志半ばで車谷CEOは退任。課題はそのままだ(デザイン:小林由依)

4月14日、東京・芝浦の東芝本社から中継されたオンライン会見。会場には会長の綱川智氏と、社外取締役で取締役会議長の永山治氏が並んだ。2018年から3年にわたって経営の舵取りを続けてきた車谷暢昭社長CEOの辞任と綱川氏の社長再登板を説明する会見――。にもかかわらず、そこに車谷氏の姿はなかった。

東芝再生を成し遂げ、天命は果たした」。広報担当者が代読したコメントで辞任の理由が紹介されたが、辞任の経緯は実態とはほど遠い。車谷氏が持ち込んだとされるイギリスの投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズによる買収計画は宙に浮き、有象無象のファンドが東芝を狙う。

『週刊東洋経済』は5月17日発売号で「漂流する東芝」を特集。突然のCEO辞任の一部始終や、これから待ち受ける課題を探った。

生煮えだった買収提案

事の経緯を振り返ろう。騒動が表面化したのは、4月6日にCVCから東芝に「提案書」が届いたときだった。そこにはマネジメント体制の維持を前提として、東芝株を1株5000円で公開買い付けし非公開化。3年後に再上場を目指すとあった。

車谷氏は株主と対立を深め、指名委員会が行った上級管理職による信任調査でも半数以上に不信任を突きつけられていた。6月の定時株主総会での再任が危ぶまれるなか、CVCからの買収提案は「渡りに船」になったはずだった。


だが、この提案は車谷氏の立場を強めるどころか、逆に窮地に追い込んでいく。9日に東芝は、永山議長名で「当社の事業などに関する詳細な検討を経たうえで行われているものでもありません」というコメントを発表。取締役の多数が、提案に不快感を示していたという。

結局、車谷氏への逆風はやむことなく、13日には、翌日の臨時取締役会で車谷氏の解任が諮られる予定だと永山氏らが「最後通牒」を突きつけた。万策尽きた車谷氏は14日朝に辞意を表明した。つまりは事実上の解任である。

車谷氏の退場で、CVCからの提案も宙に浮いた。「マネジメント体制の維持」という前提が崩れたこともあり、19日にCVCは「非公開化が東芝の戦略に合致するか(東芝から)アナウンスがあるまで暫時検討を中断する」という書面を送付。事実上買収計画は頓挫した。

買収計画が頓挫したことで、東芝に安定が訪れるのかというと、ことはそう簡単ではない。厳密な計算でなかったとしても、非公開化が議論の俎上に載ったことで、今後CVC以外のファンドから敵対的買収を仕掛けられる可能性があるからだ。

東芝は再建の前提として上場維持にこだわってきた。東芝が非公開化せずに再生計画を前進させるには、3つの課題が残されている。

1つ目は、大株主との関係だ。特にこの1年間、車谷氏率いる東芝経営陣は大株主との対立を深めてきた。昨年1月に発覚した子会社の循環取引を筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネージメントは問題視。同年7月の定時株主総会で独自の取締役候補を提案した。東芝側が反対し、結局否決されたものの、車谷氏の賛成率も57.20%と薄氷の信任となっていた。

さらに問題は続く。9月には議決権行使集計の漏れが発覚した。さらには経産省の元参与が一部株主へ車谷氏選任に反対しないよう圧力をかけたとの疑惑が報じられた。これにエフィッシモが態度を硬化。定時株主総会での議決権行使についてこの件に対する東芝の関与を調査する特別委員会の設置を求めて臨時株主総会を請求した。東芝の成長戦略を疑問視するファンド、ファラロン・キャピタル・マネジメントも総会開催を求めた。今年3月に臨時株主総会が開かれた結果、エフィッシモの提案は可決され、現在、この件をめぐる調査委員会が調査中だ。

東芝との関係がよくても悪くても、ファンドにとって株価上昇は絶対的な条件だ。CVCの提案では「1株5000円」が買収価格とされたほか、3Dが「本源的価値は1株当たり6500円を超える」と主張するなど、株価上昇への圧力は高まっている。こうした声に応えられなければ、今年6月の定時株主総会で厳しい批判にさらされることになる。

誰が舵取りをするのか

2つ目の課題は経営トップの選任だ。車谷氏の後任は、車谷氏の前に社長を務めた綱川氏が引き継いだ。ただ、これは緊急時の「つなぎ役」的な色彩が強い。綱川氏自身、就任会見で「マネジメントも新陳代謝が求められる」と、再登板は一時的と認めた。

しかし、肝心の後任が見当たらない。ある幹部は「ポスト車谷として育てられた人材はいないのではないか。一から探すことになる」と話す。車谷氏というリーダーが消えることに対して不安を覚える社員も少なからずいるという。「ポスト車谷」を意識した人事がなかったつけを払わされている。

そして3つ目の課題がガバナンスの強化と成長戦略の構築だ。昨年1月の子会社による循環取引での調査報告書はわずか10ページだった。これに対しエフィッシモは「詰めが甘く、不十分」として株主提案に踏み切った。「主体的な関与は認められなかった」(報告書)という記述に対し、過去に大規模な不正会計を起こした企業としての反省が見られないという不満が背景にある。

再建中のコストカットについても、「(かつての不正会計時に使われた)『チャレンジ』を彷彿とさせる厳しさだった」と語る社員もいる。過去の失敗を繰り返さないための仕組み作りは未完成だ。車谷氏は「負の遺産の処理は成し遂げた。フェーズは再建から成長に変わる」と話していた。ただ、その青写真ははっきりと示していない。車谷氏なき「新生東芝」はその針路を早急に定める必要がある。

『週刊東洋経済』5月22日号(5月17日発売号)の特集は「漂流する東芝」です。