会社の商談や車の購入まで、交渉の機会は意外と多い。納得のいく取引のため、おさえておきたいポイントは?(写真:Elnur/PIXTA)

ここ数年、世界市場での日本企業の衰退など、悲観的なニュースを目にするようになってきました。これらについては多くの専門家がさまざまな観点から分析をしていますが、アメリカで日系企業を主なクライアントとして20年間活躍してきた、ニューヨーク州弁護士の大橋弘昌氏は、日本企業、日本人が交渉をしないことが大きな原因となっていると言います。

いったいどうすべきなのか。大橋氏が現場で培ってきた交渉術の極意をぎっしり盛り込んだ著書『どんなときも優位な状況をつくれる 負けない交渉術』から一部を抜粋・再構成して紹介します。

Time is Money.

時は金なり。アメリカ独立宣言の起草者の5人のうちの1人で、アメリカ建国の父と言われているベンジャミン・フランクリンの言葉です。アメリカの100ドル札の肖像でも有名ですね。“Advice to a Young Tradesman”(若き商人へのアドバイス)というエッセー本の中で“Remember that time is money.” と書いています。「時間を無駄にしないで働いて稼ぎなさい」という、若者へのメッセージです。

人が限られた時間を費やして交渉をするのはなぜでしょうか。自分に有利な内容で商談をまとめたいからです。成立が見込めない交渉に貴重な時間を使いたい人はいません。

商談を有利な方向に導くために、私たちはいわば時間というお金を投資しているわけです。交渉に時間を使えば使うほど投資金額が大きくなるわけですから、それだけその取引を成立させたくなってくるのではないでしょうか。

さて私が、はじめてアメリカ人による交渉を目の当たりにしたのは、テキサス州ダラスのロースクールに留学して間もなく車を買うことになり、ホームステイ先の主人であるリチャード・マーカスさんに付き合ってもらい、中古車屋を回ったときでした。

私たちは、ハイウェイ沿いの巨大な中古車屋に着き、顧客用の駐車エリアに車を止めた後、整然と並んでいる車を見て回りはじめました。そうしているとセールスマンが出てきます。リチャードは、そのセールスマンと笑顔で握手を交わした後、フロントガラスに貼られている紙を指さしながらやりとりを始めます。

リチャード 「1万ドルとあるけど、どれくらい安くなるの?」

セールスマン「9500ドルまでは下げられますよ」

リチャード 「もっと安く、9000ドルになる?」

テキサス流のフレンドリーな雰囲気の会話が続きます。最初の店によさそうな車が何台かありましたが、リチャードは「この車にすれば」と私に勧めることはありません。しばらく時間を費やした後、セールスマンから名刺をもらって次の中古車屋に行き、また同じことを繰り返します。

私は横でリチャードのやりとりを見聞きし、ときに片言の英語で質問などをしているうちに、中古車の価格の相場観や中古車屋の本音での売値が見えるようになってきました。

自分との商談に投資をさせる

その後も何回かリチャードに中古車屋に付き合ってもらいましたが、ある日勇気をもって自分1人で中古車を買いに出かけることにしました。

私は、最初に入った中古車屋で、気に入った車を見つけました。フロントガラスには値段が書いてあります。1万1000ドル。残念ながら私の予算を超えています。セールスマンが出てきたので、リチャードの教えを思い出しながら、低い金額を提示してみました。

「8000ドルにしてほしい」

するとセールスマンは、「それはできない!」と言って、ほかの客のところに行ってしまいました。いきなり交渉失敗です。なぜ失敗したのでしょう。

それは、このセールスマンが私のために時間をほとんど費やしていなかったのが理由だということがあとからわかりました。セールスマンは私との交渉に時間を投資していなかったため、それほど交渉をまとめたいという思いに至らなかったのです。

お客としての私を失っても惜しくない、もっと高い値段で買ってくれそうな客を見つけたほうがよい、と考えたのです。これではうまくいきません。

交渉を有利に運ぶには、セールスマンに私のために時間を使わせなくてはなりません。私との商談に投資をさせなければいけなかったのです。

それに気づいた私は、すぐに次の中古車屋に行きました。そこで見つけた車は、まだ新しい白のGEOプリズム。ゼネラル・モーターズの車でトヨタのカローラと同程度のクラスです。

前の店でいきなり低い価格をぶつけて失敗した私は、今度は、初めに価格の話をしないことにしました。

「この車は過去に何人のオーナーがいたのですか?」
「走り具合はどうですか?」
「事故はなかったですよね?」

セールスマンは丁寧に答えてくれます。即答できない質問については、オフィスに戻って調べたうえで答えてくれました。

私がその車を買いそうな客に見えたのでしょう。

その後、試乗もしました。セールスマンを隣に乗せて近所を一周。車の中でもいろいろな質問をすると、セールスマンは一所懸命に答えてくれます。1時間ほど経過したところで、ようやく私は「この車、気に入りました。8000ドルくらいになりませんか?」と聞いてみました。

中古車ディーラーがつけていた価格は、9900ドル。セールスマンは「勘弁してくださいよ。そんなに安くなりませんよ」との返事。

しかし私という客を逃したくはないことは態度から伝わってきます。すでに1時間も費やしているのです。何とか買ってもらいたい、そのためには少しくらい利幅が薄くなってもよい、別の客との話し合いをゼロから始めるよりマシだ、そう思っているのです。

結局、交渉を続けて、最終的に8500ドルで購入できました。私との商談にたっぷり時間を費やしたセールスマンは、どうしても私に車を売りたいという心理になっていたのです。

会社同士の交渉の場合

相手に時間を使わせたほうがよいのは、会社同士の交渉でも同じです。

まず、成功させたい交渉は、どこで行えばよいと思いますか。あなたの会社の会議室でしょうか、それとも相手の会社でしょうか。相手がお客さんの場合は、呼びつけるのは失礼だという考えもあります。あくまでもケース・バイ・ケースで判断する必要がありますが、できるだけ相手に来てもらいましょう。あなたの会社に招くのです。

とくに敵対的な交渉では、相手に来てもらうことが効果的に働きます。相手は何時間もかけてあなたに会いに来るわけです。海外にオフィスのある企業であれば何日もかけて来ることになりますから、あなたの会社の会議室に着いた時点で、すでに大変な投資をしていることになります。手ぶらで帰るわけにはいかないのです。

一方、あなたはどうでしょう?

あなたは5分前まで別の仕事をしていました。今回の交渉のために時間を使っていません。

「相手がまったく譲歩しなかったら交渉をすぐに切り上げよう。別の仕事に取りかかったほうがよい。交渉は、日を改めてすればよい」と強気の姿勢で交渉に臨むことができます。不利な譲歩をしてまで交渉をまとめなくてもよい、と考えることができるのです。

どちらが出向くかによって、スタート時点で両者の姿勢にこれだけの違いが出ます。このことを知っていれば、あなたは有利に交渉を進めることができるはずです。

では、条件は、どちらから提示するのがよいのでしょうか。相手に先手を取られては困る、と気がはやるかもしれませんが、交渉では、相手に最初にオファー(条件提示)をさせるのが鉄則です。あなたからオファーをしてはいけないのです。

これはなぜでしょう。

自分の希望よりもいい条件でまとまる可能性も


あなたから最初にオファーした場合、そのオファーが、相手の期待以上に、相手にとって有利なものかもしれないからです。その場合、あなたが本来得られるはずだったものを失うことになります。それゆえに、まず相手にオファーさせるべきなのです。

一方、相手が最初にオファーした場合、そのオファーが、あなたが最初にしようと思っていたオファーよりも、あなたにとって有利なものかもしれないのです。

例えば、あなたが賃貸アパートを借りる場面を想像してください。広告には、家賃月15万円と出ています。しかし借り手市場ですから、交渉すれば家賃は下がるはずです。自分なりに調べてみたら、相場では月13万円くらいのようです。そんなとき、どのように交渉を始めればよいのでしょうか。

あなた「13万円なら借ります」(少しずうずうしすぎるかなと思いながら)

大家「13万円で貸しましょう。契約成立です」(あっさりと)

あなた「……(絶句)」(あれ? それならもっと低い金額でオファーをするんだった……)

あっという間に契約が成立しました。そして入居してみたら、同じアパートの住人は、皆11万円前後しか払っていないことがわかりました。きっと大家は「交渉次第で11万円くらいまで下げざるをえないだろうな」と思っていたはずです。

自分で先にオファーすると、こういうことになりかねません。では、相手に先にオファーさせていれば、どうなっていたのでしょうか。

あなた「広告には15万円とありましたね。本音では、いくらで貸してくれるのですか。その金額を教えてください」

大家「月12万円なら貸します」

あなた(おっと、13万円は覚悟していたのに。先に13万円で、と言わなくてよかった。これはもう一押しいけるな)「月10万円でお願いできませんか」

大家「では、あいだをとって11万円にしましょう」あなた「11万円でオーケーです!」

こんなふうにまとまる可能性が高いのです。

交渉の場では、このように相手に先にオファーさせましょう。そうすれば交渉を自分にとってベストの条件でまとめることができるはずです。