ヴェゼルの中でも納期が長い最上級グレードの「e:HEV PLaY」(写真:本田技研工業)

コロナ禍の影響もあり、最近は新型車の投入も停滞気味だが、2021年4月22日に発表(納車などを伴う発売は23日)されたコンパクトSUV、新型ホンダ「ヴェゼル」が注目されている。

昨今は、外観のカッコよさと実用性をあわせ持つSUVが人気のカテゴリーになり、なおかつ安全装備の充実などによってクルマの価格が高まったから、比較的安価なコンパクトカーも好調だ。


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つまり、コンパクトSUVのヴェゼルは、売れ行きを伸ばす2つの要素を兼ね備えているモデルといえる。

実際に販売も好調のようで、ホンダの販売店にヴェゼルの納期を尋ねてみたところ、「5月上旬に契約しても、大半のグレードは納車が9月になる。最上級の『e:HEV PLaY』は来年(2022年)の2月から3月になる」と返答され、驚いた。1年近く待たされるのだ。

正式発表前から納期は半年以上だった

先の販売店に納期が来年になる理由を尋ねると、以下のようにコメントした。

「e:HEV PLaYにはパノラマルーフ(ガラスルーフ)が装着され、外装色はすべてPLaY専用の2トーンカラーになる。シート生地や高触感バーミリオン塗装のインパネ加飾もPLaY専用だ。そのために生産規模は限られるが、多くの注文が集まったから、納期が1年近くに達した。半導体の不足も影響している」


2トーンルーフやオレンジのアクセントカラーは「e:HEV PLaY」専用装備(写真:本田技研工業)

なお、新型ヴェゼルは2021年2月18日に世界初公開となり、販売店では3月5日に価格を明らかにして予約受注を開始している。メーカーに注文を入れられるようになったのは、3月11日だ。

つまり、ホンダ車ユーザーには早い時期から新型ヴェゼルの情報が伝えられ、実質的に3月上旬から販売していたことになる。そのため、正式発表される前の4月中旬時点で、販売店からは「PLaYの納期は年末になりそうだ」という話が聞かれた。この後、4月22日に正式発表されると、納期が2022年2月以降にまで伸びたわけだ。

さらに「納期が短縮される見込みはないのか」と尋ねると「PLaYに使われる専用パーツの供給体制を考えると増産は難しい。むしろ、今後は納期がさらに延びる可能性がある」という。

ホンダ車以外のユーザーに価格が伝えられたのは、正式発表された4月22日が初めてだったわけだが、このときすでにPLaYの納期は2022年2月にズレ込んでいたことになる。発表日に問い合わせたユーザーは驚いただろうし、これでは顧客満足度を下げてしまう。

最近のホンダには、似たような売り方が多い。軽自動車のスポーツカー「S660」は、2021年3月に特別仕様車の「モデューロXバージョンZ」を発売すると同時に、「S660の生産は2022年(来年)3月で終了する」と発表した。

購入希望のユーザーは「生産終了が2022年3月なら、半年前の2021年9月頃に契約すれば十分間に合う」と考えただろう。ところがS660は生産規模が小さいから、生産終了が明かされた2021年3月の時点で、販売店では「納期はノーマルグレードが10月末、モデューロXバージョンZはそれ以降」と案内していた。

さらに3月下旬に改めて問い合わせると、「2022年3月までの生産枠はノーマルグレード、モデューロXバージョンZともにすべて埋まり、もはや新車では購入できない」といわれる始末。


S660最後の特別仕様車「Modulo X Version Z」(写真:本田技研工業)

ホンダは2021年5月末日といった期限を決めて受注を行い、それまでに注文したユーザーには、責任を持って生産・販売すべきだったのではないだろうか。

このほか、ホンダのスーパースポーツカー「NSX」について販売店は、「生産規模が小さく、納車は短くても注文から1年半、長ければ2年以上になる。お客様に迷惑をかけるので、販売会社のホームページにはNSXの情報を掲載していない」という。たしかにNSXは、メーカーのホームページには掲載されるが、販売会社の車種ラインナップからは省かれている。

また「シビックタイプR」は、抽選で販売してユーザーから批判されたことがあるが、販売店からは「多数の業者が申し込んでプレミアム価格の中古車が出まわり、本当にほしいお客様には行きわたらなかった」という話を聞いた。

以上のように、ホンダは優れた商品を開発するものの、納期の遅延などによって購入しにくい状況となることも多い。特にヴェゼルのような求めやすい車種は、納期が長引くと多くのユーザーを困惑させる。

納期が長いといえばジムニーも……

ユーザーを待たせる車種として、軽自動車で悪路向けSUVのスズキ「ジムニー」と、その登録車(普通車)版の「ジムニーシエラ」も挙げられる。


1.5リッターエンジンを搭載するジムニーシエラ(写真:スズキ)

両車は2018年7月に発売され、その直後に納期が最長1年半まで遅延した。発売から約3年を経過した2021年4月時点でも、納期は縮まっていない。

販売店では「ジムニーの納期は、シエラも含めて今でも約1年と長い。発売当初に比べると生産規模を増やしたが、縮まっていない」という。

ジムニーとシエラについて、メーカーは需要を過小評価していた。2018年に発売されたときの国内販売目標は、ジムニーが年間1万5000台(1カ月平均で1250台)、ジムニーシエラは1200台(同100台)としていたからだ。

ジムニーはフルモデルチェンジを控えた2017年でも、1万3487台を届け出している。ジムニーのフルモデルチェンジは20年ぶりだったから、新型を待っていたユーザーも多い。そうなると新型の販売目標が年間1万5000台、月間1250台では圧倒的に少なく、納期が遅延するのは当然だ。


660ccエンジンを搭載する軽自動車版のジムニー(写真:スズキ)

スズキは、対策を立てて生産台数を増やしている。ジムニーの届け出台数は、2018年は1カ月に1700〜2000台で、目標の1250台を超えていた。2019年の1カ月平均は、増産によって2500台を上まわり、2020年には3000台を超えている。

そして2021年1〜3月のジムニーの平均届け出台数は約4600台だから、販売目標の約4倍に達した。ホンダ「N-WGN」に迫る実績だが、スズキの販売店によると「増産しても納期は縮まらず、今でも約1年を要する。お客様からの注文も衰えない」という。

トヨタは「全店・全車扱い」が原因で遅延

トヨタの販売店では「今は『ハリアーハイブリッド』の納期が長く、2021年5月上旬に契約をいただいても、納車は12月頃になる」という。

この背景には、トヨタの販売体制の変更があった。2020年5月以降、国内の全系列・全店舗がすべての車種を扱うようになり、人気車は売れ行きをさらに伸ばし、不人気車は一層落ち込む事態となっている。

ハリアーは人気車種で、以前は全国約900カ所のトヨペット店のみで扱っていたが、今は4600カ所の全店が販売する。


ハリアーは特にハイブリッドモデルの納期が長い(写真:トヨタ自動車)

しかも、現行型は2020年6月にフルモデルチェンジしたばかりの新型だから、2020年後半以降の売れ行きは、コロナ禍の中でも前年の約3倍に達した。

売れ筋の価格帯が350万〜500万円の高価格車ながら、販売ランキングの上位に入る人気ぶりで、特にハイブリッドの納期が延びた。

以上のように、納期が長引く最大の理由は、「メーカーが需要を見誤ること」にある。予想を超える受注が生じた結果、生産が追い付かない。ヴェゼルのe:HEV PLaYであれば、受注台数が伸びたことで、専用装備のパノラマルーフ/上級のシート生地/2トーンボディカラーなどの供給が不足する結果となっている。

ジムニーの高人気も同様だ。20年ぶりのフルモデルチェンジは、既存のジムニーユーザーだけでなく、新規ユーザーからも注目され、受注が集まった。

ジムニー人気にも表れているように、SUV需要の原点回帰も見られるようになっている。ハリアー、ヴェゼル、レクサス「RX」のような都会的なSUVが大幅に増えた反動で、フロントマスクなどに野性的な雰囲気を感じさせる「RAV4」や「ライズ」も好まれている。


手頃な価格からも人気のコンパクトSUV、ライズ(写真:トヨタ自動車)

ジムニーはエンジンを縦向きに搭載するFR(後輪駆動)ベースの悪路向けSUVだから、ボディは小さくても野性味は満点で、まさにSUVの原点といえる。現行型は、先代型と比べても内外装をシンプルに仕上げて個性を際立たせたから、ますます人気を高めて納期遅延に陥った。

ハリアーも以前から人気が高く、従来型からの乗り替え需要が多い車種だ。トヨタの全店全車扱いが始まったのと同時期に現行型にフルモデルチェンジしたから、全国の4600店舗で好調に売れている。この需要増加をメーカーが予想できなかったから、納期も延びたのだ。

ヴェゼルの場合、前述の通り、4月22日の正式発表より1カ月以上も前の3月上旬から予約受注を始めている。この受注開始の前倒しは、発表前に需要を正確に把握して、生産計画を立てやすくするために行うものだ。

早くから需要を把握して合理的に生産し、納期遅れを防ぐ施策のはずだが、ヴェゼルでは裏目に出た。発表された時点ですでにe:HEV PLaYを筆頭に納期遅延が発生していた。

なぜ、メーカーは需要予想を誤ってユーザーを待たせてしまうのか。その理由は、海外市場を優先し、国内に向けた関心が薄れたからだ。

正確な体制でロイヤルティ低下を防げ

日本メーカーの2020年における国内販売比率は、ホンダとトヨタが14%、スズキは26%だった。大半のメーカーが、世界生産台数の70〜80%以上を海外で売るから、相対的に国内の依存度が下がり、需要予想も誤りやすい。

そして、今は新車需要の80%以上が既存ユーザーの乗り替えによるものだから、ほとんどの顧客が愛車を下取りに出して新車を買う。だから、納期が遅れると納車前に愛車が車検を迎えてしまう事態になる。

従って、新車の納車を待つために愛車の車検を取って余計な出費を発生させたり、下取り車を先に引きわたして愛車を持たない期間が生じたりする。

顧客満足度は、商品自体と販売面の両方で構成されるものだ。いくら優れたクルマを作っても、売り方や納期で失敗すると顧客満足度を下げてしまう。メーカーやブランドのロイヤルティを下げないためにも、より早く正確な納車体制を望みたい。