レクサスの「LS500h」(左)と燃料電池車の「MIRAI」(右)に新たな機能が搭載されるようになった(写真:トヨタ自動車

「ソフトウェア・ファースト」――。トヨタ自動車が新たな自動車の販売に向けた一歩を踏み出した。

トヨタは4月から、高級車のレクサスの旗艦車種である「LS500h」と燃料電池車「MIRAI」に初めて「アドバンスドドライブ」と呼ばれる高度運転支援技術を搭載して売り出した。自動車専用道路において、ドライバーの監視下で、実際の交通状況に応じて車載システムが加速、ハンドル、ブレーキの複数の操作を行い、車線変更や分岐、追い越しも可能になる。

車には、周辺環境を認識する3種類のカメラやミリ波レーダーに加えて「LiDAR」(ライダー)を初めて装備した。このセンサーではレーザー光を使って周辺の車両の大きさと位置、速度を測る。目の開閉状態などからドライバーの状態を検知するドライバーモニターカメラなど、複数のセンサーからの膨大な情報を高速処理するコンピューターも搭載している。

ソフト更新機能を初めて搭載

アドバンスドドライブ導入における最大のポイントは、「OTA(Over The Air=無線経由)」と呼ばれるソフトウェアアップデートの機能を2つの量産車(LS500h、MIRAI)で初めて搭載したことだ。


OTAにより車両にソフトウェア更新のお知らせが表示される(画像:トヨタ自動車

これはスマートフォンが通信を使って基本ソフト(OS)をアップデートするのと似た仕組みで、自動運転ソフトの性能を高めるほか、高精度地図のソフトを最新のものにしていく。ジェームス・カフナーCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)は「OTAで開発サイクルがより効率化されるだけでなく、最先端の技術をより早く顧客にもたらすことができる。ソフトウェア・ファーストを新しい価値として提供する最初の一歩だ」と強調した。

OTAによるソフトの更新は、自動車産業のビジネスモデルを大きく変える可能性を秘めている。従来、自動車メーカーは完成車を製造し販売することで収益を挙げてきたが、ソフトの更新で課金ができれば、完成車の販売後も利益を得られるからだ。

自動車に搭載したソフトで収益を得るというビジネスモデルで先行しているのが、アメリカのEV専業メーカーのテスラだ。

テスラは「FSD(フル・セルフ・ドライビング)」と呼ばれる自動運転機能のオプションを1万ドル(約109万円)で提供している。前車との距離を保ったり、一定の速度を保ったりする機能や車線の中央を維持して走行する機能は標準装備されている。車線変更や分岐、追い越しといったより高度な機能を利用するにはFSDが必要になる。

展開車種の中で最も価格が安い「モデル3」は米国では約3万5000ドル(約380万円)からで、FSDをつけると車両価格の3割近いオプション料金を払うことになる。高額なオプションにもかかわらず、「テスラ車ユーザー全体に占めるFSDの契約率は30%程度」(関係者)といわれる。

テスラは若年層を中心に、新サービスに感度が高く、最新技術にお金を払うことをいとわない顧客層を取り込めている」(アーサー・ディ・リトル・ジャパンの粟生真行マネジャー)。加えて、「FSDの粗利率は80%程度と車両のみが1台売れるよりも利益が出るだけに、このビジネスモデルは秀逸だ」(ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表兼アナリスト)。

トヨタがテスラに学べる点がある

テスラは次なる手も打つ。イーロン・マスクCEOは先月、「5月にFSDのサブスクリプション(定額課金)が利用可能になるのは確実だ」とツイート。これまで1万ドルというオプション価格がネックでFSDの契約をためらっていたユーザーが「お試し」で契約する可能性も高い。


マスク氏は「翌月(5月)にFSDのサブスクが利用可能になるのは確実だ」とツイートしている。傍線は編集部

テスラは将来的に完全自動運転を狙っており、自動運転技術の進化次第で契約者が増える可能性もある。FSDの課金額はまだ公表されていないが、海外のアナリストは月額150〜200ドルと予想している。

こうした展開に強い関心を示しているのがほかならぬトヨタだ。豊田章男社長は2020年11月の中間決算会見でテスラをどう見ているのかと問われ、「(テスラは)EVで利益を出す。また、ソフトウェアのアップデートでも収益を上げている」としたうえで、「われわれにとっても学べる点が多々ある」と述べた。

豊田社長は昨年3月、NTTと資本業務提携をした際に「ソフトウェア・ファースト」を初めて宣言した。具体的には、従来のハード(車)とソフトを一体で開発する方法から、ソフト開発を先行させ、その後で適切なハードを選択するやり方に変えていく。それを体現するのが、今回のOTAの装備だ。

トヨタのソフトウェア・ファーストの展開で中核になる子会社(ウーブン・プラネット・ホールディングス)でCTO(最高技術責任者)を務める鯉渕健氏は、「自動運転やコネクテッドの技術は2〜4年でどんどん変わっていく。OTAとソフトウェア技術がセットになれば、常に最新の状態に保てる。新しい商品コンセプトを実現するうえでOTAは大変重要な技術だ」と話す。

実はOTAの詳細は「未定」

LS500hの最上級グレードの場合、アドバンスドドライブ設定車の価格は税込み1794万円と、非設定の同グレード車よりも66万円高い。MIRAIの最上級グレードの搭載車の価格は860万円で、非搭載車との価格差は55万円。トヨタの前田昌彦CTOは「55万円を高いと感じるか安いと感じるかはお客様次第。今後もサプライヤーと協力しながら、『良品廉価』で提供できるように開発を続けていきたい」と話す。

新たな一歩を踏み出したが、手探りの部分も多い。トヨタは現時点でOTAを通じたソフト更新の頻度や課金の有無については未定としているからだ。レクサス「LS」の武藤康史チーフエンジニアは「車のソフトウェアアップデートにどれだけ価値を認めてもらえるか、どれだけお金を払ってもらえるかは、スタディをしてはいるが実は不透明だ」と話す。

前出のアーサー・ディ・リトル・ジャパンの粟生マネジャーも「ソフトのアップデートごとにお金を払うというのは、顧客にそういった習慣がないため、当面は難しいだろう」とみる。そのうえで、「(自動車を販売した後の)ソフト更新の費用を回収するならば、新車価格にあらかじめその費用を乗せるか、(月額の料金を支払う)サブスクが現実的ではないか」と話す。

トヨタの武藤チーフエンジニアは、「OTAは将来的に仕組み上どの車でもできるようになる」という。ただ、レクサスのような高級車では付加価値としてOTAのメリットを訴求できても、廉価がポイントとなる軽自動車ではそのニーズが低いかもしれない。今後は、アドバンスドドライブ搭載車のユーザーから意見を聞き、OTAを用いたビジネスのより具体的な仕組みを検討していく。


OTAを備えたレクサスの「LS500h」。この販売を通じて得られる顧客の声は今後のサービス展開を考えるうえで重要になる(写真:トヨタ自動車

車を買い替えることなく、ソフトの更新だけでより高度な自動運転技術を使えるようになるのは消費者にも魅力的だろう。アドバンスドドライブ搭載車は、車外の画像データを含めた走行データを記録してトヨタのサーバーに送信する機能も持つ。「(レーンチェンジの仕方など)顧客がどのように使っているのかフィードバックをもらいながら、システムの機能向上・改善を図っていく」(カフナーCDO)という。

スマホでは一般的になったソフト更新を、自動車の世界でどれだけ新たなメリットとしてユーザーに認知してもらえるのか。今回のLS500hとMIRAIから得られるデータを生かし、スピーディーに次の新たなサービスを展開していく必要がありそうだ。