東京オリンピック・パラリンピックの開催について、小池百合子都知事が明言を避けている。このため「開催中止を言い出すのではないか」との臆測も飛び交っている。東京都議会議員の川松真一朗氏は「小池都知事は自身のパフォーマンスを脇に置き、都民・国民と全力で向き合うべきだ」という――。
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2021年5月7日、東京で行われた世界陸上競技連盟のセバスチャン・コー会長との会談で発言する小池百合子東京都知事。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■進むも後退するも「いばらの道」

東京都は5月6日にモニタリング会議を開き、11日が期限となっていた緊急事態宣言について月末まで延長することを国に要請しました。都議会自民党ではその判断を受けて、小池百合子都知事に緊急要望を行ったものの、都知事の目に力はなく、心ここにあらずの状態でした。この延長が想定外だったのか、それとも何か全く異なる事を考えているのかと邪推してしまう程でした。

ここのところ、一部のメディアが「小池都知事がオリンピックを返上し、都議選に向かう」と報じています。無責任な報道と受け止めていますが、この1年の小池都知事のオリンピックに関わる言動を見ていると、正直なところ、中途半端な姿勢が気になっています。

例えば都議会本会議場で「大会への決意」を求められても、明確な発言はありません。かと言って、中止にも言及しない、開催都市の長として、どこか無責任であると私はずっと感じてきました。唯一、気合が入っていると感じたのは、今年2月に森喜朗前会長の発言が話題を集めていた頃です。常に世論の風を読んで判断する小池都知事らしいとも言えるかもしれません。

それは、後段に記述する各種アンケート回答にもにじみ出ています。私は、この都知事としての曖昧な態度が、さまざまな臆測を呼び、開催派と中止派が激しくやり合う一因となっていると思います。競泳の池江璃花子選手がSNSでの発言を強いられるなど、次から次へと不必要な展開が生まれています。

私自身は大会を招致し準備を進めていくべきという立場でありますが、全ては東京、日本の未来に禍根を残さないために、どんな形であれ説明責任を果たしていきたいと考えております。

■準備を進めるとは回答するが…

例えば、毎日新聞が47都道府県知事に行ったアンケートでは、小池都知事は「コロナ感染症の拡大を抑えるため、関係者と一丸となって全力で対策に取り組んでいる。安全安心な大会の実現に向け準備を進める」と答え、準備を進めるとは回答するが「絶対やる」とも「やらない」とも答えない姿勢でした。

《参照:2021年5月4日毎日新聞朝刊「東京五輪・パラ、9県『感染次第で中止・延期』『必ず開催』ゼロ 毎日新聞全国知事調査」》

また、4月29日配信の朝日新聞デジタル「『五輪見届けたいが…』都庁職員からも中止求める声」では、オリンピック開催に懐疑的な職員の声が取り上げられています。

一方、小池都知事は、これまでバッハ会長との信頼関係をアピールし、4月28日の五者協議ではオリンピック開催を前提とした「東京レガシーハーフマラソン」を2022年秋に開催する事を発表しています。つまり、大会を開催したいと考えているが、世論が反対多数のために言い切れない状況なのだと見ています。

そんな中、ネットなどでは「大会中止になった場合でも違約金はない」として、五輪中止を呼びかける主張が目立ってきました。そうした主張には、開催派も中止派も事実誤認が多いので詳しく説明させてください。

■既に1兆円以上はオリンピックに“投資“している

確かに開催都市契約に「違約金」という言葉は明記されていません。

大会中止となった場合の財政負担については、開催都市契約(66条後段)にこう書かれています。

「理由の如何を問わずIOCによる本大会の中止またはIOCによる本契約の解除が生じた場合、開催都市、NOC(筆者注:JOC日本オリンピック委員会)およびOCOG(同:大会組織委員会)は、ここにいかなる形態の補償、損害賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄し、また、ここに、当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断からIOC被賠償者を補償し、無害に保つものとする。OCOGが契約を締結している全ての相手方に本条の内容を通知するのはOCOGの責任である」

その上で、立候補ファイルには「万が一、組織委員会が資金不足に陥った場合は(中略)東京都が補填することを保証する」「東京都が補填しきれなかった場合には、最終的に、日本国政府が国内の関係法令に従い、補填する」となっています。

これらを踏まえると、五輪が中止になった場合、日本側が責任を負う可能性はゼロではありません。

具体的にはどのような負担が予想されるか。大会全体の予算案には約1兆6000億円の「支出」が記されています。このうち、既に支出済みの金額がどれくらいあるかが重要です。

例えば競技場などのハード整備は既に完成しています。具体的には、新国立競技場や有明アリーナなど新規恒久施設費用3460億円、既に整備を進めている仮設などが約4000億円、エネルギー・テクノロジー分野の会場整備が約2000億円です。

また、ソフト面でもセキュリティーなど、総額で6100億円の予算があります。仮に半額の約2000〜3000億円使っているとすれば、ハード整備と合わせて事実上1兆円以上は、既に支出のあてが決まっていると考えられます。

写真=iStock.com/voyata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

■違約金はなくても多大な損失が発生する

一方で、五輪が開催された場合には「収入」があります。

放映権を原資とするIOC負担金が850億円、海外客などを含むチケット収入が900億円。さらにスポンサー料が、IOCとの直接契約560億円、日本側と契約した3500億円があります。中止の場合、この約5800億円が大幅減となる恐れがあります。

■1兆円を埋没費用とするか、未来に向けた機会費用とするか

こういった背景を踏まえながら、未来の東京、日本に禍根を残さない政治判断をしなくてはなりません。小池都知事は、一日も早くこの説明責任を果たし、都民、国民の皆様の納得と共感を頂くためのリスクコミュニケーションを図るべきです。

私は森前会長の問題発言について、プレジデントオンラインで「『森会長は即刻辞めるべき』という人たちは森会長の役割を誤解している」という記事を発表しました。私があの記事を通じて、最も伝えたかったことは、森前会長の影に隠れて責任を果たさない方々がオリンピックのオペレーションをやっても、この先、いっそう大変になるだろうという懸念でした。

このタイミングで、1兆円を超える「損切りの可能性」と、開催の如何を問わず東京のさらなる未来展望を描かなければいけない。小池都知事の責任は非常に重いと言わざるを得ません。この事実について、議会だけでなく、いまこそ都庁記者クラブをはじめとするジャーナリストの皆さんも、正面から小池都知事に考えを問い質してもらいたいと強く考えています。

私は、東京・日本の未来に向けた座標軸を意識して、必要事項すべてをテーブルに乗せ、真摯(しんし)な議論を行い、多くの方が納得される判断ができるよう汗をかいていきます。

■世論におもねる「マーケティング政治」は通用しない

右手に人命、左手に1兆数千億円。頭にご自身の立場。小池都知事におかれては、まずはご自身のパフォーマンスは忘れ、都民、国民と全力で向き合って頂きたいと思うのは私だけではないはずです。

コロナ禍で開催都市の環境は大きく変わりました。開催可否の権限はIOCにあるのは大原則ですが、都民・国民の皆様に説明責任を果たすのは開催都市の長としての責務です。小池知事の愛読書とされる『失敗の本質』にヒントがあるのではないでしょうか。

コロナ流行当初はフリップやフレーズなどで「やっている感」を出し、何となく逃げ切ってきましたが、もうみんな学んでいます。これから必要な事は十分なリスクコミュニケーションです。五輪開催を巡って世論が二分されたままでは、日本は壊滅へと突き進むことになります。

未来に希望と光を呼び込む政治が必要です。政治とは決める事です。為政者とは決める人です。これまでのような世論の風に反応するマーケティング政治は通用しません。まずは小池都知事の考えを明確にすべきです。その上で、何が実現可能で不可能なのかの検証、議論に移るべきだと考えます。

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川松 真一朗(かわまつ・しんいちろう)
東京都議会議員
1980年、東京都生まれ。日本大学法学部法律学科卒業。テレビ朝日アナウンサーを経て、2013年、東京都議会議員に初当選し、現職2期目。自民党東京都連青年部長。都議会自民党総務会長代行、都議会オリンピック対策特別委員、都議会公営企業委員。
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東京都議会議員 川松 真一朗)