大切な人が突然この世からいなくなる。
身近なこととして想像ができないことが本当に起きたとき、どのように気持ちを立て直していくのか。

新型コロナウイルス禍で最初の緊急事態宣言が発令された2020年5月、ライターの佐藤由香さんは、単身赴任中の夫(当時56歳)が赴任先で突然死するという経験をされました。ここでは、夫の葬儀や手続き関連の作業が終わった途端に襲ってきた悲しみや孤独感、虚無感とどう向き合い、どうやって持ち直してきたのかについてつづっていただきました。


つらい悲しみから前を向くためにやってよかったこと(※写真はイメージです)

50代。夫の突然死という悲しみを癒やしてくれたものたち



昨年5月に、単身赴任先の自宅で夫が突然死(死因は致死性不整脈の疑い)してから、1年が過ぎました。わが家は夫婦2人家族。突然1人になったこの1年は、とてつもなく長く、悲しかった。言ってみれば、ずっと心の緊急事態宣言中という状態でした。

けれど、50代というのは、そもそもつらいことが多い年代かもしれません。
親の介護や身内の病気、自分の体調不良や更年期、子どもの独立、経済的な悩みなど、今まで平穏に暮らしていた人も、人生の転機や変化が幾度となく訪れます。さらに、長引くコロナ禍。日常生活の変化や感染対策など、不安や心配でふさぎこんでいた人も多かったと思います。

そんなときに、自分で自分を励ますにはどうすればいいのか。
私は、おいしいものを食べたい、好きな俳優のドラマを見たい、といった普段の楽しみにまったく心が動きませんでした。ただ、悲嘆と向き合う。そんな1年で、助けになった“癒やし”をご紹介したいと思います。

●自分と向き合う時間をつくる



・同じ立場の人の本を読む


夫が突然死して1か月後に読み、心の支えになった本

夫が亡くなって1か月ほどたったとき、取りつかれたように、死別について検索をかけまくりました。人生の先輩方の体験談や、死生観、宗教観が知りたかったからです。本、ネット記事、ブログなどを読みあさったなかで、いちばん勇気をもらったのは『OPTION B(オプションB)
』(日本経済新聞出版社刊)という本でした。

著者は、40代で夫を突然死で亡くしたフェイスブックの女性CEO。テーマは、人に備わったレジリエンス(回復力)です。私はこの本で初めてレジリエンスという言葉を知り、悲嘆を強さに変えられることを知りました。人生に必ず起こる喪失や困難との向き合い方、喜びの見つけ方など、たくさんの実践的な教訓が紹介されています。

・支離滅裂でいいから自分の気持ちを書く


死別後から書いたノートは1年で6冊にも

上記の『OPTION B(オプションB)
』でもジャーナリングという手法として、書くことが推奨されていましたが、つらくてたまらないときの「頓服」的なものだと思います。

私は、夫が亡くなったと知った日から、心の叫びをノートにひたすら書きなぐっていました。身内にも友達にもここまで話せない、言えないということも、全部吐き出していくのです。

パソコンやスマホの入力より、手書きがおすすめです。SNSなどはどうしても読む人のことを意識しがちになるし、声にならない声は肉筆のほうが出し切れるような気がします。丁寧に書く必要もありませんし、整った文章もいりません。支離滅裂でいいから本音を書く。100円のノートとペンひとつで、苦しみをため込むクセがつかなくなります。

●苦しみから意識をそらす時間をつくる



・片づけに掃除…無心になって体を動かす
正直いって、つらいときの暇な時間はロクなことを考えません。後悔したり、嘆いたり、無気力になったり、ひねくれたり、頭の中がネガティブでいっぱいになってしまいます。そのことに気がついてから、努めて暇な時間をつくらないように、余計な考え事をしないように意識しました。

それには体を動かすことがいちばんよかったのですが、私の場合、てっとり早く無心になって集中するのは片づけや掃除でした。使わないものを見つけてメルカリに出したり、家具の配置を変えたり、ガラスやステンレスをみがいたり。一心不乱に黙々と作業し続けると、家がすっきりして気持ちよくなり、達成感すら感じるように。

もちろん散歩でもスポーツでもなんでもよく、頭をからっぽにして目の前のことに取り組むことに意味があると思います。

・新しいものを使う


ストック品を放出してリフレッシュ

今までの人生と決別し、新しい生き方を考えなくてはならない。そんな事態でも、急になにか大きなことができるわけではありません。

切り替えたい、リセットしたいという気分になったときは、タオルやスポンジ、ふきん、フライパン、ハンカチなど、古びたまま使っていたような消耗品、日用品を、軒並み新品にチェンジしました。

大げさにいえば、未来をつくる第一歩のような儀式です。こんなたわいないことでも、なんとなく気分が上がったりするものです。

・色のあるものや好きな香りを取り入れる


明るい色、好きな香りは気持ちを上げる効果が

なにも楽しくない、抑うつに近い精神状態のときは、香りの力を借りました。香りが苦手な人もいますが、私の場合は、お線香ではない香りが漂うだけで、現実の悲しみを遠ざける効果があったように思います。

色については、もともとシンプルで渋い色好みだったのですが、友人に「明るい色の服を着てみたら?」とアドバイスされたことで、挑戦してみる気に。鮮やかなオレンジ色のシャツを着ると、みんなに「似合うね!」とほめられ、一瞬でも心が明るくなりました。色、香りなど五感に訴えるものは、なにも考えられないときにおすすめです。

●人や動植物と触れ合う時間をつくる



・生き物の世話をする


さし餌から育てたインコのひなたちの成長が笑顔のもとに

夫を失い、長年飼っていたインコが相次いで亡くなり、世話をする相手がだれもいなくなったとき、一緒に生きていく仲間が痛切にほしくなりました。

そして迎えたのが、インコのひなたち。自分を必要としてくれるかわいい鳥たちがいる限り、まだまだ元気で楽しく暮らさねば、と思うようになりました。


ホームセンターで見つけた苔玉。少しずつ新芽が出るのが楽しい

久しぶりに買った、根のある植物も日常を潤してくれる大切なものです。日当たりや水やりに気を遣い、日々様子を見ながら育てることは、小さくても確かな生きがいになります。

・会いたい人と話す
1人暮らしになり、リモートの仕事が増え、口を開かない日が格段に増えました。つらいときに、人と会って話す方がいい人、ひとり静かに過ごす方がいい人、どちらもあると思いますが、私は話をした方がラクなので、このコロナ禍の状況は非常にこたえました。

なので、心の内を話せる人とは、短時間でもできるだけ対面で会いました。相手も、こちらの状況をわかってくれているので、快く時間をとってくれたのは本当にありがたかった。感染対策を徹底しながらのマスク越しであっても、人の温もりを間近に感じて話すのは本当に癒やされますし、単純に笑顔になれます。

●急いで前を向かなくてもいい



喪失の苦しみは、なにかしたからといって簡単に消えることはありません。無理して元気にふるまう必要はないし、急いで前を向かなくてもいい。

それでも、1ミリでも元気になりたいときは、日常に変化をつけるのもひとつの方法だと感じます。小さな時間稼ぎで、少しずつ、少しずつ。いつかまた、人生は楽しいと思える日が来ることを願って。

※インコなど動物によってはアロマオイルの成分が悪影響を及ぼす場合があるので、アロマ芳香浴をする場合、十分に換気を行い、飼育スペースでの使用は避けてください。

【佐藤由香さん】



生活情報ライター。1968年埼玉県生まれ。編集プロダクションを経て、2011年に女性だけの編集ユニット「シェルト・ゴ」を立ち上げる。料理、片づけ、節約、家事など暮らしまわりに関する情報を中心に、雑誌や書籍で執筆。