幼い子どもを残して、年金未納期間が多い夫が急死……。家族の生活はどうなるだろうか(写真:Fast & Slow/PIXTA)

年金はあてにならない」

とてもよく聞く言葉ですが、年金は老後のためだけの制度ではありません。障害状態になったり、配偶者が亡くなったりしたときも年金を受け取ることができます。

気になるのは「年金未納」の期間がある場合、そうした万が一のときの年金を受け取れるかどうか。一定の条件をクリアすれば、受け取ることができるのですが、その条件について具体的にお話ししましょう。

老齢年金と計算方法が異なる「遺族年金

年金には、老後に受け取る老齢年金のほか遺族年金や障害年金があります。老齢年金は現役時代と同じように働けず、収入が減ったり貯蓄が減ったりするリスクに備えて支給されるものです。一方、遺族年金は、配偶者等が死亡し、残された遺族の生活が大変になるリスクに備えて支給されます。障害年金は、障害を負ってしまい日常生活や仕事が制限されるようになり、収入が減ったり医療介護費用が増えたりするリスクに備えて支給されるものです。

このように、年金は人生の大きなリスクに対して支給される保険です。保険ですから、保険料を負担した人が給付を受けられます。そのため、未納期間が多いと年金を受け取れなかったり、金額が少なくなったりするのですが、遺族年金や障害年金は、老後の年金と計算方法がやや違います。では、どのように違うのか、ある夫婦を例に遺族年金と老後の年金を考えてみましょう。

正男さんは50歳、月収40万円の会社員です。実は、正男さんには年金未納期間が26年もあります。「43歳まで役者を目指してアルバイト生活、その間、ずっと年金を未納にし続けていた」そうです。結局、役者になるのを諦めて、46歳のときに正社員として就職することができました。

一方、正男さんの妻、典子さんは49歳。月収30万円の会社員、バツイチで小学生の子どもがいます。大学卒業後、地元企業に就職し、ずっと同じ会社で働いています。2人が出会ったのは、正男さんが正社員になった頃。4年前に結婚し、今は子どもと3人で暮らしています。

さて、このご夫婦の遺族年金と老後の年金について考えてみたいのですが、その前に、年金の基本を少しおさらいします。年金には、基礎年金と厚生年金の2種類の年金があります。会社員や公務員など厚生年金加入期間がある人は、基礎年金と厚生年金の両方を受け取ることができます。一方、自営業など厚生年金に加入期間がない人は基礎年金のみ受け取ることになります。どのくらいの金額を受け取れるのかについては、基礎年金は一律の金額ですが、厚生年金は納めた期間や給料によって金額が異なります。

加入期間が短くても遺族基礎年金をもらえる「特例」

そこで、まずは典子さんの遺族年金から考えてみたいと思います。典子さんには未納期間がありませんから、遺族基礎年金は問題なく支給されます。18歳までの子ども1人の場合、金額は約100万円で一律です。一方、遺族厚生年金は今までの給料と加入期間などを掛け算して求めます。計算すると約40万円でした。つまり、典子さんが万一の場合、遺族年金は遺族基礎年金と遺族厚生年金合計で年間140万円支給されるということです。

正男さんはどうでしょう。遺族基礎年金を受け取るには、保険料を納付した期間や免除された期間が加入期間の3分の2以上必要です。正男さんの保険料納付済み期間はわずか4年、免除の手続きもしていませんから、要件を満たしていません。

しかし、ここで「特例」があります。令和8(2026)年4月1日前の場合は、直近1年間に保険料を納付していれば遺族基礎年金を受給できるのです。正男さんは4年前に会社員になって以来、毎月保険料を納めています。したがって、遺族基礎年金は典子さんと同じ約100万円支給されます。

では、遺族厚生年金はどうでしょうか。受け取れる要件は、遺族基礎年金と同じです。正男さんは直近1年間に未納がないため、遺族厚生年金も受け取ることができます。とはいえ、未納期間が26年もある正男さんです。しっかり保険料を納めてきた典子さんに比べ正男さんの年金額は少なくなりそうなものですが、遺族厚生年金にも手厚い「特典」があるため、何と年金額は典子さんより多くなるのです。計算すると年金額は約50万円でした。

特典とは、遺族厚生年金では被保険者期間が300カ月(25年)未満の場合、300カ月とみなして計算するというものです。正男さんの加入期間は48カ月しかありませんが、300カ月加入したものとみなして計算できるのです。遺族厚生年金は給料と加入期間などを掛け算して計算しますから、現在月収が高い正男さんのほうが典子さんより遺族厚生年金の金額は高くなるのです。

一般的に若い人ほど年金の加入期間が短く、まして子どもがいる家庭だと、子どもはまだ幼いですから、遺族厚生年金の「300カ月最低保障ルール」は、残された家族にとって非常にありがたいルールです。若い世代に限らず、加入期間が300カ月に満たなければ、どの人もこの特典に当てはまります。

「残された妻」は65歳になるまで保障される

ただし、この遺族年金は正男さんが万一のときに支給されるものですから、受け取るのは典子さんです。典子さんと子どもが正男さんが万一のときに、生活に困らないように支給されるのです。典子さんの子どもはまだ小学生ですから、もし、正男さんに万一のことがあれば今後の教育費が大変です。300カ月最低保障の特典が適用されるため、典子さんは安心感を得ることができるのです。

さらに、遺族基礎年金は、子どもが18歳になると、支給終了となりますが、その後、典子さんが65歳になるまでは、中高齢寡婦加算という遺族厚生年金の奥様手当を受け取ることができます。金額は、年間約60万円です。

したがって、正男さんの未納期間が長くても、残された典子さんは子どもが18歳になるまで年間150万円の遺族年金を受け取ることができ、それ以降も中高齢寡婦加算60万円、遺族厚生年金50万円、年間110万円を65歳になるまで受け取ることができるのです。65歳以降は、典子さん自身の老後の年金と金額が調整されますが、少なくとも65歳まで遺族年金はトータル約2000万円受け取れます。遺族年金は、被保険者本人に未納期間があっても残された家族に対しては、しっかり保障されるのです。

でも、老後に正男さん自身が受け取る年金には遺族年金のような特典はありません。老齢基礎年金については、典子さんは満額の約80万円を受け取れるのに対し、正男さんは約30万円ほどでしょう。

老齢厚生年金は、65歳まで働いたとすると、典子さんの場合は約85万円になります。しかし、正男さんが65歳まで月収40万円の給与を保てたとしても約50万円にしかなりません。基礎年金と厚生年金をトータルすると典子さんは約165万円、正男さんは約80万円ということです。

また、夫が65歳になったとき、年下の妻がいると老齢厚生年金に加給年金という家族手当が約40万円つきます。年齢的に正男さんと典子さんはこの条件にあてはまりますが、この手当は厚生年金に20年加入しないとつきません。正男さんが65歳のとき、厚生年金加入期間は19年ですから1年足りず、加給年金も受け取れません。

年金には国民の生活を守る仕組みがある

老後の年金は、いつまで生きるかわからないというリスクに備える保険です。いくら払って、いくら受け取れるのかといった損得の話は、ナンセンス。自力で老後の資産を準備するにも限界があります。そのため、年金はリスクを社会全体で分散し、国民がリスクに直面したときにも安定した生活を送れるような制度になっているのです。

未納が多くても、正男さんは老後の年金を生涯受け取れますし、遺族年金については未納がなかったかのような金額になります。これは、年金制度が強制加入である国の制度だからこそできる仕組みといえるでしょう。年金制度は、私たちが安定した生活を送るために存在するのです。