ホンダ「ヴェゼル」が好調だ。4月23日に発売された新型は発売1カ月で約3万2000台を受注している。競争の激しいSUV市場で人気を博しているのはなぜか。交通コメンテーターの西村直人さんが解説する――。
画像=筆者撮影
筆者が試乗した新型ヴェゼルの最上級モデル「e:HEV Z」 - 画像=筆者撮影

■初代ヴェゼルの累計販売台数は約384万台

2代目となったホンダ「ヴェゼル」の販売が好調だ。4月23日に発売された新型は、発売1カ月で約3万2000台を受注した。

コンパクトSUVに属するヴェゼルは初代から人気が高かった。他社ブランドとの競合が激しいSUVカテゴリーにおいて、都市だけでなくアウトドアシーンにもマッチするデザインと、ホンダがお得意とする広く、使い勝手の良いキャビンが好評を博した理由だという。

遡って2013年12月。国内で発表された初代ヴェゼルは、欧州や北米地域、さらには中国や他のアジア地域、中南米などでも販売された。モデルライフ約7年間の累計販売台数は約384万台と優秀な記録を残し、最盛期には70万台以上売り上げた年もあったという。

画像=筆者撮影
新型ヴェゼルのキャビン - 画像=筆者撮影

■初代デザインのコンセプトは「クーペとSUVの融合」

その初代ヴェゼル、デザインのコンセプトは「クーペとSUVの融合」である。

初代ヴェゼルのデザインを担当した本田技術研究所・四輪R&Dセンターデザイン室1スタジオ・山本洋幸氏(当時)は、「上級クラスからのダウンサイザーを新しいユーザー層として受け入れる必要があった。そうしたユーザーの方々はクルマ好きが多く、あらゆるクルマの性能に対する要求値が高い。今回はそうした方々にも振り返っていただけるデザインを心掛けた」という。

デザインのこだわりはキャビンにも見受けられる。前出の山本氏は、「クーペとSUVの融合とは、つまりハイブリッド。一方、世の中にはクルマだけでなくハイブリッドが増えた。その中で我々は、ハイヒールとスニーカーが融合した『Y-3』というシューズに共感した。そして、シフトレバー台座部分にあたるセンターコンソール部分にハイヒールが放つ機能美をデザインエッセンスとして採り入れた」と、筆者のインタビュー取材で応じてくれた。

■環境性能や安全性能に求められる基準が上がった

あれから8年、2代目ヴェゼルが迎えるクルマ社会は大きく変化した。

燃費数値に代表される環境性能は、ボディサイズが大きく車重がかさみがちなSUVであっても、CO2排出量換算で95g/km以下と高いレベルが求められる(欧州での排出量基準)。新型ヴェゼルは実際の走行状態に即した国際的な燃費測定モードであるWLTC換算値で92.9g/km(e:HEV「X」の前輪駆動モデル)だ。

安全性能もしかり。万が一の際に生存空間を確保する衝突吸収ボディも、世界各地域の自動車アセスメントでトップクラスの結果を残す(=高い安全性能を確保する)ことが求められ、先進安全技術の分野にしても、日頃の運転支援強化までもが評価対象となった。端的に、メーカーとしてやるべき項目は増えつつ、制度や基準は高くなったのだ。

その間、SUVユーザーの舌は肥えた。ヴェゼルが属するコンパクトクラスでは、魅力的な新モデルが世界各国から登場し続けているからだ。さらに、いずれも使いやすく、しかも求めやすい価格帯でラインアップするのだから、ユーザーである我々とすれば選択肢が増え、ありがたい限りだ。

画像=筆者撮影
新型ヴェゼル「e:HEV Z」 - 画像=筆者撮影

■輸入車のコンパクトSUVも視野に入る価格

税込み293万7000円(※)。今回、筆者が試乗した新型ヴェゼルの最上級モデル「e:HEV Z」(シリーズ式ハイブリッドモデルで前輪駆動)の価格だ。

※オプションボディカラー代含む。価格は試乗会のスペックシートより。

試乗車にはさらにメーカーオプションとして、Honda CONNECTディスプレー+ETC2.0車載器+ワイヤレス充電器、ディーラーオプションとして、フロアカーペットマット、ドライブレコーダー(前後録画、駐車録画機能付)が装着されていた。締めて税込み326万246円。

登録にかかる諸経費は時期により変動するが仮に6月登録となれば、概算で11万〜12万円程度。乗り出しまでの総額は338万円程度(ホンダWebサイトによる簡易見積額)だ。

実際はディーラーにおける値引きが期待できそうだが、販売好調が続く新型ヴェゼルだけに強気。グレードによっては年が明けてからの納車(!)というから、値引きがあったとしても端数調整程度か……。

さて、コミコミ価格で340万円台となると、じつは輸入車のコンパクトSUVも中古車であれば十分に視野に入る。ただし、中古車といえども登録から3年以内の新しい個体が対象になる。

■「国産新車or輸入中古車」という贅沢な悩み

たとえばヴェゼルとほぼ同じボディサイズであるアウディのコンパクトSUV「Q2」は、2019年式で走行距離7000km台の個体が338万円、BMWのコンパクトSUVである「X1」の場合、2019年式で1万3000km台だと一例で299万円。ざっと調べただけだが、おおよそこのあたりの価格を底値として数多くの台数が流通している。

ちなみにメルセデス・ベンツのコンパクトSUVである「GLA」も2020年に登場した2代目こそさすがに高価だが、初代モデルの後期モデルであれば2019年式/1万1000km台で318万円という個体も見受けられた。

また、MINIとSUVのクロスオーバーを名乗るMINI「MINI クロスオーバー」も2020年に実施されたマイナーチェンジ前モデルであれば、2019年式/1万5000km以下の低走行車でも200万円台で流通する。

取り上げたQ3、X1、GLAはいずれも新車価格が400万円台。MINIクロスオーバーにしても395万円スタートだ。それが2年落ちの中古車であれば、新型ヴェゼルの最上級モデルに少し予算を足せば手が届く程度に落ち着く。

また、中古車といえども走行距離が少なく、おしなべて丁寧に乗られている個体が多い。さらに正規輸入車であれば新車登録から3年間のメンテナンスパックなるものが用意され、お目当てのモデルが加入対象車であれば点検整備などのランニングコストも抑えられる。国産新車か、輸入中古車か、コンパクトSUV選びにはこんな贅沢な悩みも含まれる。

■輸入車を検討するユーザーにも響くデザイン

冒頭に新型ヴェゼルの販売が好調と紹介したが、前述した輸入車のコンパクトSUVを中古車で検討している層からも新型ヴェゼルは注目されている。

輸入車ブランドはそれぞれに個性が強く、それは各モデルのデザインにも強く表れている。20〜50歳代にかけ幅広い層から引き合いがあるが、一方の新型ヴェゼルも個性では負けておらず、輸入車を購入対象とするユーザーにも響く。

新型ヴェゼルの開発責任者であり、現在は本田技研工業・四輪事業本部事業統括部にてビジネスユニットオフィサーでシニアチーフエンジニアを務める岡部宏二郎氏は、「初代のこだわりである内外装デザインをそのままに、新型では徹底した統一を図ることで表現力を高めました」という。どこを、どのように高めたのか伺ってみた。

「たとえば、内装ではさまざまな素材が使われているため見た目と違って、センターコンソールやドア周辺など、手に触れるところの感触が微妙に異なり、それが上質さの低下を招いていました。新型では異なる素材であっても、手触りや肌触りとしての感触を統一させています」。

実際、試乗してみると運転席回りの視界は広く開放的で、岡部氏の言葉通り、手に触れる部分の統一が図られている。

■「オープンカーのそよ風」をイメージしたエアコン

シリーズハイブリッド方式であるe:HEVにしても、同システムを搭載する「フィット・ハイブリッド」からエンジン、モーターともに強化して新型ヴェゼルの重量増に対応。容量を増加させた駆動用バッテリーと相まって、市街地ではエンジンを停止させたEV走行での距離を伸ばしつつ、山道から高速道路では余裕ある走りが楽しめる。先進安全技術群である「Honda SENSING」もシステムの精度を高めてきた。

また、運転席右前、助手席での左前にあたるエアコンの吹き出し口にはダイヤルを設け、それを回すことで吹き出す風を生み出す。「オープンカーに乗っているときに感じるそよ風をイメージした」(新型ヴェゼル開発担当者)というそれは、「そよ風アウトレット」と名付けられた。

愛車をマツダのオープンカー「ロードスター」とする筆者にはその狙いがよくわかった。肌をフワッとなでるようなやわらかな風は、エアコンの直接風が苦手な人にも受け入れられるだろう。

画像=筆者撮影
そよ風アウトレット。やわらかな風が吹き出す - 画像=筆者撮影

キャビンの使い勝手も良い。ホンダ独創のセンタータンクレイアウトによる後席座面の跳ね上げ機構「チップアップ&ダイブダウン機構」は新型にも受け継がれた。背の高いかさばる荷物を後席ドア側から出し入れできるため非常に重宝する。

画像=筆者撮影
後席座面を跳ね上げれば、背の高い荷物を出し入れしやすくなる - 画像=筆者撮影

初代のセールスポイントだった広大なラゲッジルームもフラットな床面とともに継承されている。電動開閉式テールゲートの「予約クローズ機能」や、ゲートの開閉に連動してトノカバーが引き出し/収納される「吊り下げ式トノカバー」も地味に便利だ。

画像=筆者撮影
広大なラゲッジルームも継承されている - 画像=筆者撮影

■SUV市場で強い個性を放つデザイン

2代目となる新型ヴェゼルが登場した際、マツダのSUVである「CX-5」やトヨタのSUV「ハリアー」などに似ている、という評価がなされた。たしかに画像の上では、筆者も失礼ながらその印象を抱いた。

しかし実車は似ていなかった。ボディサイドには一直線にキャラクターラインが入り、ボディ全体を大きく見せつつ(実寸は先代とほぼ同じ)、ボディ前部のグリルはボディカラーと同色にしてグリルレス感を演出する。

そして何より、初代から受け継がれた都市でもアウトドアシーンでも馴染む内外装デザインは、粒ぞろいのコンパクトSUV市場でも強い個性を放っていることが確認できた。

■三部社長就任会見スピーチの真意は何か

ところで新型ヴェゼルの発売日、ホンダの新社長に就任した三部敏宏氏は就任会見スピーチを行った。

「先進国全体でのEV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)の販売比率を2030年に40%、2035年には80%、そして2040年には、グローバルで100%を目指す」とし、「日本国内でのEV、FCVの販売比率を2030年に20%、2035年に80%、2040年に100%を目指す」と発表。さらに「2030年には、HV(内燃機関とのハイブリッド車)を含めて100%電動車とすることを目指す」とした。

かなり攻めた内容で、報道では「ホンダ、内燃機関との決別!」との文字が勢いよく躍った。しかし、節々に「目指す」との文言で結ぶ三部氏の言葉に、筆者は別の想いを抱いた。

■フレキシビリティのある企業体質を示したのではないか

電動化は揺るぎなく喫緊の課題ながら、EV、FCV、HVでそれぞれ目標となる数値を、実現の可能性を算段した上で世界に発信し、同時にステークホルダーにそれを示した。ここに最大の意義がある。

そしてこの先、世界のエネルギー情勢に新たな潮流が見られ(例/水素社会の台頭)、環境対策論に変化を求める声があがれば、それにいつでも、世界の市場で対応できるフレキシビリティがあると声高にしたのではないか……。これにはEV(電気自動車)こそすべてとする欧州勢へのアンチテーゼも含まれる。

つまり、時代が求めるマルチソリューションに対応可能な企業体質こそ、次世代の“ホンダらしさ”があるのだと力説した、と筆者は解釈した。

電動化のシナリオには当然、内燃機関との共演もあり得るということ。ヴェゼルよろしく、ここも融合がテーマだったわけである。

----------
西村 直人(にしむら・なおと)
交通コメンテーター
1972年1月東京生まれ。専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつために「WRカー」や「F1」、二輪界のF1と言われる「MotoGPマシン」でのサーキット走行をこなしつつ、四&二輪の草レースにも精力的に参戦中。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行い、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。著書には『2020年、人工知能は車を運転するのか』(インプレス刊)などがある。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)理事、2020-2021日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
----------

(交通コメンテーター 西村 直人)