埼玉県川口市立中学校に通っていた元生徒・加藤健太さん(仮名・18)が在学中に不登校になったのは、サッカー部のグループLINE外し、部員からの暴行や嫌がらせ、部活顧問による体罰をめぐる、学校や市教委の対応が不適切だったためとして損害賠償を求めている訴訟。4月14日、さいたま地裁(岡部純子裁判長)で証人尋問が行われた。

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裁判では一転していじめを認めない主張

 被告側の証人で、元市教委職員(現在は市内の中学校校長)が「記憶にない」「答える立場にない」などの証言を繰り返した。また、この元市教委職員は調査委員会の事務局にもいたが、「母親が納得いかないので報告書の内容が変わった」との発言もあった。原告側は「虚偽であり、調査委の信頼を根底から覆すもの」として容認できない姿勢を見せた。


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 訴状によると、健太さんは中学入学まもなくサッカー部に入ったが、すぐに連絡網だったグループLINEから外された。また、部活の練習中に襟首を後ろから掴まれ、首絞め状態で引きずられた。2年生のときには、部員が健太さんの自宅や自転車をスマホで無断で撮影し、LINE上にアップして中傷をした。LINEの中でも部員がなりすまし行為をして、からかいや誹謗中傷を受けた。不登校になったのは合計で4回。第1回の口頭弁論(2018年9月12日)で、市側は法廷で卒業証書を渡そうとし、原告側の怒りをかっていた。

 実は被告側は、当初いじめを認めていた。川口市いじめ問題調査委員会は2018年3月、健太さんのいじめに関する調査報告書を公表した。それによると、

1)サッカー部のグループLINEから外された

2)サッカー部の練習中に、肘で顔を叩かれるなどした

3)サッカー部の練習中に、ある部員からTシャツの襟首を後ろから引っ張られ、首が絞まった状態で倒された

4)健太さんの自宅で遊ぶことを断られたサッカー部員4人が、健太さんと交際中の女子生徒の自宅に行き、周辺で騒いだ

5)健太さんに対して、LINEで中傷をしたり、彼の自宅をスマホで無断で撮影し、LINE上にアップした

6)LINEの中で、他の部員からなりすましによるからかいや誹謗中傷を受けた

 など、8点のうち、2)以外は、いじめと認定した。また、不登校についても、いじめが「主たる要因」と位置付けた。

 こうした調査結果が出たが、裁判になってからは、川口市は一転していじめを認めない主張を繰り返している。

母親の対応を問題視するかのような発言を繰り返す

 4月14日に証言をした市教委の元職員は、2016年12月から本件を担当していた。健太さんが中1のときで、2回目の不登校をしていた時期だ。「部員に襟首を掴まれた件」について、母親は「息子は襟首を掴まれ、引き倒され、引きずられていた」などと証言したが、主尋問で元職員は「この件はすでに解決済みでした」と回答、反対尋問でも「加害生徒とその親が謝罪をした。そのため、いじめではないと学校が判断し、市教委にも報告があった」と述べた。その上で、「健太さんが先に蹴ったかどうかで揉めていた。結局は、母親が納得しなかった」と、母親の対応を問題視するかのような発言を繰り返した。

 いじめによる不登校の場合、「いじめ防止対策推進法」による「重大事態」にあたるとされたため、市教委は調査委員会を設置した。2018年3月には最終報告書を公表した。それによると、調査委は、訴えのあった中から8件を検討。うち、7件をいじめと認定した。また、不登校の原因についてはいじめが主たる原因であり、ほかにも学校の対応への不信感、サッカー部顧問の不適切な指導などをあげた。

母親が報告書を見せられたのは、公表前の1回だけ

 この件について主尋問で元職員は「最終報告書の内容と中間報告書の内容は違います。健太さんの卒業が近いこと、不登校が長期化したことに母親が納得しなかったから」と答え、あたかも母親が納得しなかったために、報告書の内容が変わったかのような証言をした。

 反対尋問で原告側は「学校側は、加害生徒と保護者が謝罪をしたことで『いじめに該当しない』としたのか?」と聞くと、元職員は「市教委がどう判断したのかわからない」と答えた。「学校の判断を是認したのか?」との問いには、「顧問と母親が話し合い、『指導しなくていい』との話になった。そのような学校側の報告を理解した」と述べた。

 元職員は母親の対応が影響していじめと判断しなかったかのように言ったが、「法のいじめの定義には、母親が『指導しなくていい』というかどうかは、要件に入っているか?」と聞かれて、「入っていない」と答えている。さらに「母親が納得しないから最終報告の内容が変わったというのは、委員に確認をしたのか? それとも推測か?」との問いには、「私の推測です」と答えていた。

 このやりとりについて、岡部裁判長も「そう推測するのはなぜですか?」と質問した。元職員は「中間報告から内容が急に変わったわけではありません。少しずつ変わっていったのです。母親が納得しないので、調査委に持ち帰ったのです。そして最終的に卒業式が近いので、ほぼ母親の言い分にそった内容になった」と答えた。これに対して、母親の証人尋問(主尋問)では「『納得がいかない』とは言っていません。報告書を見せられたのは、2018年2月。公表前の案。1回だけです。何度も見せられていません。調査が終わったので確認してほしいと言われたときだけです」と反論した。

顧問とのやりとりノートには…

 健太さんは2016年5月から9月まで部活の顧問とノートでやりとりをしていた。部活内のいじめを顧問に伝えたところ、“ちくった”ことにされたために、顧問との間で、何かあった場合、「ノートに書けばいい」と言われたことがきっかけだった。作成日は不明なものの、顧問への手紙も2通、ノートに挟まっていた。そのうちの一つが以下のものだ。

〈●●先生友達と親友のちがいってなんだと思いますか?僕は親友ってかんたんにうらぎったりうそついたりやなことしないのが親友だと思います。友達とかいなくなってもいいけど、部活の時とかクラスいるときとかわざとわる口言われたり関係ない人達に僕がわるいとかうそ言いふらされたりするのはやです。(以下、略)〉

 顧問からの返事も書かれていた。

〈友達は楽しい時かに一緒にいる人。でも親友は、自分が困ったり悩んだりしている時に一緒に考えてくれたり、助けてくれたりしてくれる人だと私は思います。〉

 同年9月15日、健太さんは自傷行為をした。母親の証言では「カッターで手首を切っている」。

市教委が「体罰」と認定したものは「身体接触による励まし」

 尋問では、母親が直接質問する場面もあった。3回目の不登校(2017年11月2日から12月17日)の時期に、元職員は「ほぼ母親とは連絡していない」と話していたが、母親は「この時期はネットいじめがエスカレートしていた時期。原告本人は怖くて不登校になっていました。学校にも市教委にも連絡していました。(元職員と)連絡をとってないとは思えない」と反論するかのような質問をした。この頃、不登校だったことに関する学習支援や精神的ケアについては当時の弁護士を通じて交渉をしていたため、元職員は「学習支援計画は弁護士を通じてしていました。それ以外のことでは記憶がない」と言葉を濁した。

 また、サッカー部の顧問も証言した。市教委は健太さんへの不適切な行為について「体罰」と認定し、「訓告処分」をしている。しかし、裁判では市側は、「身体接触による励まし」であり、「(健太さんはその後も)喜んで登校を継続していた」として、体罰を否定している。陳述書では「元生徒の頭や肩をコンコンと軽く叩いたり、頭を撫でたり、耳を指で挟んで軽く引っ張ることもしました」と記していた。岡部裁判長に促され、法廷でその行為を再現してみせた。

「耳を掴んで机に顔が当たるくらいに引っ張ったということです。これは、体罰だということを事実上、認めてしまったんじゃないですか」(母親)

報告書の内容を信用できないもののように証言した

 尋問後に埼玉県庁内の記者会見室で原告側の会見が行われた。原告側の石川賢治弁護士は、元職員が学校や市教委の認識を聞かれた際に「記憶にない」「自分は市教委としての判断を答える立場にはない」と繰り返したことについて、「教育委員会の代表として証言を求めていたにもかかわらず、覚えていないと。彼は、当時の市教委がどういう判断をしたのか見ているはず。しかし、自分が判断したことではないから話せないというものだった。学校は『加害親子が謝罪をしたから、いじめに該当しない』と判断したというが、そのことといじめの定義は関係ない。『その報告内容を市教委は受け入れたのか?』と聞いても、『記憶がない』と答えた。裁判を馬鹿にしている」と、証言の姿勢を批判した。

 また、報告書の内容についての証言について、「大きな問題として浮かび上がりました。事務局を担った職員が、報告書の信用性を失うことを言いました。『母親が納得しないので、ちょっとずつ報告書の内容が変わった』という趣旨の発言をした。何度も『母親が納得しない』と言ったこと自体が虚偽です。もちろん、被告の行政側が報告書の内容を否定することはあります。しかし、報告書の内容を信用できないもののように証言させるのは全国的に例がない。虚言を弄してまで報告書の信用性を損ねたことになります。率直に申し上げて衝撃的なことです」と述べた。

 被告である川口市の教育委員会は、文科省や県教委の指導を受けながらも、いじめについて適切な対応をしてこなった。しかし、市教委は、いじめの調査報告書をめぐって原告の母親が「納得しない」などと情報を操作し、県教委や文科省を誘導しているかのような印象を与えている。仮に、裁判所が、いじめの対応を不適切と認めれば、賠償責任を負う可能性があるためだろう。

(渋井 哲也)