石破茂氏

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中国の「巡視船」を軽視してはならない 石破茂の異論正論(5)

 新型コロナ発生時には国家の危機に見舞われたかのように見えた中国は、いち早くその状況を脱し、先を見据えた手を打ってきている。中国という厄介な隣人とどう向き合えばいいのか。安全保障政策のプロフェッショナルでもある石破茂元自民党幹事長が現状と対策をじっくり語った。

 石破茂の異論正論、第5回のテーマは「中国」である。

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 まず現在の国際情勢を大きく見てみましょう。

 中国とはどういう国か。有史以来、大帝国として君臨し、まさしく世界の中心にいた国です。その状態は1842年にアヘン戦争で敗れるまで続きました。その後、欧米列強の侵略を許し、事もあろうに日本にまで侵略されることになってしまった。このような屈辱を晴らさずにいられるか――根底にあるこのような意識の強さは、日本人の想像をはるかに超えるものがあるのだと思います。

石破茂氏

 そういう思いを持った隣国が、あと20年でGDPでもアメリカを抜くのではないかというところにまで来ています。

 現在、アジア太平洋地域には、アメリカの影響力のある、シンガポール、インド、オーストラリア、日本といった国々と、ラオス、カンボジアなど、中国の影響力の大きい国々とが、事実上の二大勢力として分布しつつあります。

 つまり、少なくともアジア太平洋地域においては、米中のみの対立ではなく、ゆるやかなアメリカ陣営と中国陣営との対立になっていく可能性は否定できないと思います。

 両者のパワーバランスがどうなるのかは見通せません。地域の多くの国は、どちらにもつきたくない、というのが本音でしょう。アメリカと中国の今後の国力にも左右されるでしょうし、地域の国においても、もし突出して経済力をつけるような国が出てくれば、また状況は変化するでしょう。

 これが全体像です。

 中国の特徴の一つは、われわれのような民主主義国家と比べると意思決定が非常に早いという点です。

 そして、政権の持続性に自信をつけてきているとも思います。従来の常識から考えれば、政治体制は共産党一党独裁、経済体制は資本主義という世にも稀なる体制は、その正当性が見出しづらいことから、そう長くは続かない、と言われたものでした。私もこのような体制はサステイナブル(持続可能)なのだろうか、と疑問に思ったものですが、現実に彼らはこの不思議な体制を両立させてここまで来ています。

 それを支えているのは、人民解放軍が国軍ではなく共産党の軍であるということがまず要素として挙げられます。彼らは共産党体制維持のために、人民に銃を向けることを厭いません。

 また、徹底した言論統制も体制維持に貢献しています。

 ともすれば「中国は自壊する」といった論を唱える方がいて、そういう説は日本では一定の人気を得るわけですが、冷静に見て「自壊」などということは簡単に起こらないと見るべきです。

 もちろん自由や民主主義を求める人も国内にいないわけではありません。しかしそれが大きな波にはなっていないし、これから急になっていくとも思えません。むしろ、中国共産党の利害共同体に入った方が得だと考える人が、主流になっています。

 ひと昔前であれば、現体制で恵まれない、報われない人が多くなれば、自由や民主主義を求めて声を上げる、ということもあったでしょう。しかしデジタル技術の飛躍的な発展と普遍化によって、独裁政権でありながら、国民それぞれの幸せの追求や自己実現を許す、ということが可能になりつつあります。数多くのエリートや富裕層を海外に留学させていますが、彼らもまた中国の現在のやり方を肯定しているのです。むしろ、欧米のような国家運営は限界だ、中国の方が正しい。思想の自由、言論の自由がある程度制限されたって、経済的に豊かになれるならその方がいい。そう考える人が増えています。一種の新しい価値観が生まれつつあると言えるのではないでしょうか。

『米中戦争前夜』を著したグレアム・アリソン(ハーバード大学ケネディ行政大学院初代学長)は、台頭する新興国と覇権国との間には必ず争いが起きると述べています。過去75%の確率で戦争になった、と。

 わが国としては、米中間のそのリスクは増していると考えて、何が起こっても日本の国益を損なうことがないように準備をする必要があります。

 中国共産党は近年、「漢民族」ではなく「中華民族」という言い方をするようになっています。それはもちろん、中国に過去あまたあった帝国の最も大きな版図を「中華民族の夢」と定義するためでしょう。これを達成するために香港の本土化があり、次は台湾だ、という思考になるのはある意味自然なことで、この2月から施行された中国の国内法である海警法の改正もそのためのものと考えるべきです。

 この法律について「国際法の観点から見て違法な実力行使になるおそれがある」「力による現状変更は許されない」というのはその通りです。私もそう思いますし、このような批判を国際社会において繰り返ししておくのは重要なことです。

 しかし一方で、彼らはそんな批判を気にもしないし、大した痛痒も感じないでしょう。「今の国際法や慣習法は欧米が勝手に作ったものであり、中国が従う必要はない。むしろ中国が新しい秩序を作るべきだ」とすら思っているかもしれません。

 もちろん、国際世論によって中国を牽制することは大切です。しかし、それで彼らが国際世論を気にして考えを改めるかといえば、私はそうは思いません。

 台湾の統一は「死活的利益」。そして台湾の延長線上には、わが沖縄があります。これを前提として考える場合、尖閣諸島は重要な位置にあります。

 中国も、あえて大きな戦争をしたいとは考えていないでしょう。しかしそれは武力による台湾の統一を除外して考えていい、ということでは決してありません。米中が軍事的に衝突する場合の一番可能性の高いシナリオは、全面的な大戦争ではなく、局所的な武力衝突だろうと言われています。

 現在彼らがしきりに尖閣付近に出している船は「巡視船」だとされています。一見、白地にブルーのストライプが入った「巡視船」は軍艦には見えません。が、これが海警法によって人民解放軍の第二海軍のような存在になりました。

 見た目は「巡視船」でも相手の船を沈めるほどの攻撃力を持つ。そんな船を頻繁に尖閣諸島や台湾近海に出しているわけです。もともとこうした「巡視船」は国務院という行政府に所属していたのですが、海警法により実質的に人民解放軍の傘下に入りました。

 こうした中国海警の船に対しては、日本側は海上保安庁が対処することになっています。もちろん海上保安庁は可能な限りの対応を日々行っており、そのおかげで今のところわが国は大きな被害を受けるようなことにはなっていません。

 しかし、相手は実質的には海軍ですから、海上保安庁では対応しきれない状況になるかもしれません。その場合には、海上警備行動を発令して自衛隊が海保の任務を引き継ぐことになります。

「それでいいのだ。目には目を、だ」

 このように考える方もおられるでしょうし、もちろんその選択肢は日本として常に用意していますが、この際に気を付けなければならないのは、海上自衛隊が出た場合には、国際的には「軍艦」が出たということになる、ということです。「自衛隊は軍ではないので軍艦ではありません」といっても、それは国内法上の話で、国際法上は自衛隊は「軍」とみなされますし、護衛艦の見た目も軍艦そのものです。

 一方で、彼らのほうの見た目は「巡視船」のままです。

 両者が衝突した際、彼らはこう主張するでしょう。

「先に軍事力を行使したのは日本である」

 もちろんこれは我々からすれば悪質なPRです。

 ところが、こんな嘘であっても国際世論がどちらにつくか。この点は甘く見ないほうがいいでしょう。常に正論が通るのであれば、日本と周辺国との「歴史問題」はすでに問題とはなっていないでしょうから。

 残念ながら、「自由」「民主主義」など、私たちが普遍的価値として信じているものを同じように重んじている国は、世界の中でもそう多いわけではありません。

 また先ほども述べたように、中国はこの数十年、多くの優秀な国民を海外で勉強させ、また住まわせています。アメリカに一番留学生を出しているのは中国です。中華文明の深さ、そして近年の学習や浸透力を甘く見ると痛い目に遭います。科学技術、社会科学においても非常に高い水準になっている。この恐ろしさをきちんと認識しなくてはなりません。

 私は防衛庁長官、防衛大臣を務めていたときから、この尖閣諸島付近での中国公船への対処をどうするかという問題に正面から取り組むべきではないかと主張してきました。

 当時も私は、自衛隊を先に出すことのリスクについて説明してきましたし、そのような答弁も国会で何度もした記憶があります。もちろん自衛隊はあらゆる事態に備えるべきですが、出動させること自体が相手の目的であり、罠である可能性も十分にあるのです。国際社会に向けて非難するところまでがシナリオになっている可能性がある、ということです。

 では、「先に軍事力を行使したのは日本である」と非難させないためにはどうすべきか。

 まずは、海上保安庁に領域警備的な任務を与えるべきではないでしょうか。

 そしてなるべく海上保安庁で持ちこたえられるような装備を準備する。

 つまり海上保安庁法の改正と、装備の向上です。

 海上保安庁の行動の根拠が警察権の行使だからといって、強力な火器を装備できない、ということではありません。警察比例の原則といって、相手方の武装に合わせた程度のものであれば使ってもいいことになっています。ですから、海上保安庁の船舶の能力を、中国海警の船舶の能力と同程度にすればいいのです。

 自民党内ではようやくこういう議論が出てくるようになりました。

 海上保安庁を強化してもなお、その対処の限界を超えるような事態になれば、法で予定されている通り海上警備行動を自衛隊に発令し、自衛隊を出動させることになります。しかし海上保安庁の被害の大きさによっては、事態は急迫不正の武力侵害、すなわち防衛出動として認定すべきものとなりえます。

 私としてはさらに根源的な疑問があります。領土や領空とは違い、領海は絶対的な主権が及ぶという扱いになっているものではありません。基本的には沿岸国の権利を害しない範囲で、ただ通過することは、国際法上認められた権利です(これを「無害通航」といいます)。

 しかしながら、近年の中国公船によるわが領海における行動は、明らかに「無害でない通航」と言わざるを得ません。このような行動については、国際法上、退去を強制することも認められています。

 これを行う根拠は、むしろ警察権ではなく、自衛権なのではないでしょうか。

 私は、将来的には自衛隊法にも、領海におけるこのような行為に対し、退去を強制できる根拠条文を加えるべきだと思っています。

「日米安保条約でアメリカが尖閣を守ってくれるのではないか」と思う方もいることでしょう。日本の総理とアメリカの大統領が「尖閣は日米安保条約第5条の対象である」ことを確認した、というのは毎回ニュースとして大きく報じられます。

 その確認は大切ですし、日米が緊密に連携する姿勢を示すことも重要でしょう。

 しかしこれをもって「良かった。いざとなったらアメリカが守ってくれる」と思ってはいけません。

 私たちは、日米安全保障条約があることで、ともすれば本来あるべき「自分の国はまず自分で守る」という原則を忘れがちではないでしょうか。しかしこの原則が徹底されていない国が、他の国の支援で守ってもらえるはずがありません。

 同盟は、お互いの利益が合致するからこそ続けていけるものです。

 もし、中国人民解放軍が沖縄に侵攻してきた、というような状況であれば、アメリカは軍隊を出すことになるでしょう。これを放置すれば、アメリカ自身の国際的地位や国益が大きく損なわれることになるからです。

 しかし、尖閣諸島周辺で小さな武力衝突が起こった、というレベルでは米軍は動かないと考えるべきです。下手に先に手を出せば、非難されるのは米軍となりかねないからです。

 そもそも日米安全保障条約には、いわゆる「自動参戦(ヘアトリガー)条項」はありません。これはNATO条約にある、「必要と認める行動(兵力の使用を含む)を個別的に及び他の締約国と共同して、直ちに執る」という条文のことです。これに比して日米安保条約は「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するよう行動することを宣言する」となっています。すなわちアメリカの憲法に従って、大統領が軍を出動させるには議会の承認が必要であること、出動させたとしても、60日以内に議会が撤退を議決すればそうしなければならないこと、が留保されているのです。

 問題は、中国側の体制整備はどんどん進み、振る舞いもどんどん大胆になっているのに我が国のほうはそれに対応しきれていない点です。

 かつてのようなバランスはこの地域では崩れつつある。これが前提です。

 そんな中で注目すべきはイギリスの存在でしょう。

 改めてこの地域でのイギリスの軍事的な意味を考えるととても興味深い存在であることがわかります。

 イギリスは旧大英帝国の支配域であった地域と、いまもなお「コモンウェルス」というゆるやかなつながりを維持しており、アジア太平洋地域においてはこれに加えて1970年代から、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールとの5カ国で防衛取極をしています。

 そしてまた朝鮮戦争時の国連軍の一員、朝鮮国連軍地位協定の当事国でもあります。これは我が国も結んでいるもので、わが国の米軍基地の一部には同時に朝鮮国連軍の駐留も許されており、これに基づいてイギリス軍は今でも横須賀や佐世保、沖縄のホワイトビーチなどの基地を使用できます。

 現在のイギリスにとっての国益を考えてみれば、貿易額のうち12%をインド・太平洋地域との取引が占めており、またこの地域は今後、経済規模が拡大していく可能性が高い数少ない地域です。だからこそ彼らはTPP参加も視野に入れており、この地域での経済力を確保し、存在感を高めようと考えるようになったのではないでしょうか。

 もともとシンガポールに防衛拠点があり、日本の基地も使うことのできるイギリスが、この地域の主体的なプレイヤーとして再び名乗りを上げているわけです。わが国にとってもこのようなイギリスとの関係強化は、大きなメリットを生むでしょう。アメリカとの関係をさらに強固にすると同時に、オーストラリア、ニュージーランド、そしてイギリスといった国々と、安全保障を念頭に置いた関係を結び、中国が国際秩序を乱すような行動に出ないよう、抑止できる体制をつくらなくてはなりません。

 私は、将来的にはこのようなゆるやかな関係を、アジア版NATOといえるようなものに育てていくことも、決して単なる夢物語ではないと思っています。この地域にはすでに日米同盟、ANZUS同盟、米韓同盟、台湾関係法といった地域取極があり、これらは少しずつ単なる二国・三国同盟にとどまらず、地域の安定に資する公共財となりつつあります。そこにイギリスのような域外の国、あるいは域内の国の協力を少しずつ加えていくことは可能なはずです。

 安全保障に関する議論はコロナ禍においても極めて重要です。その点を私たち国会議員は忘れてはなりません。

2021年4月28日 掲載