伝説の広告人ローリー・サザーランドは、レッドブルは「まずくて、高くて、量が少ない」からヒットしたと言います(写真:weible1980/iStock)

ロジカルに考えれば、安価な商品のほうが高価なものよりも売れ、多機能な商品のほうが、機能が少ないものよりも売れるのが当然だろう。

しかし、現実のビジネスの世界においては、これらの常識を否定するような成功事例にあふれている。私たちは、自分たちは日々合理的に物事を判断していると考えたがり、無意識に影響されているなどとは考えもしない。だが、人間の心理や行動はロジカルには進まない進化がもたらしたものであり、ロジカルな思考によっては理解できないことが多いのである。

今回、世界的な広告会社オグルヴィUKの副会長が、人々の心理に働きかけ、行動を変えるさまざまな「魔法」について書いた『欲望の錬金術』から、一部を抜粋・編集してお届けする。

商品開発の常識をくつがえす飲料

想像してみてほしい。あなたは国際的な大手飲料会社の役員室に座っているところだ。そして、ノンアルコールの冷飲料では世界で2番目に人気のあるコカ・コーラのライバルになるような新製品の開発を任されている。


あなたはどんなことを言うだろうか? 私だったら、それほど悪ふざけをしたい気分じゃない場合、まずはこう言うだろう。「コークよりもおいしくて、コークよりも安く、大いに得をしたと客に思わせるように、うんと大きなボトル入りのドリンクを製造すべきでしょう」。

しかし、まさかこんなことを言い出す社員がいるとは思えない。「いや、めちゃくちゃ高いドリンクを売り込みましょう。小さな缶入りで……そして、ひどくまずい味にするんです」。

だが、そのとおりのことをやった会社があったのだ。そんな飲料を製造したため、この会社はまさしくコカ・コーラに匹敵するほどになったソフトドリンクのブランドを立ち上げた。その飲料とはレッドブルだ。

私がレッドブルを「ひどくまずい味がする」と表現しても、主観的な意見ではないだろう。いや、これは大衆の代表的な意見なのだ。

レッドブルは発祥地のタイからまだ輸出もされないうちに、この飲料の味に対する世界中の消費者の反応を、ライセンシーが調査機関に調べてもらったという噂が広まった。炭酸飲料の特徴に関する調査が専門である調査機関は、これほど悪い反応を示された製品を初めて見たという。

新しい飲料を試したとき、消費者は好ましくない反応を控えめに表現するのが普通だ。「これは私の好みじゃないです」「ちょっと飽きる味ですね」「これは子どもに飲ませたほうがいいんじゃないですか」というように。

レッドブルの場合、怒りに近い評価をされた。「こんな小便みたいなもの、金をもらっても飲まないよ」といった評価もあった。

だが、この飲料が広く成功を収めていることを誰も否定できないだろう。なんといってもF1チームにあっさりと資金を出せる、年間60億本を売り上げる利益があるのだ。

レッドブルを成功させたプラシーボ効果

レッドブルほど成功した商業的なプラシーボ(偽薬)はない――潜在意識へのハッキング能力がとても優れているので、世界中の心理学者や行動主義経済学者によって繰り返し研究されており、その中にはヨーロッパで最高のビジネススクールの1つであるインシアードのピエール・シャンドンもいる。

この飲料から連想されるものがあまりにも強力なため、レッドブルというロゴがあるだけで行動が変わってしまうように思われる。

しかし、レッドブルを生み出したのは指令経済でもなければ、官僚的な大手の多国籍企業でもない――それはある1人の起業家によって生み出された。

レッドブルの信じがたいほどの成功に最も納得がいく説明をつけるなら、一種のプラシーボ効果があったことだ。

なんといっても、レッドブルは優れたプラシーボのさまざまな特徴を備えている。レッドブルは高額で奇妙な味がして、「摂取の制限」がある。

レッドブルが出たばかりのころ、その活性成分であるタウリンがもうすぐ法律で禁じられるだろうという噂が繰り返し語られたことがさらにプラスとなった。

値段や味に加えて、小さな缶入りという点がとくに効果的だった。新しいソフトドリンクなら、標準的なコークサイズの缶で売られるはずだと普通は思うだろう。

おそらくレッドブルの入った小さな缶が売られているのを見て、われわれは無意識にこう推測したのではないか。「あれは本当に強力な飲料に違いない。たっぷりと330ミリリットルも飲んだら頭がおかしくなるから、小さな缶で売るしかないのだろう」と。

2017年の『アトランティック』誌の記事で、ヴェロニク・グリーンウッドはこう述べた。カフェインとアルコールを含むカクテルと関連する危険な行為は、飲み物自体よりも、人がそれをどう認識するかによって引き起こされるのだろうと。

グリーンウッドは、カフェインがアルコールの影響を隠すからという懸念により、アメリカ・食品医薬品局(FDA)が2010年にそのようなカフェイン入りのアルコール飲料の販売を禁止したと説明した。

この理論は2013年の研究によって裏づけられたように見えた。その研究では、そういう飲料を摂取する人々が、カフェイン抜きのアルコールを摂取する人々の2倍、飲酒運転による交通事故や性的暴行を引き起こしやすいということが明らかになった。

グリーンウッドの説明によると、もっと最新の研究では、そういった効果が化学的なものというよりは心理的なものらしいとされているそうだ。

パリの男性を対象としたカクテル実験

インシアードとミシガン大学の研究者たちは154人の若いパリの男性に、エナジードリンクはアルコールの効果を強めると信じているかどうかを尋ねた。そして各自にウォッカとフルーツジュースとレッドブルでできた同じカクテルを飲んでもらったが、それらには「ウォッカカクテル」「フルーツジュースカクテル」「ウォッカレッドブルカクテル」という3種類のラベルが貼ってあった。

その後、すべての男性に3つの課題が与えられた。最初は金銭を賭けたゲームを行うが、そのゲームでは金を得るたびに風船を少しずつ膨らませる。風船が破裂したら、彼らは全額を失うことになるのだ。

次の課題は、何人かの女性の写真を見て、バーで彼女たちにアプローチしたら電話番号を教えてもらえるかどうかを考えるというものだった。

最後に、彼らは自分がどれほど酔っていると感じるか、どれくらい経ったら運転できると思うかを記入して、調査は完了した。

結果は明確な傾向を示した。誰もが完全に同じ飲み物を摂取したにもかかわらず、「ウォッカレッドブルカクテルのグループ」はほかの集団よりも酔っていると感じ、いっそうリスクを冒す気になっていて、女性を口説く場合にはより自信に満ちていた。

さらに、エナジードリンクとアルコールを混ぜたものを飲むとリスクを冒す気になり、抑制が減ると信じていた男性のほうに、影響がより強く表れていた。

これは行動の変化が飲料の配合によるものではなく、それが自分に与えると信じているものによることを暗示している。このグループがいっそうリスク回避をする気になった分野は車の運転に関するものだった――またしても、飲料の実際の影響に基づくのではなく、その飲料をどう認識するかに基づいた言動である。

贅沢品の大部分は「気分を変える」もの

ピエール・シャンドンによれば、「レッドブル、翼を授ける」のスローガンや、スポンサーになっている、危険をはらんだスポーツ競技を通じてのレッドブルのブランディングは、人々が製品を買うかどうかを決定するだけでなく、カクテルに入っているときにその名前にどう反応するか、その影響をどう解釈するかも決定づけるだろうということだ。

このことから製薬会社が学べる教訓はあるだろうか? たとえば、子どもにとって安全なキャップをつけた容器に薬剤を入れるだけでなく、ダイヤル錠付きの金属容器に薬を保管することを製薬会社は主張してもいいのではないか?

なんといっても、容器の中身がとくに有害だとか効き目のあるものでなくても、人間の心の中にいる猿はそれが有害だとか効き目があると推測するのだ――前頭前皮質がこの決定に少しも関係ないことを覚えておいてほしい。あるプラシーボが効果的かどうかを決めるのは、この猿だけなのだ。

人の気分を変える物質――アルコール、コーヒー、紅茶、タバコ、そして娯楽――を売ることで存在している5つの巨大な業界に、プラシーボ業界を加えるべきだろうか?

なにしろ、ここまで述べた方法で説明できるのは化粧品の購入だけではないのだ――大量消費主義の大部分が同様のことを達成するために設計されていると、私は強く主張したい。

事実、贅沢品の支出の大半はこのようにしか説明できない――人々がお互いに自分を印象づけることを求めているか、自分を自分に印象づけることを求めているかのどちらかなのだ。ほぼすべてのものが、気分を変える物質ではないだろうか?

(翻訳:金井真弓)