なぜ中国でクラブハウスがシャットダウンされたのか?(写真:NurPhoto/Getty)

2021年2月、中国で音声SNSアプリ「クラブハウス」が突然シャットダウンされた。いったいなぜ中国当局は、クラブハウスをシャットダウンしたのか? そして安易にクラブハウスで政治談義を行う危険とは? ジャーナリストの武井一巳氏による新書『ビジネスが広がるクラブハウス』より一部抜粋・再構成してお届けする。

アメリカや日本ばかりでなく、クラブハウスのユーザーは世界中にいます。そのなかでも中国のユーザーが、爆発的に増加した時期があります。

グーグル・トレンドで見ると、中国でも日本と同じように、2021年1月末から「クラブハウス」の検索が激増しています。検索のピークは、2021年2月7日となっていました。中国でもクラブハウスは、2021年1月末ごろから急激に利用されはじめたのです。

中国でも、最初はセレブや著名人の会話が聴けることで、クラブハウスが話題となり人気になったようです。しかし、すぐにルームのテーマが変わりました。台湾問題や香港問題、それにウイグル人の問題です。1月末から2月初めにかけて、これらのテーマで議論されているルームがいくつも開催されていました。しかも、中国人と台湾人が何千人も参加し、台湾問題について冷静に議論していたルームさえあります。

これらのテーマは、現在の中国が抱えている大きな問題ですが、中国国内では声高に台湾、香港、ウイグルといったことを話題にはできません。しかしクラブハウスなら、ルーム内の会話はライブで行われ、しかも録音が禁止されており、誰がどんな発言をしたのかという記録は残りません。プライバシーが守られており、自由に思っていることを発言したり、これらの問題に対して議論を行うのにクラブハウスは実に適していると考えられたのでしょう。

2021年2月「クラブハウス」シャットダウン

ところが2月8日夜、中国では突然、クラブハウスにアクセスできなくなってしまいました。グーグル・トレンドで「クラブハウス」の検索数が、2月7日をピークにあとは急激に下降しています。

中国当局は、インターネット上で公開される内容などを検閲し、不都合なものは制限しています。この日も、中国当局がクラブハウスへのアクセスをシャットダウンし、一般の人々がクラブハウスを利用できなくなってしまったのです。

このような事例は過去にもあります。かつて2010年から2012年にかけて、中東では大規模な反政府デモが起きました。このときデモに参加しようとする民衆が活用したのが、ツイッターを代表とするSNSでした。これを「アラブの春」とも呼んでいますが、SNSが政府を動かし、あるいは転覆させ民主化に導く武器になったのです。

中国当局は、SNSやインターネットの力をよく理解しているのでしょう。世界中でサービスを提供しているツイッターが、中国では利用できないのも同じ理由です。中国ではウェイボー(Weibo、微博)というツイッターと同じような機能の短文投稿SNSがあります。しかし、このウェイボーでさえ中国当局の監視下にあり、香港や天安門事件、ウイグルなどの話題が出ると、投稿が即座に削除されてしまいます。

中国では、クラブハウスという音声SNSが、当局にとって脅威になると予測し、これを利用できないようシャットダウンしたのです。逆にいえば、クラブハウスはそれほど世の中に影響力を持つSNSだといえるでしょう。

ツイッター、フェイスブック、インスタグラムなど、現在多くのユーザー数を集めるSNSは、そのほとんどがアメリカで生まれ、世界に広がってきましたが、最近ではウィーチャット(WeChat、微信)やティックトック、ウェイボーのように、中国で誕生して世界に広がったSNSも出てきました。

ウィーチャットはインスタントメッセージングアプリで、日本でいえばラインのような機能のアプリです。ユーザーは中国人が多いのですが、世界200の国と地域をカバーしており、ユーザー数は6億人を超えています。

中国のツイッターとも言われているウェイボーでは、会員数は世界中で6億人以上ともいわれており、本家ツイッターが約3億5000万人ですから、2倍近くにもなります。

ティックトックは、短い動画を投稿するミニ動画投稿サイトですが、こちらは2017年にサービスを開始するやいなや、またたく間に世界中に広がり、ユーザー数は6億8900万人にも達しています。

「中国発祥のSNS」は危険?

中国では、ツイッターやフェイスブックといった世界中で多くのユーザーが利用しているSNSが、当局によってシャットダウンされて利用できないため、ウィーチャットやウェイボーが誕生し、多くのユーザーに利用されています。ただし、これらのSNSでも当局の監視が行われています。

これらの理由から、中国発祥のSNSは怖くて利用できない、といった意見も出ています。ティックトックのように、中国以外の国で投稿された動画も、中国当局に監視され、当局に不都合な動画は削除または公開中止にされる、といったケースもありました。

では、クラブハウスはどうでしょう。クラブハウスはアメリカ発祥で世界に広がり、とくに中国とは関係ないように思われますが、実はクラブハウスのデータが中国に送られており、当局がデータにアクセスできるのではないか、といった懸念が出ているのです。

クラブハウスは中国・上海にあるアゴラ社からAPIの提供を受けています。ユーザーごとに独自のIDとルームIDが付けられますが、これが平文(暗号化されていない文字列)でやり取りされているため、アゴラ社が音声データにアクセスできる可能性が高いことが判明したのです。中国では、国家安全保障の保護や犯罪捜査のために、国家が必要と判断すれば企業が保有するデータを提供することが義務付けられています。

クラブハウス側は、データを中国国内のサーバーに送信しないよう、暗号化措置を追加すると発表しており、実際にデータが中国国内のサーバーに送られなくなれば、この点ではセキュリティの懸念は解決するでしょう。

しかし、つい最近もラインのデータが中国と韓国のサーバーに分割して保存されている、という問題が判明し、ラインではすべてのデータを国内に移転するよう善処すると発表しています。

インターネットの普及と高度な発展で、さまざまなサービスがグローバル化されてきました。それにともない、セキュリティの問題も噴出しています。クラブハウスも例外ではありません。クラブハウスで政治的な会話などを楽しみたいといったユーザーは、そんな懸念があることだけは十分に認識しておきましょう。

一方で明るい未来も

ツイッターでは政府に反対する人々が連絡を取り合い、アラブの春を実現したように、あるいはトランプ前アメリカ大統領が過激な発言をくり返したり、さらに日本でも政府からのお願いがツイートで流れ、野党の政治家が大臣に向かってケンカを売るように意見をツイートするといった例が、日常的に行われています。日本で大きな地震が起これば、すかさず台湾の蔡総統がお見舞いのツイートを発信してくれたりしたこともあります。

インターネット以前、SNS以前の世界では、考えられなかったようなことが実際に起こっているのです。クラブハウスはこの状況を、もっと劇的に変化させるかもしれません。プライベートでクラブハウスのルームで話をしていたアメリカ大統領が、たまたま覗いていた中国の主席を見つけて会話に誘い、ルーム内で首脳会談が始まる、などといったことが起こる可能性は、決してゼロではないのです。ツイッターや他のSNSと異なり、音声SNSにはそんなリアルな会話を実現させる可能性があります。


クラブハウスでの会話は、どの国のどこにいようが、インターネットに接続してサービスが利用できれば、いつでも成立します。もちろん、だからといってクラブハウスで首脳会談が突発的に始まるなどと期待はしませんが、事前に時間を決めてルームを開催するような正式な会談なら、それも可能なはずです。

首脳会談などとはいわず、与野党の政治家が時間にとらわれずにじっくりと議論をすることだってできます。それを何百、何千という多くのユーザーが簡単に聴くことができ、場合によってはその議論に参加することだってできるのです。テレビやラジオよりももっと手軽で、もっと簡単に、そんなことを実現できるのがクラブハウスです。

そう考えると、多くのSNSのなかでもクラブハウス、あるいは今後出てくるであろう音声SNSは、非常に多くの可能性を秘めており、期待することもできます。

コロナ禍のなかで、突如スタートした音声SNSのクラブハウスは、SNS全盛の現代に新しい可能性と未来を切り拓く、まったく新しいツールだと断言できます。