チャイナエアラインのボーイング747-400型機。退役を前に、富士山を上空から眺める「お別れフライト」を実施した(写真:チャイナエアライン)

コロナ禍による厳しい出入国の制限により、日本だけでなく世界各国で海外への旅行が難しい状況が続いている。そんな中、台湾航空会社・チャイナエアラインは3月下旬、空から富士山を眺める遊覧飛行を実現した。

この遊覧飛行は、チャイナエアラインが保有する「ジャンボ機」、ボーイング747旅客型が今年中にもリタイアすることを記念し、「お別れフライト」として実施されたものだ。

「他国への渡航が難しいなら、外国の風景を空から眺めよう」という果敢な取り組みを現実のものとするため、関係者はこれまでにない計画の策定に追われたという。実現までの道のりを追った。

ジャンボ機の退役を記念

今回のイベントで使われたボーイング747-400型機は1989年に登場。「ダッシュ400」と呼ばれた同型機は日本を含め、世界各国で30年以上にわたって活躍してきた。チャイナエアラインは現在、同型機を4機保有しているが、これらの機体を今年中に順次退役させると決定。そこで、ファン向けのイベントとして何らかの記念飛行を実施したいという思いが同社内で持ち上がった。


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しかし、コロナ禍のさなか、他国を目的地に飛んでいくプランは現実的でない。そんな中、考案されたのは「他国を上空から観光」するというプランだった。

747型機は1970年代の初登場以来、日本では「ジャンボジェット」と呼ばれ親しまれてきた。一方、海外では航空ファンを中心に「クイーン・オブ・ザ・スカイ(空の女王)」という尊敬を込めたニックネームで呼ばれてきた。

1975年に747型機を導入したチャイナエアラインは、今回のお別れフライト実施に当たり、中国語で「后翼起飛」というタイトルを付けて告知を図った。日本語に訳すと「後ろの翼で離陸」となりそうだが、正解は「王后の翼で旅立とう」。747型のニックネーム「空の女王」を「后」という漢字1字で取り込む秀逸なタイトルだ。

記念飛行の実行に当たって浮上した課題は「無寄港フライトの行き先」だったという。同型機は就航当時、世界最長の旅客定期便(台北―ニューヨーク直行便)として飛んでいたこともあり、それなりの時間を飛行したい。近隣国に行くルートの中からいくつかの候補が検討されたというが、最終的に選ばれたのは「富士山付近まで飛んで帰ってくる」ルートだった。

富士山の神体は、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)という女神だ。ふじのくに静岡県台湾事務所の宮崎悌三所長は、富士山上空がフライトの目的地となったことについて「空の女王の記念フライトですから、山の女神である富士山に向かう格好にしたわけです」と語る。

同県の現地事務所は2013年に開設。自治体の在外機関は数年で責任者が交代することが多いが、宮崎氏は初代所長として就任以来、今年度で9年目という。「我々の事務所がチャイナエアラインさんのオフィスからごく近いところにあるんです。私たちが同社へ頻繁に通う中で、一緒にプロジェクトをやろう、と誘われた時はとても嬉しかった」。宮崎氏はこう述懐する。

350席が5分で完売

コロナ禍で航空機による旅行需要が激減する中、各国で行われる「どこへも着陸しない遊覧フライト」はどれも発売とともに即完売となり、世界的にヒット商品となっている。今回のお別れフライトも、用意した350席分がわずか5分で売り切れた。

当初は旧正月(今年は2月12日)の直前となる2月6日に実施する予定だったが、直前でチャイナエアラインのハブ(運航拠点)である台湾桃園国際空港の近くで新型コロナのクラスターが発生。やむなく3月20日へと延期された。


チャイナエアラインのボーイング747-400型機。左から同社60周年記念塗装、通常塗装、スカイチーム塗装(写真:チャイナエアライン)

747型機をはじめ大型旅客機を保有する航空会社の多くは「数年以内にコロナ前の水準に需要が回復するのは無理」との見通しから、大型機を次々と退役させる判断を下した。コロナ禍のあおりで世界中の航空需要が激減する中、こうした判断はやむをえない。

しかし、長年にわたって世界の空に君臨した747型機が、コロナ禍を理由にさしたるお別れセレモニーもないまま姿を消したのは悲しいことだ。

そんな状況下にあって、チャイナエアラインはお別れフライトの実行に漕ぎ着けた。台湾はよく知られているように、コロナ対策では最も優れた成果をあげており、今回のイベントでもソーシャルディスタンスを意識することなく「ほぼ空席なし」で実施できている。

さて、お別れフライトの当日。台北出発は午前11時半、帰着は午後5時前の予定だ。だが、チェックイン手続きは747型機にちなんで午前7時47分から開始した。航空需要がほぼ蒸発する中、空港の国際線ロビーはどこも閑散としているが、お別れフライトのカウンター周りには連休の混雑を思わせる賑わいとなった。

出発ゲート周辺はお祭りムード

出発時間より大幅に早い時間から手続きが行われたのには理由がある。同便の出発ゲート近くの待ち合いスペースを使って、さまざまな記念イベントが行われたためだ。

同便のパイロットとキャビンアテンダント全員並んでのフォトセッションに始まり、ジャンボ機導入以降に使われた歴代のユニフォームをまとったキャビンアテンダントによるショーを実施。乗客が機体と共に写り込むSNS用写真の撮影スポットが設けられたり、乗客による記念の書き込みができる横断幕が広げられたりと、出発までの時間はまさにお祭りムード一色となった。

今回、メディア向けには「写真や動画は提供素材を使うように」との要請があった一方で、乗客はあらゆる写真、動画が撮り放題。中にはプロ級の機材を持ち込んで、出発前からさまざまな角度で「一生に一度」のイベントを撮り尽くそうとする猛者の姿も目についた。

お別れフライトに使われた機材は、同社が偶然にも保有していた「ボーイング社が最後に製造した旅客型」の747-400型機。あいにくの曇り空の中、定刻よりやや遅れてゲートを離れ、一路日本を目指して離陸した。

事前情報によると、「台北から成田や羽田を目指す航路で富士山付近を目指す」とのことだったが、実際にはそれよりも北寄りの、四国・紀伊半島上空を経て浜名湖方面へと向かう航路を取った。

「笠雲のかかる富士山」が

お別れフライトに搭乗した静岡県台北事務所の宮崎所長は、数日前から「フライト当日の天候は雨」と予報を恨めしそうに見ていたという。ところが幸いにも、「静岡県上空に差し掛かった頃から、雲が切れて陸地がチラチラと見えたんです」。安堵しつつ、「これなら富士山を乗客の皆さんに見ていただける」と改めて窓の外を見ると、「見えると縁起がよいとされる『笠雲がかかる富士山』が見えて驚いた」といい、運の強さを感じたという。


お別れフライトの機内から見た「笠雲のかかる富士山」(写真:チャイナエアライン)

チャイナエアラインによる当初の説明では、「富士山上空を飛ぶ」といった案内もあったが、この日は結局、伊豆半島を東に抜けて伊豆大島の北方で左回りに旋回するルートを取った。「左右どちらに座るお客様にも、笠雲がかかる珍しい富士山を見ていただけただろう」(宮崎所長)。

空から静岡県を眺めるという機会を生かし、同事務所はお別れフライトの搭乗客に対し、静岡県の観光プロモーションを積極的に実施した。同県産品を受け取った乗客のひとりは「ツアーの初めから終わりまで、次から次と静岡県ゆかりのギフトをいただけた」と感激していた。

台湾でも人気の「ちびまる子ちゃん」の作者、故さくらももこさんが静岡市出身だったことにちなみ、当日の乗客向けの配布品としてキャラクターグッズを特別に輸入し配布したほか、乗客が機内で書いた絵はがきを静岡県から改めて各自に郵送するというサービスを実施。「ちびまる子ちゃんのハガキを出したら、後で送ってくれるとは。これは嬉しいサービス!」というコメントもあった。

機内では、富士山周辺の上空に差し掛かった際、搭乗客全員で乾杯するというお別れフライトならではイベントもあった。宮崎所長は「プロポーズをするカップルも現れたんです。乗客一人ひとりの人生の一コマに静岡県富士山が寄り添うことができた」と満足感を示している。

チャイナエアライン側も静岡県上空に向かうことを意識し、上級クラスの乗客には機内で同県の名物の一つである「うな丼」を振る舞った。さらに搭乗者全員に帰着直前に配られた搭乗証のフォルダーには、静岡県事務所の文字とともに富士山をモチーフにしたデザインが描かれていた。

「コロナ禍が解決したら、改めて静岡県を訪れてほしい」という川勝平太同県知事のメッセージカードも渡されるなど、観光事業に携わる人々の思いがあふれたPRだったが、はたして台湾からのインバウンド復活はいつごろになるだろうか。

ほかの空港に寄港せず、飛び立った空港へ数時間後に戻ってくるという遊覧フライトは、ANAによる2階建て超大型機エアバスA380を使った企画が好評だ。

一方、今回チャイナエアラインとコラボした静岡県では、同県内に拠点を構えるフジドリームエアラインズ(FDA)がチャーター便として、静岡空港発着の富士山周遊フライトを2020年冬ダイヤの期間中実施していたという。こちらの企画では実際に富士山をぐるりと一周する。静岡県空港振興課の石ケ谷彰英課長は「コロナの影響で他県への移動が難しくなった修学旅行生による利用実績もある」と説明。航空会社からみれば苦肉の策だったものの、これまでに一定の成果が得られているようだ。

「コロナ明け」の訪日客回復に期待

台湾では4月に入り、太平洋に浮かぶ島・パラオへの旅行を解禁した。当初は団体旅行の形態で運営されるものの、旅行の前後での自主隔離は求められないというのが特徴だ。台湾政府は現在、シンガポールやハワイについても交渉中だという。


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海外旅行につながる企画を一つでも始めていかないと旅行業が再起動しない。安全な国同士で行き来ができるモデルケースが生まれるのは喜ばしいこと」(宮崎所長)。コロナ禍で国際間の動きが止まる中、こうした取り組みは評価できよう。

前代未聞の「外国の領土上空を飛ぶ遊覧飛行」の実現は、コロナ禍における新たな気づきだったといえようか。こうした機会を通じて改めて日本に関心を持った人々が、「コロナ明け」に再び戻ってくることを期待したい。