズを拾ったりしていく必要があります。いままで秘めてきた思いを受け止め、寄り添うのが、女性向け風俗で働く男性の役割だと思うのです。

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柾木 寛(まさき・ひろし)
女性向け風俗セラピスト
女性向け風俗店を運営する40代の現役セラピスト。施術歴6年。たくさんの女性の身体と向き合う中で、性的に満たされている女性が極めて少ないことを知り、女性の性に対する男性の間違った理解・男女の性のすれ違いを改善する役に立てたらと書籍を執筆。『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』(光文社新書)が初の著書となる。
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坂爪 真吾(さかつめ・しんご)
ホワイトハンズ代表理事
1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」の開催など、社会的な切り口で、現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰、2015年新潟人間力大賞グランプリ受賞。著書に、『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館新書)、『男子の貞操』(ちくま新書)など。
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(女性向け風俗セラピスト 柾木 寛、ホワイトハンズ代表理事 坂爪 真吾 聞き手・構成=プレジデントオンライン編集部)