遠野大弥(川崎フロンターレ)インタビュー

 JFLのHonda FCからJ1の川崎フロンターレへ。そんな異色の経歴が目を引いた。JFLはJ1から数えて4部相当のアマチュア。そこで頭角を表わした若手が今季、錚々たるメンツが名を連ねる昨年J1王者・川崎のなかで輝きを放っている。FW遠野大弥(だいや)、22歳。いったい、どんな選手なのか?

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今季すでに4ゴールを決めている遠野大弥

 J1王者の川崎フロンターレに飛び込み、躍動する遠野大弥を見ていると、挑戦することの意義にあらためて気づかされる。そして挑戦するタイミングに、遅いも早いもないことを知った。

 それだけに、もし過去の自分に声をかけられるとすれば、何と伝えるかと聞いてみたくなった。すると、遠野はこう言った。

「無駄なことはひとつもないから、自分が思ったように行動すればいい、と伝えたいですね」

 そう答えられるのは、今が充実している証でもあるのだろう。

「フロンターレに今シーズン加入した当初は、一緒のチームなのに『うわっ、すげーな』って思いました。それくらい『(ボールを)止めて蹴る』の質に差があると感じたんです。でも、そこに追いつこうとやっているうちに、自分自身もうまくなっていると実感しています。

 練習では、狭いエリアでポゼッションを高めるゲームをしているのですが、それによって試合になるとピッチが広く感じられる。スペースがあるように思えれば、判断スピードにも時間があるように感じられるんです。まるで試合のほうが楽に思えるほど、余裕を持ってプレーできている感覚があります」

 試合を上回る練習の強度と質がある。アビスパ福岡への期限付き移籍を経て、今シーズン加入した遠野が身をもって体感した事象だけに、あらためて川崎の強さに触れた気がした。

 J1屈指の強さを誇るチームで競争に揉まれた遠野は、J1第2節のベガルタ仙台戦で初先発すると、いきなり初ゴールを記録。第8節のサガン鳥栖戦でも、スルーパスに抜け出すと、混戦からゴールを決めて1−0の勝利に導いた。

 リーグ戦19試合を終えて14試合で4得点。「どのポジションからでもゴールを取れるところが自分の強み」と語るように、連覇を目指すチームに新風を巻き起こすシンデレラボーイになっている。

 というのも遠野は、育成や発掘が整備されつつある近年において、希有な経歴の持ち主だからだ。

 22歳の彼は、チームメイトで言えば田中碧と同学年。田中が川崎のユースから昇格し、ひとつ年上の三笘薫や旗手怜央が大学時代から名を馳せていたことを考えれば、遠野は苦労人だ。まさに階段を駆け上がり、J1王者の一員になった。

 静岡県の藤枝明誠高校では、3年時に選手権に出場。だが、Jリーグのクラブから声がかかることはなかった。

「プロになることはまったく意識していなくて。当初は大学でサッカーを続けられればいいな、と考えていたんです」

 ところが、同じ静岡県を拠点とするJFLのHonda FCからオファーがあった。

 J1から数えれば4部相当でアマチュア。Honda FCは実業団のため、学生でもなければプロでもない。社会人としてサッカーをすることになる。親をはじめ周囲に相談した結果、最終的には「サッカーをやるならば、少しでもレベルが高い環境がいい」と考え、遠野は2017年にHonda FCへ加入した。

「今思えば、そこが人生の分かれ道だったと思います。友人にも『大学に行かず、ホンダに行ってよかったな』ってよく言われますから」

 朝8時に出社し、12時までほかの従業員とともに働くと、昼食を食べて14時半から17時までサッカーの練習を行なう。いわば「8−5時」という社会人の生活が始まった。

「最初は仕事もわからないことだらけでしたけど、わからなくて当たり前。だからもう、やるしかない感じでしたね。たくさん怒られました。社会人としての礼儀もそうですけど、高校を卒業したばかりで常識もなかった。たくさんのことを教わり、そのおかげで今があると思っています」

 サッカーにおいても、1年目は「レベルが高くて、本当にやっていくだけで必死でした」と振り返る。

「1年目はプロになることなんて思いもせず、ただただ、ここで試合に出て活躍したい。その気持ちだけでプレーしていました」

 社会人として、サッカー選手として、日々もがき続けた遠野に再び転機が訪れたのは、2019年だった。

「3年目になって、初めてスタメンとして試合に絡めるようになったんです。それで天皇杯でコンサドーレ札幌と試合をした時に、自分が2得点して、チームも4−2で勝利することができた。ゴールもそうですけど、自分のプレーに手応えを感じられて、その時、ちょっとプロというものを目指し始めたというか、意識するようになりました。もっと上でやりたいな、という気持ちが芽生えたんです」

 遠野が在籍した3年間すべてでJFL優勝を飾ったHonda FCは、そのカテゴリーにおける強豪だった。「リーグ戦では優勝していただけに、チームとしてもモチベーションは天皇杯にありました。プロのチームを倒すことにかけていましたし、従業員の人たちも天皇杯のほうが盛り上がるんです」と遠野は言う。

 チームは札幌に続き、3回戦で徳島ヴォルティス、4回戦で浦和レッズにも勝利すると、ベスト8に進出。結果的に準々決勝で鹿島アントラーズに0−1で敗れたが、Honda FCの躍進はサッカーの醍醐味を感じさせ、対戦相手の心をも揺さぶった。

 プロ経験もある古橋達弥と2トップを組んで攻撃を牽引した遠野には、その結果、複数のクラブからオファーが届いた。そのうちのひとつが、川崎だった。

「大弥ならできるよ」

 今も尊敬する人物に名前を挙げる古橋から背中を押された遠野に、迷いはなかった。ただ、すでに三笘や旗手の加入が決まっていた川崎からは1年----2021年まで待ってほしいと言われた。

「プロになるならば1年でも早いほうがいいと思っていたので、素直に『1年は待てません』と言いました。そうしたら、クラブも考えてくれて、オファーをくれていた福岡に期限付き移籍で行くことになったんです」

 冒頭でつづったように、自身の人生を振り返り「無駄なことはひとつもない」と語ってくれた背景には、Honda FCで過ごした3年間での成長と、ここで『待てない』と本心を伝えた決意にもあるのだろう。

「本当にここで決断して、福岡に行ってよかったと思っています。プロキャリア初の1年間で40試合も出させてもらって、数多くの経験をさせてもらいました。J1昇格という目標も達成でき、大きな自信になりました」

 2020年12月16日の愛媛FC戦(J2第41節)では、福岡をJ1昇格へと導くゴールを挙げた。遠野はチーム最多11得点を挙げ、まさにJ1昇格の立役者になった。

「愛媛戦を含め3試合連続でゴールを決めることができたのですが、実は(第30節の)ジュビロ磐田戦からずっとゴールを決められていなかったんです。試合に出してもらっても結果が残せず、シゲさん(長谷部茂利監督)からは『ふたケタ得点しないと、フロンターレに行けないからな』ってハッパをかけられていたんです。自分としてもふたケタは取らなければと思って、それを言われた直後のツエーゲン金沢戦(J2第39節)から3試合連続でゴールを決めて、目標のふたケタに届いたんです」

 福岡に在籍している時から、自身の強みであるゴールを目指すとともに、川崎でのプレーをイメージして「立ち位置を意識していた」と教えてくれた。

「福岡と川崎ではシステムも違いましたが、相手を見ながらプレーすることもそうですし、相手のボランチとCBの間でボールを受けてサイドに展開することも意識していました。Honda FCでも止めて蹴るという部分に練習からこだわって、培ってきたことが今に活きていると思っています」

 高校を卒業した時、プロになれなかった、いやプロすら意識していなかった青年が、4年間でJ1王者の一員になった背景には、「ひとつも無駄にしなかった」という確かな軌跡があるのだろう。

 ただし、誰もがステップアップできるわけではない。遠野にはHonda FC時代も、福岡時代も、もっとさかのぼればサッカーを始めた少年時代からも、持ち続けてきたものがある。

「貫いてきた姿勢があるとすれば、向上心ですかね。もっとうまくなりたい。もっと成長したい。その気持ちは本当になくしたことがないですね」

 川崎では全体練習を終えたあと、毎日のようにボールを止めて蹴る練習をしている。

「ほかにも試合前日には、対面した状況でパスをもらってターンする練習もしています。小さなゴールが3つあるのですが、素早くターンして、そこに向かって強いパスを出すんです」

 4−3−3のインサイドハーフでプレーした際、素早いターンから果敢にゴールを狙えているのは、その賜物だろう。鬼木達監督からは「大弥のいいところは、思いっきり足を振り抜けることだ」と言われたという。だから、途中出場する時も「思いっきり振ってこい」と背中を押されている。

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「ゴールを取ると自信にもつながりますし、もっと、という貪欲さが出てくる。そうした小さな積み重ねのひとつひとつが、今につながっているのかなと思います」

 無駄なことはひとつもない。すべての出来事を有益にするのも、無益にしてしまうのも、自分次第である。向上心があるかぎり、遠野は成長し続ける。そして、今もまだ、その過程にある。

【profile】
遠野大弥(とおの・だいや)
1999年3月14日生まれ、静岡県出身。2017年に藤枝明誠高からJFL所属のHonda FCに入団。初年度から主力として活躍し、2020年に川崎フロンターレに完全移籍を果たす。レンタル移籍でアビスパ福岡に1年間プレーしたのち今季復帰。ポジション=FW。身長165cm、体重66kg。