「令和元年のテロリズム」より(撮影・山谷佑介)

写真拡大

「引きこもり」の定義から外れる被害者

 2019年6月、元農林水産事務次官の熊澤英昭被告が長男の英一郎さん(44=当時)をナイフで刺して殺害した事件。被害者は生前、Twitterを中心にネット上に大量の書き込みを行っており、そこには現実生活の上手くいかなさや自身の病歴、そして両親への怒りの言葉が綴られていた。令和元年に起こった象徴的な事件を追うノンフィクション『令和元年のテロリズム』(新潮社)を刊行したライターの磯部涼氏によるルポ。連載第5回。

 ***

【写真】凄惨な”子殺し”の現場となった家

 熊澤英一郎と岩崎隆一(註:英昭被告が息子を殺害する直前、川崎で20人を殺傷後に自殺)の姿を最初に重ね合わせたのは他でもない、英一郎の父=英昭である。そしてふたりが共に“引きこもり”だったと報道されたのも、隆一の伯父夫婦が行政に対して「家に“引きこもり傾向”……の親族がおり」と相談したように、英昭もまた警察に対して「長男は引きこもりがちで」と説明したことが根拠になっている。しかし英一郎と隆一の生活は定職に就かず親族の資産に頼っていたという点では共通していたが、それぞれの振る舞いに着目するとかなり異なっていたようにも思える。

「令和元年のテロリズム」より(撮影・山谷佑介)

 厚生労働省が平成22年に発表した「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」では、“引きこもり”を「様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念」と定義している。これに照らし合わせてみると、20年近く伯父夫婦宅の自室にこもり、近所のコンビニエンス・ストアなどに出掛ける以外は外出も他人との接触もほとんどなかった隆一はまさに“引きこもり”だったと言えるが、皮肉なことに犯行直前は凶器を購入したり現場を下見したりと準備を進める中で行動的になりつつあった。一方、殺害される1週間前まで、母親が所有する住宅とはいえそこでひとり暮らしをしていた英一郎は前述の定義から外れている。

ネット上に残された大量の“痕跡”

 更に英一郎はどちらかというと“交遊”が多いタイプであった。ただしインターネット上において。そしてそれはちょくちょくトラブルへと発展していった。彼が晩年を費やした「ドラゴンクエストX」もインターネットを介したコミュニケーションを重要な要素とするいわゆるオンラインゲームで、詳細は後述するが英一郎は同作品を巡ってネット上で炎上――とまではいかないが多くの小火(ぼや)騒ぎを起こしており、その燃殻は今でもさまざまなところで確認することができる。隆一がパソコンも携帯電話も持たず、ネット上で存在の痕跡を全く見つけられないのに対して、英一郎の場合は全てを把握することが困難であるほど大量の情報を残したのだ。

 例えば英一郎が平成23年7月に登録したTwitterのアカウントはその宝庫だ。彼の投稿の総数は約3万7千(*8)。死後、その量がさも異常かのような報道があり、同サービスのヘヴィ・ユーザーらが「8年間で3万7千=1日に10ツイートほどでは“ツイ廃”(ツイッター廃人=Twitterに依存したひとのこと)とは言えない」と自嘲混じりに反論した。ただし今回、彼のTwitterアカウントのログ全てに目を通したところ、平成30年以降に投稿の数が急増しており、1年半という期間における量としては、それはやはりなかなかの“ツイ廃”ぶりだったと言えるだろう。また、その内容にも彼が抱えていた問題がさまざまな形で表れていた。

 英一郎のアカウント名=“ドラクエ10ステラ神DQX(熊澤英一郎)”は、「ドラゴンクエストX」の略称(ドラクエ10/DQX)、彼がゲーム内で使っていた名前(ステラ)、本名(熊澤英一郎)などを組み合わせたもので、プロフィール欄にも「ステラ レアル シュン アメリア アリシア PS4 パソコン ドラクエ10はサービス開始初日から毎日ログインしています。マイタウンを買います。私はドラクエ10では罪人だそうです。相方、魚子のお嬢さん。個人的な連絡はDMで」と、やはり「ドラクエX」に関連した、門外漢には意味不明に感じるだろう文字が並んでいる。文末には〈pixiv〉というTwitterとはまた別の、自作のイラストやマンガ、小説などを掲載することができるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のアカウントへのリンクが貼られているが、現在無効だ。

*8 この総数にはリツイート(他人のツイートを投稿すること)を含む。一方、本稿では基本的に英一郎が自身で書いたツイートのみを分析の対象とした。

「神崎ひろみ」というネット上での人格

 ただし、英一郎のTwitterアカウントの“ユーザー名”――Twitterでは“アカウント名”がいわゆるあだ名、“ユーザー名”が本名にあたる――“@hiromi_kanzaki”を検索エンジンで調べると、彼のpixivアカウント=“神崎ひろみ”に辿り着く。そちらのプロフィール欄には「とりあえずメカ描くのが好きな人間です」と書かれており、その言葉通り同アカウントのページには人間型ロボットを中心に数多くのイラストが投稿されている。要するに神崎ひろみは英一郎の“絵師”(オタク文化におけるスラングでイラストレーターのこと)としての名義なのだが、画力はおせじにも高いとは言い難く、特に女性キャラクターのタッチにはついアウトサイダーアートという言葉を使いたくなってしまうような独特の雰囲気がある。

 更にpixivのプロフィール欄に掲載されたメール・アドレスを検索すれば、神崎ひろみのホームページ〈聖殻の神殿〉が見つかるだろう。クレジットによると同ページが制作されたのは平成17年、英一郎が30歳を迎えた年。いま見るとデザインが古めかしく感じるし、作者が死んだ後に閲覧しているとまさに遺跡を訪ねているような気分にさえなってくる。当初はpixivにもイラストを掲載していた人間型ロボット=“聖殻”を巡る自作の物語「Sacred Shell Justice」を紹介する場所だったようで、「このサイトのメインコンテンツです」と書かれた〈Sanctuary〉(聖域)というコーナーにはロボットや武器の設定画が掲載されている。

「私も誕生日が来る度に憂鬱ですよ」

 一方、神崎ひろみ=熊澤英一郎のプライベートが垣間見えるコーナーもあって、〈DIARY〉は既に削除されているが〈PROFILE〉は健在だ。それによると“神崎弘海(かんざき ひろみ)”の性別は「男性」、血液型は「O型 RH+」、誕生日は「3月20日(魚座)」。続く“最終学歴”の欄には「大学院修士課程卒業」とある。また、その下の“変わった経歴”という欄には「代々木アニメーション学院アニメーター科卒業/HAL東京中退/代々木アニメーション学院キャラクターデザイナー科卒業/元社会復帰指導員 兼 パン職人(パン製造技能士2級取得済み)/元ビジネスコンサルタント事務所職員」と、さまざまな職業が並んでいる。英一郎は前述した中高一貫の駒場東邦を卒業後、進学校として知られる同校からアニメ関連の専門学校である〈代々木アニメーション学院〉へと進んだ。もちろんそれはそれで構わないものの、以上の経歴からはその後、アニメの仕事に就くことはなくさまざまな学校や職業を渡り歩いたことが分かる。ちなみに現在の“職業”の欄には“不動産の管理人”とあるが、やはり前述したように母所有の住宅に住んでいただけ――要するに無職だったと思われる。

〈BBS〉の記録も残っている。最早廃れてしまったシステムなので説明が必要かもしれないが、“BBS”とは“掲示板”とも呼ばれていた、さまざまなユーザーがコメントを書き込むことで交流が生まれるTwitterの前身のようなものだ。英一郎もホームページ開設からしばらくは、自身が管理するBBSで来訪者と普通にやり取りをしている。例えば平成22年3月20日、彼の35歳の誕生日には“奇太郎(もといたれまる)”というユーザーが、「もうこの年になるとめでたくなくなっちゃうかもしれないけど。取り敢えずはおめでとうございます。誕生日が2日違いで自分も38歳です。しかもリストラ喰らって無職……。いやーお互い、この閉塞した状況をどうにかしたいもんですなー……。それじゃあ!」と祝いのコメントを投稿。それに対して“ひろみ@管理人”こと英一郎は「私も誕生日が来る度に憂鬱ですよ。もう若くないですからね。状況が良くなる兆しも全く無いですよ……」と返信している。何とも言えない哀愁があるやり取りだが、そこには温かみも感じられる。その後、英一郎の投稿は徐々に減っていくものの、平成31年3月――つまり殺害される3カ月程前――になると突然“ステラ”という、Twitterのアカウント名にも含まれる「ドラクエX」で使っていた名前で、立て続けに同ゲームを巡るトラブルについて投稿を始め、しかもその内容は別人のように攻撃的になっていた。

「私が1度でも産んでくれと親に頼んだか?」

 晩年はTwitterアカウントでもほとんど「ドラクエX」に関する投稿しかしていなかった英一郎だが、同ゲームのサービスが開始されたのは平成24年8月。彼がTwitterに登録したのは平成23年7月。本人が「いつからドラクエ垢(引用者注:“垢”はネット・スラングでアカウントのこと)になったんだろう? 元々、コミケ情報交換用に始めたんだがなぁ……」(平成30年2月9日)というようなことを繰り返しツイートしている通り、当初は同人誌販売会〈コミックマーケット〉での交流が目的だったようだ。

 登録から数年はその使い方に変わったところがあったわけではない。平成23年7月12日午後4時に投稿された初めてのツイートは「疲れた」。同年はそれだけで、翌年=平成24年も4ツイート、翌々年=平成25年も8ツイートのみ。内容も、映画「天空の城ラピュタ」がテレビ放送される際、クライマックスのセリフに合わせて「バルス」とツイートする、当時盛り上がっていた遊びに参加したり、「ガンダムビルドファイターズ」「仮面ライダー鎧武/ガイム」「ドキドキ!プリキュア」(いずれも平成25年放送開始の作品)といったアニメや特撮について簡単な感想を記す程度だ。

 平成26年になると投稿が若干増えるが、ほとんどのツイートには“いいね”(他のユーザーへ好意を伝えるためにも使われる機能)が付かず、本来の意味である“Tweet(さえずり=コミュニケーション)”というよりはその日本語訳として採用された“つぶやき”――つまり独り言の様相を呈している。やがて「最近ドラクエXとNewラブプラス+(引用者注:恋愛シミュレーション・ゲーム)ばっかりプレイしてるなぁ」(5月12日)、「さて、今日は土曜日。ドラクエXの世界に入り浸っていよう」(5月17日)などと「ドラクエX」の名前も登場。しかしそんなある種の穏やかな雰囲気の中で堰を切ったように、英一郎は自身のバックグラウンドについて怒りに満ちた文体で書き始める。

「快感が欲しいだけなら避妊の方法はいくらでもあるから勢いで子供なんか作るんじゃねーよ。それで産んでくれた事に感謝しろ? 寝言は寝てから言えヴォケが!」「私は肉体は健康だが脳は生まれつきアスペルガー症候群だし、18歳で統合失調症という呪われて産まれた身体。私が1度でも産んでくれと親に頼んだか?」「何が産んでくれた? 勝手に親の都合で産んだんだから死ぬ最期の1秒まで子供に責任を持てと言いたいんだ私は」「産んでくれた親に感謝しなさいって言う奴には私の軍隊式暗殺八極拳喰らわせてやりたくなる。馬鹿言ってんじゃねぇ。親が親の都合で勝手にセックスして産んだんだろうが」(平成26年5月19日)。

「イジメられ続けた所為で統合失調症になった」

 繰り返し書いてきたように、英一郎は中学2年生の頃から家庭内暴力を振るい始め、晩年は親の脛を齧るような生活をしていたわけだが、彼に言わせればそうなってしまったことはこの世に勝手に産み落とした、そして教育に失敗した親の自己責任だというのだ。その主張だけだと俗に言う逆切れの印象を受けるし、あるいは英昭がまさに責任を果たそうと息子を殺害したことに正当性を与えるだろう。ただし、英一郎がアスペルガー症候群及び統合失調症を患っていることを自称し、それをたとえ誤った認識だとしても「呪われて産まれた身体」とまで評すると、復讐めいた怠惰な生き方にちょっとした凄みを感じてしまう。

 以降、英一郎はTwitterで人生について述懐するようになる。平成29年2月2日には「私の両親は私の教育を間違えてたな。テストで悪い点取ると玩具やプラモを壊す。これが間違い。私は玩具を壊されない為だけに勉強した。喧嘩で両親に勝てる高1までこの恐怖は続いた。そして性格が螺旋階段のようにねじくれ曲がった私が完成した」と親から受けた行為について告発。続くツイートでその加害者は母であり、自身の家庭内暴力は言わば反撃だったと述べる。「私が勉強を頑張ったのは愚母に玩具を壊されたくなかったからだ」「だから中2の時、初めて愚母を殴り倒した時の快感は今でも覚えている」(平成29年3月29日)、「今日は大安。愚母の呪いで最低な日だった。さっさと死ねよ愚母」「愚母はエルガイムMK−II(引用者注:アニメ「重戦機エルガイム」に登場するロボットのプラモデル)を壊した大罪人だ。万死に値する。いいか? 1万回死んでようやく貴様の罪は償われるのだ。自分の犯した罪の大きさを思い知れ。貴様の葬式では遺影に灰を投げつけてやる」(平成29年6月1日)。

 また、彼はこれまで見てきた通りゲームやアニメを好むいわゆるオタクの気質を持っており、それによって高校時代にはいじめを受けた。更にその苦しみから統合失調症を発症したと考えていた。「高校時代ヲタってだけでイジメられたからなぁ……」(平成26年7月10日)、「メカ描いてるだけでオタクって言われたな。今だったら大学で修行した軍隊式暗殺八極拳で叩きのめしてやれるのにw」(平成28年2月15日)、「私はイジメられ続けた所為で統合失調症になったからなぁ。イジメた奴らは当時、未成年だから牢屋に行かないんだよなぁ……。何とか復讐したい」(平成28年12月1日)。病気と共に生きながら自死が脳裏をよぎったこともあるし、現在は「終わったはずの人生のオマケ」とすら言う。「SNSで死にたいって書き込む人はまだ大丈夫、自分を心配して欲しいだけで生きるつもり十分だから、本当に絶望すると何も喋れないし言葉を出したくても出せなくなるし、絶望した! なんて言える内は精神余裕たっぷりです」「なんで言えるかって? 本気で消えようとした経験があるからさ。死ぬとか甘い言葉じゃなくて消滅したいって思うんだよ。逆にあの経験以降、怖いものが無くなったね。一度、終わったはずの人生のオマケを生きてると考えてるから」(平成29年12月4日)。

「挨拶が殴る蹴るのイジメ生活に比べれば生温いわw」

「不動産の管理人」――あるいは「地主」は、憎き母がそんな彼を生かすために自身所有の土地を使って与えた立場だったのだ。「あ〜今の不動産の管理人という仕事に落ち着いて本当に良かった。やっとストレスの無い仕事に落ち着いたんだね私……」(平成26年5月12日)、「私は38年間苦しんで生きてきた……。もう残りの人生は穏やかに生きても良いだろう……」(平成26年6月9日)、「地主で1日中暇だもんw」(平成30年7月7日)、「毎日が日曜日だぜ?w」(平成30年11月27日)。しかし有り余った時間は英一郎を「ドラクエX」に没頭させただけで、そこでのトラブルは彼に少年時代の忌まわしい記憶を蘇らせた。そして彼は「復讐」するかのように「敵」に立ち向かい、疲弊していった。「ネットの言葉の暴力がなんだと言うんだw 小学校から高校までの挨拶が殴る蹴るのイジメ生活に比べれば生温いわw」(平成30年6月7日)、「私はな小学生から高校生までイジメられて育った壮絶人生だから味方には優しいが敵には徹底的に痛めつけるんだ! それも暴力ではなくモンテ・クリスト伯のような金と権力でダングラールを廃人にしたように追い詰めるんだ!」(平成30年6月12日)、「私はドラクエ10を始める前、重労働でダウンして、もう良い、ゆっくり余生を過ごせ、と地主の地位を与えられ、アストルティア(引用者注:「ドラクエX」の舞台となる架空の世界)ライフを満喫していただけなのに……」(平成30年12月9日)、「いじめ。簡単に言わないで下さい。今回の事件も、ある意味、ドラクエ10を悪用した、いじめ。でしょう?」(平成31年1月30日)。

エリート家系であることを主張

 英一郎のTwitterアカウントは平成29年の後半辺りから「ドラクエX」の運営チームやまとめサイト(ゲーム周辺の情報を編集して記事にするサイト)、他のユーザーに対する批判が増えるが、翌年には自身がネット・スラングで言うところの“ヲチ”(ウォッチ。揶揄を目的とした観察)の対象になっているという考えに囚われていったように見える。やがて、「おやおや、○○さん、引退したリアフレ(引用者注:リアル・フレンドの略)の××さんに頼んで私の正体教えたらビビっちゃったかな?w」(平成30年4月19日)、「@△△さん一時的にDM(引用者注:ダイレクト・メッセージ機能)使えるように出来ませんか? フレには正体明かしましたし、△△さんにも知って頂きたいです」(平成30年4月22日)、「つーか、私のツイート監視してる垢の方へ。怒らないからDMで正体教えてあげるから、いつでも連絡どうぞ」(平成30年4月24日)などと、誰かれ構わず自身の「正体」を伝え始める。「正体」とは元農林水産省事務次官の息子であり、エリート家系の血を引くということだ。そしてその結果、以下のようなメッセージが送られてきたと英一郎は主張する。「『調べたら色々と文献が出てきました。素晴らしい職業されていた方なのですね。政治家関係者は一番敵に回してはいけない……。何も知らずに下手なこと発言するってのはやはり怖いですね……』。リークメールよりw 笑いが止まらんw」(平成30年5月18日)、「『DMの内容は一生忘れます。レアル(引用者注:英一郎が「ドラクエX」で“ステラ”以前に使っていた名前)さんを監視して申し訳ありませんでした。ドラクエ10世界の片隅でひっそり生活します』。ドラクエ10どころか、リアル世界でも一生、私の本名に怯えて暮らせww」(平成30年5月24日)。

加速する自画自賛とマウント

 学歴(「所詮は高卒の脳味噌、大学院卒の秀才の私と裁判で勝てる自信でもあるのかね?」〈平成26年10月23日〉)、語学力(「大体、おじさんはね、父親の転勤でUSAで3年暮らしてましたから英語ペラペラです」〈平成30年4月22日〉)、喧嘩の強さ(「私、頭脳だけじゃなくて、若い頃、武術を護身術で、身に着けていて、秋葉原でオタクだ、弱いだろうから、カツアゲしてやろうと、からんできた阿呆を過剰防衛で、叩きのめして、警官にやり過ぎです、と怒られた、という」〈平成31年4月7日〉)、容姿(「リアル身長178。元リアルイケメン。うっかり写真公開したら、普通叩くだけの5ちゃんねるの住人ですら、『レアルさんのご尊顔』、と言いましたから」〈平成31年3月16日〉)など、英一郎のツイートには自画自賛をし、ひとを見下すものが多い。しかしどれもすぐに底が割れてしまうような自慢だ。絵師としての実績についても、揶揄(からか)ってきた相手に対して「私は××ってゲーム会社からデザイン依頼を受けてるセミプロだよ。プロの会社が商業で使えると私の絵を見てスカウトしたのにそれを落書きとは……。○○君には価値が解らないんだね。猫に小判、豚に真珠っていうやつだね。哀れに思うよ」(平成28年12月22日)、「自称絵師? ふざけるな!!! ちゃんとソシャゲ(引用者注:ソーシャルゲームの略)のデザインで小銭稼いでいるわw」(平成30年12月13日)と反論するが、しかし「あのアンルシア(引用者注:「ドラクエX」の女性キャラクター)のイラストは自分でもなんで疲れている時に無理に苦手なキャラ描いたと後悔してる失敗作ですよ。普通なら、さらっと、これ位は、基本メカメインですが描けますから」(平成31年4月3日)というツイートに添えるのが前述した独特のタッチのイラストだと、尚更揶揄われることになってしまう。結局、英一郎の自慢で圧倒的に多いのが家系についてなのも、それだけは――つまり自分以外の実績は、確固たるものだったからだろう。

「私は、お前ら庶民とは、生まれた時から人生が違うのさw」

 英昭や熊澤一族の名声を笠に着るような態度はあからさまになっていく。「もし、私が死んだら、熊澤家一族が総攻撃するからな!!!」(平成30年4月27日)、「俺の名前を言ってみろ!!! この世界で最高のリアルマネーの持ち主、◯◯様だ!!! ひれ伏せ!!! 庶民プレイヤー共!!!」(平成30年12月11日)、「昨日、リアフレと話したのですが、庶民が、私の父と直接会話なんて、1億年早いわヴォケ!!!w 立場を弁えろ!!! 私は、お前ら庶民とは、生まれた時から人生が違うのさw」(平成31年4月2日)。それにしても英昭についての英一郎の書き振りは、「私も父から、悪に勝つ方法がある、と聞いた時、流石と思った。かつて、現実世界の炎上を静かにした経験あるからな。それに比べれば、ドラクエ10の炎上を静かにするくらい簡単ですよ」(平成31年4月27日)というように何処か畏敬の念が感じられ、“愚母”と罵倒する母についてのツイートとは対照的だ。

 ちなみに妹についてのツイートは悪態の中にも些か反省の色が見えると共に、そこから彼の家庭内暴力によって歪んでしまった熊澤家の家族関係の在り方が分かる。「死ぬまで使い切れないほどリアルマネーあるし。死んだら生意気な妹に全財産行く訳だしねw」(平成30年7月4日)、「で、ドラクエ10が全部、終わったら、老後はゆっくり老人ホームで安らかな眠りを待つと。遺産は糞生意気な妹に行くんだろうし。良い兄貴じゃ無かったよな……。妹は私を凄く憎んでいるし……」「受験勉強のストレスを妹に八つ当たりしてたんだよな……今、思うと」(平成30年12月11日)。一方、祖父や叔父に関しては「今は亡き母方の祖父の有難い教え、他人に挨拶する時『すみませんが』で話しかけてはいかん、自分が身分が低い証に『恐れ入りますが』で話しかけるように」(平成30年11月18日)、「私はなぁ、礼儀作法に厳しい母方の祖父に、言葉遣いを厳しく(引用者注:指導)されて餓鬼ながらに、おじいちゃんて、普通、孫に優しいのでは? と……」(平成31年1月14日)、「私の叔父が元精神科医なのだが、闇の時代を乗り切る為の言葉を教えてくれました。『長くて暗くても、朝の来ない夜は無い』。諦めなかったから、やっと、ドラクエ10も平和になりました。悪人が、こんな事言うかね? これは、フレも、名言と言ってました」(平成31年4月23日)などと、英昭と同様に一目置いているというか、とにかく彼らを通して血筋の良さを強調したいことが伝わってくる。

 第6回に続く。

2021年4月23日 掲載