■調査日だけ人流が減り、翌日からは元通り

まったくテレワークが進んでいないと思われてきた霞が関の中央省庁で、「驚くべき」調査結果が明らかになった。内閣人事局が6月4日に発表した国家公務員の5月のテレワーク実施状況によると、霞が関の中央省庁が63.6%に達したというのだ。

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新型コロナウイルスの感染防止に向けて政府は民間企業に出勤者の7割削減を求めているが、到底無理と思われてきた中央省庁も目標達成寸前まで行っているというわけである。新型コロナ対応や災害・危機管理、国会対応などで実施が難しいとされた職場の約7000人を除くと中央省庁の実施率は7割強になると報じられた。民間に7割と言っている以上、政府は実行しています、と言いたいのだろう。

だが、この調査には裏があった。

「霞が関周辺で5月19日だけ人流がガクンと減り、翌日はまた増えている」

6月3日の参議院内閣委員会で日本維新の会の音喜多駿議員がこう指摘した。NTTドコモがスマートフォンの位置情報などを分析した結果として、東京・霞が関では、5月19日の人出が前日比15.4%減、感染拡大前(2020年1〜2月)と比べると40.2%も減っていた。ところが、翌日の5月20日には19.3%も増加。感染拡大前との比較でも28.6%減の水準にまで戻した。要は、1日ですっかり人出が元に戻ったのである。

■「調査日」は事前に知らされていた

実は、この5月19日こそ、内閣人事局が「基準日」として指定したテレワーク実施状況の調査日で、事前に各省庁の職員に通知されていた。

民間でテレワークと言えば、パソコンをインターネットでつないで会社にいるのと同様に仕事をするイメージだが、霞が関の場合はまったく違う。何せ、役所のシステムにつなぐことができる持ち出し可能なパソコン自体がほとんどないうえ、私用パソコンでデータを扱うことも禁じられている。紙の資料をプリントアウトして持ち帰って仕事をしているというケースが少なくない。

また、この日の調査の場合、霞が関で働く約5万1000人のうち、63.6%に当たる3万2000人がテレワークしたことになっているが、ここには「休暇取得」で出勤しなかった人も含まれる。調査日に合わせて有給休暇を消化したり、代休を取得したりした役人も少なからずいたという。

調査前日に「明日だけはテレワークするように」という指示が回った職場もあったというから、明らかな「出来レース」だ。音喜多議員は「まったく意味がない」と批判したが、まさに霞が関の役所らしい「対応」だったと言える。

■「7割にどれだけ近づけるか」に力点が置かれた

本来、この調査は「実態」を把握するために行われたはずだが、霞が関の行動パターンでは、7割という目標にどうやって近づけるか、に力点が置かれた。それを達成しなければ職場の長が問題視されるから、「基準日」だけは何としてもクリアしろ、ということになったのだろう。6割超という数字はどうみても「粉飾」まがいである。

ちなみに同じ調査は蔓延防止等重点措置が発出されていた地方の出先機関でも実施され、そちらのテレワーク実施率は地方で37.1%だったという。調査対象は約18万7000人で、こちらは、検疫や海上保安といった「現場」の多い職場なので、テレワークの実施は困難だというエクスキューズが付いていた。

霞が関では今、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を合言葉に、デジタル庁の創設準備が進んでいる。長年自民党でデジタル化の重要性を主張してきた小林史明衆議院議員は、「DXは、Dつまりデジタル化よりも、X、トランスフォーメーションの方が重要だ」と語る。デジタル化によって仕事のやり方を根本から変えていくことにこそ、DX化やデジタル庁の意義がある。だからこそ、菅義偉首相は「役所の縦割り打破」をデジタル庁創設の理由にしてきたのではないか。

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■本当の意味で「テレワーク」になっているのか

つまり、「テレワーク6割」が、なるべくその日に休暇を取った結果、では意味がないのだ。新型コロナが明ければ元の仕事の仕方に戻ろうというのが霞が関の意識なのだろうか。テレワークと言われた時にどんな仕事の仕方をしているか、本当の意味でテレワークと呼べる水準の仕事になっているのか、それをこの機会に検証しなれば何の意味もない。

行政改革担当相の河野太郎議員は「やる気になったらこれだけできる。これをベースにさらに改善してもう少しやってもらいたい」と会見で述べていたが、これが本当に「テレワーク」の結果だったのかどうか、調べてみる必要がある。河野大臣は抜き打ちでのチェックも行うとしているので、その結果とのギャップが明らかになると実態が見えるだろう。

もちろん、役所のことだから、誰言うとなく抜き打ちの「基準日」を皆が知るところとなり、その日だけ人出が減るということになるのかもしれない。

■仕事の仕方を変えない限り、テレワークは進まない

もちろん、霞が関に「テレワーク」を許さないカルチャーが根強く存在することも事実だ。国会議員による「国会質問」への回答を作る「国会対応」に当たる官僚たちは、国会議員から事前に質問概要が出されるのだが、それが前日のギリギリにならないと出てこないことが多く、結局、深夜残業で翌朝まで回答作りに追われる。しかも省内の各部署とのすり合わせが必要なので、役所に残っていないと仕事にならない、という感覚が強い。

そうして作られた回答は大臣に「レクチャー」する必要があるが、午前中から始まる国会に間に合わせるために、明け方から大臣室に詰めることになる。そもそもテレワークは難しいとされた7000人というのはこうした官僚たちだ。

彼らは翌日の国会質問が自分の所属課に関係ないということが分かるまで、役所に待機が求められる。最近は自宅に戻っていてもよいと指示する課長も増えたが、実際には役所で待ち続ける人が多い。

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時間的な余裕さえあれば、テレワークでも十分に対応できる仕事なのだが、ギリギリの対応ではやはり「対面」が効率的ということになる。課長が待機していれば、課長補佐も動けず、係長も帰ることはできない。そもそも霞が関の仕事の仕方を根本から変えない限り、テレワークは本当の意味では進まない。

■「デジタル庁の組織図」に上がる「冗談だろ」の声

「冗談だろ」

そんな声がシステムや組織運営に通じた人たちから上がっている。デジタル庁が9月の創設に向けて設置したインターネットのホームページに掲げられた「デジタル庁の組織体制(予定)」の図である。

デジタル庁(準備中)HPより

デジタル大臣の下に民間出身者が就任するとみられている「デジタル監」が置かれ、その斜め下、つまりラインではないところにCA、CAIO、CDO、CIO、CISO、CPO、CTO、CTrOという8人の「チーフ」が置かれている。CTOならば「チーフ・テクノロジー・オフィサー」といった具合だ。

だが、「チーフ=最高責任者」とは名ばかりに、デジタル監の下に延びる線には、「戦略・組織グループ」など4つのグループの「グループ長」と「次長」が置かれ、その下はいくつものチームに分かれている。明らかにデジタル監という「次官」の下に「局」と「課」が置かれている格好である。霞が関の組織そのものだ。横にはみ出して置かれている「チーフ」がどんな役割や責任を担うのか、この組織図からはまったく分からない。CTOなどを設置しろと言われたので従来の霞が関組織に付け加えてみました、と言った感じなのだ。これで仕事のやり方が変わるのか、デジタル庁自身からDXとはほど遠い組織になってしまうのではないか。

■東京都の中小企業でも、テレワーク実施率は6割弱

もちろん、民間の方が進んでいる、というつもりはない。東京都の調査によると、都内にある従業員30人以上の企業の5月のテレワーク実施率は64.8%。3度目の緊急事態宣言が出されたことで、4月の56.6%よりは高まったものの、7割には達していない。その後も緊急事態宣言が継続されているものの、人出はむしろ増加傾向で、朝晩のラッシュ時間帯の通勤電車も混雑が目立っている。

同じ調査では300人以上の大企業での実施率が82.8%に達している一方で、100人未満の企業は59.7%にとどまっている。実際に出社しなければ仕事にならない、と考えている企業が少なくないこと、実際にそうした職種が中小企業に多く存在していることがあるのも事実だ。

実施率8割を超えている大企業の中でも、テレワークのやり方はさまざまだ。新型コロナが収束すれば、元の仕事の仕方に戻そうと考えている企業も少なくない。

だが、一方で、新型コロナの変異型の広がりもあり、コロナ禍がいつまで続くか分からなくなっている。ワクチン接種が進めば、ビジネスモデルが元通りに戻るのかどうかも分からない。ポスト・コロナを見据えて、組織のあり方やビジネスモデルを見直した組織が生き残るということになる可能性が高い。デジタル庁創設を機に霞が関の仕事の仕方が劇的に変わるかどうか。数字合わせの「粉飾」対応をしている場合ではない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)