幸せとお金の関係について解説します(写真:CORA/PIXTA)

長引くコロナ禍で、働き方、生き方を見直す人が増えています。格差が広がり、お金を稼ぐことに必死になる人、お金よりも大切なものを求めて生活自体を変える人、お金がないことで絶望を感じている人など、お金に対する考え方の違いも浮き彫りになっているように感じます。では、人が幸せになるためには、お金とどのように付き合い、どのように生きればいいのでしょうか。『99.9%は幸せの素人』の共著を持つ幸福学の第一人者、前野隆司氏が、人間の幸せとお金の関係について解説します。

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800万円を超えると幸福度は変わらなくなる

「もっとお金があれば幸せになれるのに……」

誰もがそう思いがちですが、本当でしょうか。もちろん、食べるものも着るものもろくに買えない貧困状態は不幸ですから、衣食住が満たされた生活をしたいと思うのは当然です。一定の生活レベルを維持できるまでは、収入が増えれば増えるほど、人が幸せを感じられることも事実です。

しかし、それ以上の生活レベルを求めるとなると、話は変わってきます。ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・プリンストン大学のダニエル・カーネマン名誉教授は、「年収7万5000ドル(日本円にして約800万円)」を超えると、幸福度がほぼ変わらなくなることを明らかにしました。

年収800万円あれば、マズローの欲求5段階説でいう食欲、睡眠欲を満たしたい「生理的欲求」、安心して健康に暮らしたいと思う「安全欲求」が満たされます。人間の幸福度はその2つに大きく影響を受けるのです。

お金と幸福度の関係は、経済学用語の「限界効用逓減(げんかいこうようていげん)の法則」でも説明できます。人は、欲しい消費財の1つ目を手に入れたとき、もっとも高い満足度を得られます。ところが2つ目、3つ目以降は、1つ目以上の満足度が得られないどころか、買えば買うほど満足できなくなっていくのです。

何不自由ない生活ができるようになると、次は家が欲しい、ベンツが欲しい、別荘が欲しい、自家用飛行機が欲しい、世界中のブランドを買い占めたい……と、きりがなくなるものです。お金持ちになっても、上には上がいることがわかります。高級なものを持つと管理にも気を遣う。

要するに、お金持ちになって欲求や欲望が増えていくばかりでなく、お金では解決できない不満も増えてストレスもたまりやすくなるのです。

パーソル総合研究所の調査によると、年収が上がると幸福度も上がる一方で、不幸度も上がっていく傾向がありました。リッチになって豊かな生活を知ってしまうと、その生活レベルを守るための不安感も増していくようなのです。

極端な例ですが、ある投資家の大金持ちは、毎日数億円レベルで資産が変動するため、異常なストレスを感じると言っていました。

幸福度が高い人ほど温かい人間関係を育んでいる

また、お金持ちになると悪い人も寄ってきがちです。いろんな人が、あの手この手でお金をだまし取ろうとするので、人間不信になりやすいようなのです。有名になると、自分に言い寄ってくる異性もお金目当てのように思えて、妻でさえも信じられなくなるという人もいました。

どんなにぜいたくな暮らしをしていても、周りがみんな敵に見えてしまうような人生は、幸せとは思えません。

また、幸福度が高い人ほど、社会とのつながりを感じながら温かい人間関係を育んでいることが、研究結果でわかっています。

何億円も資産があるのに誰も心許せる人がいない孤独な人生と、年収400万円でも周りの人たちと支え合いながら生きる人生と、あなたならどちらを選ぶでしょうか。

最近はシェアハウスで暮らす若い世代が増えています。何かを分かち合い、共有することは利他的で、他者への感謝の気持ちも生まれます。人は多様な人とつながると、幸せを感じられるのです。

そういう意味でシェアハウスは、貧しくてもみんなで力を合わせて生きていた、江戸時代の長屋のような生活様式を再現できるシステムだと思います。「人のお世話にはなりません」という生き方は、幸福学の観点から見ると不幸な生き方なのです。

私の知り合いに、年収800万円ほどもらっていた一流企業を辞めて、宮崎のある町に移住した人がいます。

農業復興の仕事に携わって年収は3分の1ほどに減ったそうですが、周りの農家の方々が「これ食べな」と美味しい食べ物を持ってきてくれるので、お金を使う必要がないそうです。自然も豊かで、地域の人たちとの交流も楽しくて、東京にいた頃より100倍幸せだと言っていました。

以前、あるメディアに、年収1000万円でも不幸な人と、年収400万円でも幸せな人の違いについての調査結果が載っていたことがあります。そのときも、年収1000万円でまだ足りないと思う人は不幸で、年収400万円でも満足できる生き方ができていた人は幸せでした。

宮崎に移住した知人は、自然の豊かさと人との豊かなつながりがある生活によって、お金では得られない幸せを手に入れたのだと思います。

欧米ではなぜ寄付の文化が根付いたのか

一方で、お金は十分足りているけれども幸せではない、という人もいます。その場合は、お金を自分のためだけでなく、他人のために使うと幸福度が高まります。

ケチな人ほど、ストレスホルモンのコルチゾールが増えることが研究結果でわかっています。でも、そのずっと前から、欧米の富裕層は社会貢献や貧しい人たちのためにお金を使うことが当たり前になっています。それは寄付の文化が根付いているからなのですが、なぜそうなったかご存じでしょうか。

新約聖書には、「お金持ちが天国に行くのはラクダを針の穴に通すより難しい」と書いてあります。そのため信者は、お金持ちになると天国に行けないと思っていました。ところが、ピューリタン革命の頃にカトリック教徒(旧教徒)とプロテスタント(新教徒)に分かれてから、後者が聖書の解釈を変えたのです。

ビジネスが成功してお金持ちになっても、それは神に与えられた職務をまっとうした結果でしかない。だから、稼いだ分を社会に還元すれば天国に行けるのだと、考える人が増えたのです。その宗教的思想が西洋人に広がったので、お金持ちになると当たり前のように社会貢献活動の支援や寄付をはじめるのです。

日本人にそのような思想はありませんが、どんなに大変な時代も村社会で力を合わせて生きてきた歴史があります。

ところが、村がなくなり核家族化して、格差が広がり、自己責任論を押しつけられる今の社会を生きる人たちは、誰にも頼れないと思い込みがちです。するとお金しか信じられなくなるので、現金の預貯金が多い国になったのだと思います。そのような社会でも幸せになるためには、やはり程よい距離感でつながれる温かい人間関係を育むことが大事です。

先ほども例にあげたシェアハウスやSNS、オンラインサロンなどのコミュニティを通じて、新しい形の仲間づくりをはじめている若い世代も多いです。コロナ禍でテレワークが広がった影響もあり、Iターン、Uターンで地域とのつながりを取り戻す人たちも増えています。

幸せになりたいなら、まずは人を幸せにする

また、フリーランスとして自由に仕事する人のほうが、会社員より幸福度が高いというデータもあります。だからといって、いきなり脱サラして安定した生活を捨てるのはリスクが大きい、という人もいるでしょう。


その場合は、やりたいことで副業をはじめたり、ボランティアをして人に感謝されるようになったりすると、人とのつながりによって幸せを感じられるようになります。

幸せになりたいなら、まずは自分が人を幸せにする。愛されたいなら、自分から人を愛する。

そう意識して行動することで、多様な人たちとつながり、豊かな人間関係を育むことで、私たち人間はお金持ちになるよりも幸せを感じることができるのです。

働き方や生き方を見直したいと思う人は、ぜひこのことを覚えていてもらえると嬉しいです。

(構成:樺山美夏)