エンドルフィン系食品と効果

■空前の唐揚げブーム

 最近、いろいろな場所で「鶏の唐揚げ」の専門店を見かけます。「タピオカ店」だったのが、「唐揚げ店」に替わっているケースも多いですね。

 日本唐揚協会の調べによると、2018年には全国1408店だった唐揚げ店の店舗数が、2021年には3123店と3年で2倍以上も増加し、「空前の唐揚げブーム」ともいわれています。また、コロナ禍の前と比べて、売り上げが2〜3割もアップしているお店も多いようです。

 このブームは、コロナ禍のテイクアウト需要の増加と関係していることは間違いありません。しかし、唐揚げ以外にもテイクアウトに向いているスナック系の食品はたくさんあるわけで、それだけではブームを十分に説明できません。

 私は、長期化するコロナ禍で精神的、肉体的な疲労が蓄積、「唐揚げを食べたい!」という衝動にとらわれる人が増えている、と分析しています。

■疲れると、脂っぽいものを食べたくなる?

 仕事が忙しく疲れがたまっているようなとき、無性にラーメンが食べたくなることってありませんか? それも「あっさり系」ではなく、「こってり系」のラーメンを。

 京都大学の研究によると、空腹時のラットに濃度5%のコーン油を与えたところ、油の摂取量が5日めには2倍に増えたといいます。注目すべきはPOMC(エンドルフィンの前段階の物質)の量で、同じく約1.7倍増えました。さらに5日間食べ続けたラットに、油の飲み口を近づけると、それだけでPOMCは2.5倍になりました。このときラットのエンドルフィンの濃度は、1.5倍も上昇していました。

 エンドルフィンとは、脳内で分泌される幸福物質のひとつです。終末期ガン患者にも使われる麻薬系鎮痛剤モルヒネの6.5倍の鎮痛効果があります。ボクサーが激しい殴り合いをして顔面が腫れ上がっているのに、試合中に痛みを感じないのは、エンドルフィンが分泌されているからです。

 人間が危機や苦悩に直面したとき、痛みを緩和して「幸福感」「多幸感」「恍惚感」をもたらし、「つらい」状態からの脱出を手助けしてくれる緊急応援物質がエンドルフィンです。

 エンドルフィンには、ストレス緩和作用もあります。ストレスがたまってメンタル的に疲れているとき、唐揚げやラーメンのような脂っぽいものを食べたくなるのは、脳が「油」=「エンドルフィン」を欲しているからなのです。

■唐揚げは疲労回復に役に立つ

 唐揚げによく使われる鶏むね肉には、エンドルフィンとは別に重要な効果があります。

 鳥の羽の付け根の筋肉(むね肉の部分)にはイミダゾールジペプチドという物質が豊富に含まれていて、疲労のもととなる活性酸素を効率的に分解してくれます。なぜ渡り鳥が何千kmも休まず飛び続けられるのか、その秘密はイミダゾールジペプチドにあるのです。

 また、イミダゾールジペプチドは水溶性で、「煮る」「蒸す」調理法だと、水に溶けて栄養素が失われる可能性が高いため、「揚げる」「焼く」調理法のほうが適しています。特に唐揚げの場合は、肉汁も衣に閉じ込められるので、イミダゾールジペプチドを効率的に摂取できます。

 また最近、イミダゾールジペプチドに記憶力改善効果があると報告され、脳の老化防止、認知症予防の可能性が期待されています。

 1日約200mgのイミダゾールジペプチドを摂取すると疲労回復効果が期待できるといわれます。それは鶏むね肉100gで、唐揚げ2〜3個分くらいに相当します。

 唐揚げに使われる部位は、大きく「むね肉」と「もも肉」に分かれますが、疲労回復効果を期待するなら、「むね肉」を選びましょう。唐揚げやフライドチキンのボックスをシェアする際、日本人はプリッとした食感の「もも肉」を好む人が多いので、あなたが「むね肉」を選んでも喧嘩にはならないでしょう。ちなみに、アメリカ人は「もも肉」よりも、パサパサした食感の「むね肉」が大好物です。

唐辛子に含まれるカプサイシンはエンドルフィンを分泌させる

■辛さは「痛み」

 疲れているとき、インドカレーや韓国料理などの激辛料理を食べたくなりませんか? かくいう私もその一人です。猛烈に辛い料理を食べていると、恍惚とした気分になることすらあります。これは、エンドルフィンによる効果と考えられます。

 唐辛子にはカプサイシンという成分が含まれています。カプサイシンは辛さ成分そのもので、これが多く含まれている唐辛子ほど辛くなります。このカプサイシンもまた、エンドルフィンを分泌させるのです。

「辛さ」は、痛覚の受容体で認識されるので、痛みを感じます。辛さが強いと、その「辛さ」=「痛み」を緩和するために、鎮痛物質のエンドルフィンが分泌されるのです。

■チョコレートでストレス解消

 疲れがたまるとスイーツ、特にチョコレートが食べたくなる、という人も多いはずです。その理由のひとつは「疲れている」=「エネルギー不足」。つまり、体がすぐにエネルギーとして利用可能な糖質を欲するということです。

 じつはチョコレートには、もうひとつ特別な効果があります。チョコレートの原料であるカカオにも、エンドルフィンを分泌する効果があるのです。本当に美味しいチョコレートを食べると、恍惚とした気分になりませんか? それもまたエンドルフィンがもたらす効果といえるでしょう。

■脂・辛・甘を体が求めるとき

 ここまで読んできて、「ただの脳科学に関する雑学で、実生活には役立たない」と感じた人もいるかもしれませんが、実際はそうではありません。

「食欲」には、あなたのストレス度や疲労度が表われます。唐揚げ、ラーメンをはじめ、激辛料理、チョコレートなど、エンドルフィンを分泌させる食品を無性に食べたくなったとき、つまり「脂っぽいもの、辛いもの、甘いものを食べたい!」というときは、あなたの脳や体は疲れているということなのです。

 こういうときは、「最近、ストレスがたまっていないか?」と自問自答してみる。仕事が立て込んでいるとしたなら、睡眠や休息をきちんと取るようにするなど、自分のストレスを点検するチャンスなのです。

■唐揚げ効果は一過性?

 食事によるエンドルフィン分泌は、あくまでも一過性の効果。つまり、頭痛や胃痛のときにのむ鎮痛剤と同じで、対症療法でしかなく、ストレスを根本的に減らすことはできません。エンドルフィン系食品によるストレス発散は、たまにはいいですが、ほどほどにしておいたほうがいいでしょう。

 ストレスを自分で意識できたなら、その原因に対して適切に対処していくことのほうが大事です。コロナ禍のような、自分ではコントロールできないストレス状況におかれている場合は、睡眠、運動、朝散歩などをとおして、脳と体の状態を整える。こうした、根本的なストレス対策が必要です。

■「ありがとう」効果は絶大

「睡眠、運動、朝散歩が大事なことはよくわかっているけど、忙しくてなかなか時間を割けない」という人も多いでしょう。そこで、簡単にできて、かつ絶大な効果をもたらすエンドルフィン分泌法をご紹介しましょう。それは、「感謝」です。「ありがとう」と言うと、それを「言った人」と「言われた人」の両方に、エンドルフィンが分泌されます。つまり、「ありがとう」と言うだけで、自分自身が癒やされ、さらに言われた相手も癒やされるのです。

 実際、同僚の仕事を手伝ってあげたあとなどに「ありがとう」と言われると、それだけで労が報われ、癒やされた気分になるはずです。

 誰もがイライラしがちな今の時期だからこそ、より意識して、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたいものです。

かばさわ・しおん
樺沢心理学研究所代表。1965年、北海道札幌市生まれ。札幌医科大学医学部卒。YouTubeチャンネル「樺沢紫苑の樺チャンネル」やメルマガで、累計50万人以上に精神医学や心理学、脳科学の知識・情報をわかりやすく伝える、「日本一アウトプットする精神科医」として活動

イラスト・浜本ひろし

(週刊FLASH 2021年6月22日号)