【オフサイド新ルールのメリット・デメリット】ゴールと引き換えに“サッカーの価値”を失う可能性も?
では、ファンの満足度はともかく、競技的にはどうだろうか。
FIFAはこのルール改正により得点が50パーセント増え、攻撃的なサッカーになると説明している。しかし、本当にそうなのだろうか。50パーセント増えるという試算は、あくまでも現行のルールで戦った試合を、再判定しただけで、新ルールを前提に戦った試合ではない。
個人的に思い出すのは、2016年のルール改正の際に、とあるJリーガーから聞いた話だ。ペナルティエリア内で決定的阻止のファウルを犯したとき、PK、退場、出場停止の三重罰は重すぎる、とルールが緩和されることになり、通常のファウルならば、退場ではなくイエローカードに留めるとルールが変わった。
曰く、そのルール改正により、審判がPKを取りやすくなることを懸念していると。今までは三重罰があるために、決定機でPKを吹くのはハードルが高かったが、三重罰の解消で審判に心理的障壁がなくなれば、PKが吹かれやすくなる。だから、むしろ警戒を強めていると、そう言っていた。一見すれば、明らかに守備優位に思えるルール改正だったが、現場で戦うプロのDFは、そう感じていなかった。
人がプレーし、人が運営し、人同士が対戦するとは、そういうことだ。心があり、駆け引きがあり、お互いを読む。
ルールが攻撃優位になったから、試合が攻撃的になるとか、勝負の世界はそれほど単純ではない。むしろ、その優位性を消さなければならないと、ディフェンスラインが下がり、どんどん試合が守備的になる可能性がある。逆方向への調整意識が働くのだ。
得点自体はある程度増えるかもしれないが、リスクを恐れたディフェンスラインが下がれば、中盤の攻防はアグレッシブではなくなるだろう。まさに中盤のエネルギーこそ、サッカーの醍醐味だと個人的には思うが、それを失った場合、我々は得点と引き換えに、サッカーがサッカーである価値を失うかもしれない。目先の顧客満足度だけでなく、長期的な顧客満足度を含めれば、間違いなく懸念はある。
とはいえ、実際にやってみなければ、勝負の世界のプロたちがどう動き、どう対抗するのかは、正直分からない。やっぱりこんなサッカーはつまらない、ということなら、再びFIFAはルール改正に動くのだろう。
VARは設備投資が大きすぎて、二度と元に戻ることは出来ないと思うが、このルール改正は比較的戻りやすいし、細部の調整を重ねる可能性もある。もっとも、そうした度重なる変更に対応する副審はたまったものではないが……。いや、ともすれば、その頃になれば副審はAI化しており、単なるプログラムの書き換えで済むかもしれない。
次はどんな流れが出来ていくのか。別に何が変わっても構わないが、サッカーがサッカーである価値だけは失ってほしくない。
文●清水英斗(サッカーライター)
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