【西尾 潤】たった一言が“地獄”の入り口…私がマルチ商法にハマった「3つの理由」 収入、一貫性、そして…

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認めてほしい……そこからマルチ商法にハマる人がいる。このたび『マルチの子』(徳間書店)を上梓した西尾潤さんもその一人だ。生々しい実体験から見えてきた、誰もが陥りうる承認欲求の沼とは――。

地獄の始まり

「西尾ちゃん、20歳になったらめっちゃすごいビジネス、紹介したるわ」

バイト先の先輩、Fさんに言われたこの言葉が地獄への始まりだった。

高校時代、ロックが好きで軽音部に所属し、何を血迷ったかプロのミュージシャンを目指していた。卒業後に就職したデザイン事務所も1年で辞め、アルバイト生活をしながらバンド活動に勤しんでいたのだが、世の中そんなに甘くない。思いばかりが先行して実力が伴っておらず、結局夢は夢のままで終わった。

フリーター生活をつづける中、外資系会社の営業アルバイトで出会ったのが当時20代後半のFさんだった。

彼はバイトをしつつ、業界最大手のマルチ商法をやっていた。ある程度上のランクまで昇格したものの思うように儲からず、新たなビジネスを探していた中で、すごいものに出会ったという。

〔PHOTO〕iStock

「どんな仕事ですか?」

私は期待に胸を膨らませながら聞いた。

「テレビCMで話題の、泡風呂の機械あるやろ?」
「ええ、一日一回はCMを目にします」
「そうそう、あれをな、売る仕事やねん」

商品をプレゼンし、売れたら紹介料をもらえる。ただそれだけの仕事で、月収100万円を超える人もいるらしい。

「めっちゃすごいやないですか!」
「そやねん。西尾ちゃんはまだ未成年やから始められへんのやけどな――」

成人するまでの2ヵ月間勉強してみて、興味がつづいたらやってみればいいという。

『マーフィー 100の成功法則』『人を動かす』『アメリカの心』。名著だから読んでみて、とFさんに薦められた3冊を熟読した私の中には、

「自分は成功するに違いない」

という超のつくポジティブな思いが根拠もなしに芽生えていた。そして20歳の誕生日の翌日、私はFさんの紹介でそのビジネスに入会した。

思い込みと出会いに恵まれて、私は一時成功を収める。始めて数ヵ月でスター的な人間が傘下に入り、瞬く間にグループは大きくなっていった。おそらく1年で800人ほどに膨れ上がっていたと思う。売り上げはうなぎのぼりで、わずか20歳で最年少の高ランク保持者となり、月収は7桁にのった。

その2年後に、700万円の借金を背負うことになるだなんて、この時は露ほども疑っていなかった。

マルチ商法にハマった「3つの理由」

なぜ私はマルチ商法にハマったのか。理由は3つ考えられる。

1つ目は「収入」である。

マルチ商法では、ひとりひとりが個人事業主だ。つまり、入会=起業となる。いつか事業を起こして成功を収め大金を手にしたいと願っている人は少なくない。そんな時、わずかな資金で始められるチャンスと出会えたとしたらどうだろう。そこでは、学歴も人種も出身地も何も関係ない、平等なチャンスが待っている。

しかも、月収7桁超えの人がざらにいる世界だ。手軽に始められて高収入。私にとって、これは大変魅力的な入口だった。

2つ目が「一貫性の法則」。

人は自らの行動や発言、態度、信念などに対してブレずにいたいという心理をもっている。その心理の背景にあるものを一貫性の法則という。

マルチ商法の輪の中に入り、一度目標を設定してしまうと、それを達成するまではぜったいに諦めたくない、という心理が働く。そのために無意識に自分を騙し、自身を洗脳していく。

実際、私はマルチ商法で700万円もの借金を作っておきながら、まだこの世界での成功にこだわっていた。目標を途中で投げ出したくない、という強い思いが心中に根差していた。今思えば一貫性の法則が強力に作用していたのだろう。

3つ目が最大の理由、「承認欲求」である。

「人を応援することが自分の幸せにもなる」

と『マルチの子』で書いた。私が一人傘下を増やし売り上げを伸ばせば、その分アップラインの人間にも手数料が入る。だからアップラインは私を応援してくれる。私も同じように、傘下の頑張りを褒める。それが私の収入に直結する。

ビジネスの構造上、「他者を承認する」ことと「自分が成功する」ことがセットになっているのだ。

傘下が新規顧客を連れて来た時はビジネス手腕を褒め讃え、傘下がランクアップした場合はセレモニーを行い、みんなの前で賞賛する。

私がかけられた中でも一番心に残っているのがこんな言葉だ。

「ネットワークビジネスをしている人はすぐにわかります。だって真剣に生きているから、目が違うんですよ。なんとなく生きている人とはぜったいに違う」

このビジネスを選んだあなたは特別な人です。

そう言われた気がして、私は有頂天になった。無数の「いいね」を貪り、無数の「いいね」に溺れ、承認欲求の沼にどっぷりはまり込んでいった。

ほぼ軟禁状態に…

借金の原因は、買い込みだ。架空の契約書を作成し自腹で商品を購入する。売り上げが少ない時、そんな行為を積み重ねた。バカなことを、とお思いの方もいると思う。

しかし……。アップラインからの期待。傘下からの称賛。それらを裏切ることが私にはできなかった。何よりも、最年少高ランク保持者として皆に認められる自分でいたかったのだ。

自転車操業だった支払いもとうとう回らなくなり、目の前の数万円の金利の支払いに窮するようになった。意を決し、父に10万円ほど貸してもらえないかお願いをした。激怒された。

「なんで100万、200万くらいの時に言うてこんのや!」 

父……、ごめんよ。

その翌日から外出を禁じられほぼ軟禁状態となり、マルチ商法には一切関わらないと約束させられた。両親に助けてもらいながら、新たに計画的な借金返済生活が始まる。

「ご利用は計画的に」……聞いたことのあるフレーズが胸に刺さった。

23歳になる年、冬の終わりの出来事だった。

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商品が流通せず違法な「ねずみ講」と違い、マルチ商法は合法だ。悪質なものが横行しているため詐欺まがいと取りざたされることもあるが、健全なものも世の中には多数存在する。

私が『マルチの子』で書きたかったのは、マルチ商法の危険性ではない。主人公の鹿水真瑠子が私のように借金を抱え地獄に足を踏み入れたのは……。

認めてほしい。

誰もが抱える、この承認欲求のせいなのだ。

SNSが氾濫する現代において、それは私たちが身近に直面する厄介な代物だ。甘美な「いいね」が溢れるマルチ商法は私たちの心の隙間にするっと入り込む。ハマる人なんて信じられない? いやいや、決して他人ごとではない。私の身には起こった。あなたの身にも、きっと。