カビが生えた部分を削って食べるのは避けたほうがいい理由を解説します(写真:ecobkk/PIXTA)

食品を放置すると、知らないうちに生えてくるカビは、口に入れても問題ないのか。例えば餅については、「カビの部分を削って食べれば大丈夫」という意見が戦前から一般的だったが、「それでは安全といえない」とカビの専門家である浜田信夫氏は指摘します。食品のカビの危険性について、浜田氏が解説します。

※本稿は浜田氏の近著『カビの取扱説明書』を一部抜粋・再構成したものです。

前回:健康被害ないけど気になる「スマホのカビ」生態

カビの毒性に関する意識はなかなか変化しない

人々のカビへの対応に変化を感じるようになったのは、ここ20年くらいのことだろうか。「このカビはなにか健康被害を及ぼすカビですか」とよく聞かれるようになった。人体に健康被害を及ぼす代表は食品と住宅だが、食品と住宅では、カビによる健康被害がまったく異なる。

食品のカビによる被害は、食べてしまった時のカビ毒だ。一方、住宅のカビによる被害は、胞子を大量に吸い込んだ場合のアレルギー性の疾患と、体内でも生育するカビが起こす真菌症である。住宅に生えたカビは、人が舐めたりしない限り体内に入るわけではないから、カビ毒の有無は関係ないのである。

20年ほど前までは、年輩の主婦の方々は大半「餅のカビは食べても大丈夫」と思っていた。カビが生えた餅は酸っぱくなって味は落ちるが、毒性という点では大したことはないと考えられており、カビの部分を刃物で削って食べれば大丈夫との意見が、戦前から一般的だった。今日では、ミカンも餅も、カビの周辺を取り除くだけでは安全とは言えないと、研究者の間では考えられている。

一方で、後ほど詳述する戦後の黄変米事件や、カビ毒による七面鳥大量死事件以来、専門家の間では、食品におけるカビ毒の有害性が広く認識されるようになった。私もカビの毒性について質問されると、「カビの生えた食品は食べてはいけない」と言ってきた。

しかし、カビの毒性に関する市民の意識は、なかなか変化しなかったのである。食べてもおなかが痛くなるわけではないカビの慢性毒性を、市民に理解してもらうのは簡単ではなかった。それでも、冷凍保存などが普及し、カビの生えた食品が減少するとともに、市民のカビに対する見方は次第に厳しくなっていった。

21世紀になって、食品中のカビ毒が社会問題になった1つの事件があった。2008年に起きたコメの不正転売事件だ。

大阪市に本社を置く食品会社が、残留農薬やカビが生えたため事故米とされる米を、偽って食品メーカーや焼酎メーカーなどに卸しており、最終的には農水省の大臣が辞任するまでに至った。このとき米に含まれていたのがアフラトキシンというカビ毒だ。強い発がん性があるとされ、テレビなどでも大きく扱われて、社会問題となり、輸入穀物の買い控えを助長した。

その後も食の安全を脅かす事件が起き、消費者の眼差しは厳しさを増している。今日では食品の安全性はもちろん、安心して食べられる信頼性が求められている。そこで本記事では、カビの健康被害について紹介していきたい。カビの正しい対処法について知られていないと感じるからだ。

同じ菌類でもキノコの毒性の特徴は異なる

カビと同じ菌類をそのまま食べているのがキノコだ。もちろん、スーパーなどで売っているキノコには毒性はない。

カビもキノコも同じ仲間なのだが、食物として見ると、両者の毒性の特徴は大きく異なる。キノコは子実体(しじったい)(傘や柄)の部分だけを食べるから、子実体内の有害成分に気を付ければよい。

一方、カビの場合は、目に見える菌体だけでなく、その周りの見えない分泌物質が有害なことが多い。餅の場合であれば、カビのところだけでなく、その周辺の数センチも取り除かねばならない。

子実体に毒があるキノコを一般的に毒キノコといい、日本だけでも、200種余りが生息している。毒キノコの多くは食べた当日に嘔吐や下痢などの食中毒症状を起こす。とはいえ、キノコの毒素成分が明らかになったものは、必ずしも多くない。その理由の1つはキノコは培養が難しいからだ。

培養中のシャーレにキノコが生えてきたら、大喝采である。それゆえ、毒性を調べるには野生のキノコを集めるしかない。何リットルも、何十リットルもの量のキノコを集めて成分を分析する必要がある。また、地域によって成分の量が大きく異なることも多いので、毒素の解明が難しい。

激しい中毒症状をおこすキノコの代表は、タマゴテングタケである。毒素成分であるアマトキシンはアミノ酸からなる環状ペプチドだ。タンパク合成に関与する酵素の活性を阻害する作用がある。テングタケ中毒は、肝臓の機能を喪失させ、キノコ1本で人を死に至らしめる。

そのほかに、日本に中毒患者が多いニセクロハツがある。その毒素は強力な2-シクロプロペンカルボン酸である。日本では、7人の死亡例があり、食べてから数分で言語障害とけいれんに見舞われる。

近年は、真っ赤な炎の形をしたカエンタケという毒キノコが、夏から秋に公園などでも見つかる。このキノコは触っただけでもかぶれる。食した場合も、嘔吐や下痢などの症状を呈して腎機能に障害が起きる。

カビ毒はすぐに症状が表れない

一方、カビの毒性の多くは、キノコと違って、すぐに症状が表れない慢性毒性である。以下に詳しく述べたい。

カビ毒を生産することがわかっているカビは、私たちの身近にいる腐生菌(ふせいきん)である。穀物や果物などの食物から、カビ毒は腐敗に伴って発見される。リンゴでもミカンでも、よく生えるカビは大体決まっている。穀物では、収穫前と収穫後で生えるカビの種類が違っている。そういった食物で見つかるカビについては毒性が調べられている。

一方、食物に滅多に生えないカビは、毒性が調べられることはほとんどないと言ってよい。

今日知られているカビ毒は300種類余りである。その中でも毒性の強弱の差は大きい。多くのカビ毒による健康被害は、肝障害や発がん性などの慢性疾患である。カビの生えた穀類やその加工品を長期間食べ続けた場合に起きる。慢性毒性は症状がわかりにくく、科学的に原因成分を特定するのが一般に難しい。さらに、カビ毒は加熱しても分解しない成分が多いことが、その対策を困難にしている。

一方、1種類のカビが1種類だけの毒素成分を生産することはまずない。化学構造のよく似た一群の化合物を生産し、それぞれが毒性を発現する。一方、同じ属でも、各種のカビが作る化学物質は多様である。ゆえに、各属の中でカビ毒を作るカビの種類は決して多くない。例えば、アオカビ属の種数は300種余りだが、毒性の知られているのは30種余りである。

カビの中でカビ毒が知られているのは、コウジカビ、アオカビ、アカカビ(フザリウム)の3属にほぼ限られている。これらの属のいくつかの種で毒性が知られている。

ただ、アオカビ属とアカカビ属は種の同定が難しいことが多く、この2属のカビについては簡単に安全宣言をできない。これらのカビは日常的に食べる穀類や果物などによく生える。多くのカビ毒が慢性毒性なので、1度食べただけで健康被害が出るとは考えにくい。それでも、毒性が疑われるカビに汚染された食品は、カビ毒についての化学的検査が必要である。

急性ではないからと言ってあなどらないでほしい。カビがはえているのを見つけたら、口に入れるべきではないのはもちろんだ。

ミカンのカビ毒は「食べ続けた場合」に発症

季節は終わってしまったが、ミカンのカビはなじみ深い。ミカンに生えるカビはどのような健康被害をもたらすのだろうか。ミカンに生えるカビといえば周辺が白く中心部が緑色のアオカビである。腐敗が進むと、きれいなブルーの別のアオカビが生えてくる。このカビは、人への健康影響は不明だが、ラットに健康被害を与えることが報告されている。

ミカンも、カビの部分だけを取り除いても安全とはいえない。ただし、誤ってカビの生えたミカンを食べることはあるし、私もそんな経験がある。しかし、心配することはない。他の食品でも同様だが、カビ毒による疾患は、カビの生えた食品を食べ続けた場合に発症するのだ。

日本での食品のカビ被害として、終戦後に起きた「黄変米事件」が有名である。アオカビは青色や緑色の胞子を作るとともに、しばしば黄色や赤色の色素を作り出す。色素によって黄色に変色した米が黄変米である。

当時は食糧難で、タイやビルマ(現ミャンマー)などから米が大量に輸入され、その中に黄色の米がしばしば見つかった。そして、それらのアオカビがさまざまなカビ毒を作ることがわかったのである。摂取し続けると肝臓障害を起こすルテオスカイリンや腎臓障害を起こすシトリニンといった成分が含まれていた。

それ以外の代表的なカビ毒は、赤い色素を分泌する特性のあるアカカビが作り出すトリコテセン系の成分である。19世紀末から、シベリアなどでアカカビに汚染された麦で作ったパンを食べたことでしばしば中毒を起こした。頭痛、嘔吐、めまいなどの急性中毒症状と、造血障害や免疫疾患などの慢性中毒症状が知られている。

第2次大戦中のロシアでも飢饉に近い状態に陥り、秋に収穫できずに畑に放置した麦を、雪の下から集めて食料にしようとした。しかし、それらの穀物がアカカビに感染していた。地域によっては、10%以上の人々がその中毒症状に悩まされた。

日本では2000年以降、2つのカビ毒の化学的検査が新たに義務付けられた。デオキシニバレノール(DON)とパツリンについてである。DONは小麦などでよく見られ、先ほど述べたアカカビが作るカビ毒の1つである。暫定基準値が決められて汚染対策がされるようになった。

一方のパツリンは、リンゴの腐敗菌の1つであるPエクスパンサムというアオカビが、リンゴの傷んだ部分に生えて作りだす化学物質だ。パツリンはリンゴやリンゴジュースから主に検出される。生食用にならない傷物のリンゴをジュースなどの加工用の原料にすることがあるために、カビ毒が含まれるのだろう。

新たに規制が検討されているオクラトキシン

今日、新たに規制が検討されているカビ毒に、オクラトキシンがある。コウジカビ属のアスペルギルス(A)オクラセウスなどが生産するカビ毒で、腎臓がんなどの原因になる。


オクラトキシンに汚染されている食品は幅広く、大麦、小麦、トウモロコシなどの穀類や、豆類やコーヒー豆、さらには肉、乳製品などが知られている。

また、オクラトキシンはイタリアやフランスのブドウ果汁からも、さらに多くのワインからも検出されている。ヨーロッパでは現在、多くの汚染調査が行われている。

日本でも同様に、少量ながら、さまざまな食品にオクラトキシンが含まれている可能性がある。そのため、検査が義務づけられるようになると、これまでとは別次元の大規模な検査体制が必要になる。

食品業界だけでなく、食品の検査・分析機関もその動向を注目している。