東京五輪パラリンピックに向けた5者会談に臨む大会組織委員会の橋本聖子会長(左)ら(写真:時事)

コロナ感染急拡大による東京などへの緊急事態宣言発令で、7月下旬開幕予定の東京五輪パラリンピックの開催に一段と不透明感が増している。

菅義偉首相は「開催はすでに決まっている」と繰り返し、コロナ対策の決め手とするワクチン接種のスピードアップに腐心しているが、「安心、安全より開催ありきの五輪ファーストの姿勢」(首相経験者)に、国民の不安と不信は募るばかりだ。

大型連休直前の4月28日夜に開かれた国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)と政府、東京都、大会組織委員会代表者による5者会談でも、開催時の観客制限についての結論を6月まで先送りした。コロナ感染状況を見極めるのが理由だが、「無観客を想定した先送り」(政府筋)との見方が広がる。

世論調査では中止・延期論が圧倒的に

コロナ禍が続く中での五輪開催については、すでに国内外の世論調査で中止・延期論が圧倒的多数となっている。にもかかわらず菅首相が開催に突き進むのは、「中止による退陣論を避けたい」(自民幹部)という政局的思惑が背景にあるとみられている。

しかし、国民を巻き込む「一大感染イベント」(有力海外メディア)となれば、菅首相の掲げた「国民のために働く内閣」とは真逆で、政権への強い逆風ともなりかねない。

東京など4都府県での緊急事態宣言は4月25日から5月11日までのわずか17日間だ。そうなったのは、「バッハIOC会長の5月17日からの来日を意識したもの」(閣僚経験者)との声が少なくない。菅首相は「短期集中の強い対策で感染拡大を防ぐ」と繰り返すが、「東京が緊急事態宣言中ではバッハ氏来日も中止になりかねない」(同)とみられている。

ただ、バッハ氏は東京への宣言発令決定時に「五輪開催とは関係ない」とコメント。菅首相も国会答弁などで「バッハ氏も関係ないといっており、五輪開催はすでに決まっている」と緊急事態宣言と五輪開催の関連性を強く否定した。

5者会談ではバッハ会長や小池百合子都知事らが、コロナ対策のための五輪会場の観客制限について話し合った。その結果、予定していた4月中の判断は見送り、6月にコロナの感染状況を見極め、国内スポーツイベントなどの上限規制に準じて判断することで合意した。

橋本聖子大会組織委会長は会談後の記者会見で、「無観客という覚悟は持っているが、状況が許せば多くの観客の皆さんに見ていただきたい希望もある」としながらも、「医療に支障を来すような状況になれば(無観客も)決断しないといけない」と語った。

波紋を呼んだ尾身会長の発言

政府は東京などへの三度目の宣言発令に合わせて、対象地域での大規模イベントは原則無観客での実施を求めている。このため、政府部内では「結局、五輪開催も無観客にせざるをえない」(厚生労働省幹部)との声が広がる。 

4月28日の衆院厚生労働委員会では、政府コロナ対策本部の尾身茂会長が、「(五輪開催の)関係者が感染のレベルなどを踏まえて議論をしっかりやるべき時期に来ている」と五輪開催の是非そのものを議論すべきだと発言して波紋を広げた。 

尾身氏はこれまで、「開催については答える立場にない」と繰り返してきた。しかし、28日には「(政府との意見交換が)個人的には二、三度あり、つい最近もあった」としたうえで、「世界では感染が非常に広がっており、(五輪)開催のリスクは当然ある。医療の逼迫状況も考えたうえで国民に知らせるのが組織委、関係者の責任ではないかと申し上げた」と明かした。

ただ、これまで国内の関係組織のトップが開催の可否について非公式にも本格協議した形跡はない。

大会組織委が五輪開催に合わせて約500人の看護師派遣を要請したことに対して、丸川珠代五輪担当相は27日、「まず今後(サポートが)必要になるのかどうかを、東京都に明らかにしていただきたい。具体的なことについての考えがまったく聞こえてきません」と不満を表明した。

これに対し小池氏は「すでに実務的には詰めている。安全・安心な大会にすべく、それぞれが力を出していくということだ」などと反論。都の関係者も「担当大臣として自覚に欠ける」と反発した。

小池、丸川両氏は「前回の都知事選以来、不仲が解消されていない」(自民幹部)とされるが、「本来、協力し合う立場のトップ同士のいさかいは、五輪中止論を加速させかねない」との批判が多く、政界には「五輪中止の布石では」(野党幹部)とのうがった見方すら広がる。

行き当たりばったりのワクチン接種

こうして五輪開催への懐疑論が一段と拡大する中、菅首相が打ち出したのがワクチン接種を加速させるための対策だ。菅首相は宣言発令を決断した23日夜の記者会見で、高齢者のワクチン接種について「7月末までに、2回の接種を終えられるように取り組む」と発言して関係者を慌てさせた。

菅首相は27日にも突然、岸信夫防衛相に大規模接種センターを都内に設置するよう指示した。具体的には千代田区にある大手町合同庁舎3号館にセンターを設営し、5月24日から約3カ月間運営する方針とされる。これに併せて、河野太郎ワクチン担当相は同センターでモデルナ社のワクチンを使用する考えを明らかにした。

政府はモデルナ社のワクチンを5月中旬にも承認し、すでに契約済みの5000万回分を、感染拡大が際立つ東京や大阪で集中的接種を実施する計画とみられる。同社製ワクチンの一部は30日午前、ベルギーからの航空便で関西空港に到着した。これにより、大規模センターでの接種などが実現可能となる。

菅首相は都内の医療機関への負担を避けるため、医師や看護師の資格を持つ自衛官を対応に当てるよう指示したとされ、東京での高齢者などへのワクチン接種は急加速する可能性が出てきた。ただ、菅首相は当初、6月中の高齢者接種終了を求めていたとされ、「突然の前のめりの指示は焦りの表れ」(自民長老)との指摘もある。

政府関係者によると、都内の同センターでの接種は東京、神奈川、埼玉、千葉の4都県の高齢者を主な対象にするとされる。これについて、立憲民主党の福山哲郎幹事長は27日、「唐突感がある。行き当たりばったりとの危惧を持たざるをえない」と指摘した。

最後の砦ともいえる自衛隊の投入は「元防衛相の河野氏の発案に菅首相が飛びついた」(政府筋)とされる。ただ、与党内には「頼りにならない厚労省や医師会への露骨な当てつけで、政治的な賭け」(閣僚経験者)とみる向きも少なくない。

菅首相がワクチン接種にこだわるのは、「五輪開催だけでなく、次期衆院選や自民総裁選をにらんだ再選戦略」(自民長老)とみられている。官邸サイドは「高齢者接種がスピードアップすれば国民に安心感が広がり、五輪開催への機運も盛り上がる」と期待する。

しかし、緊急事態宣言発令にもかかわらずコロナ感染拡大は収まる気配が見えない。大型連休初日の29日に東京都が発表した新規感染者数は約3カ月ぶりに1000人の大台を超えた。大阪も1000人台が続き、福岡など大都市でも過去最多が相次ぐ。

焦点は「誰が五輪中止を言い出すか」

大型連休中は、医療機関の休業などもあって検査数が減少するため、新規感染者数も減る可能性がある。ただ、感染者数が増加し続けて1000人台となった東京は「よほどのことがない限り、連休明けから再び感染拡大するのは確実」(感染症専門家)とみられている。

政府は連休明けの5月6日か7日に対策本部を開催して、11日が期限の緊急事態宣言の延長の可否を決めなければならない。その時点で東京などでの感染拡大が続いていれば「最低でも月末までの宣言延長や首都圏全体への発令を余儀なくされる」(閣僚経験者)のは避けられない。

菅首相は30日、ワクチン接種を加速するため、日本医師会や日本看護協会の代表と首相官邸で会談し、「最大の課題は接種体制の確保だ」として、全国的な協力を要請。併せて接種に対する財政的な支援の大幅な拡充なども約束した。

しかし、こうした菅首相の動きとは裏腹に、政界ではここにきて誰が五輪中止を言い出すかに注目が集まる。「菅ファーストにもみえる五輪強行開催に、堂々と異議を唱える実力者が出現すれば、一気にポスト菅政局の主役になる」(自民長老)という読みからだ。

もちろん、菅首相周辺は「そんな話をするのは政治家としても外野ばかり。まさにためにする話」と一笑に付す。ただ、ワクチン接種加速でもコロナ感染が収まらなければ、「与党内でも五輪中止論が主流となる」(自民長老)ことは否定できない。

菅首相は大型連休中も休日返上でコロナ対策に没頭する構えだが、政権の命運が懸かる「ワクチン一本足打法」の前途は険しさが増すばかりだ。