台湾の蔡英文総統(右)と面会するアメリカの非公式代表団(写真・Pool via ZUMA Wire/共同通信イメージズ)

4月16日に行われた日米首脳会談で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記した共同声明を発表、日米と台湾との関係が改めてクローズアップされている。ところが、そのアメリカ台湾の最大野党・中国国民党(国民党)との関係が、台湾内で話題になっている。アメリカが国民党に対し圧力をかける行動が相次いでいるためだ。

アメリカ代表団から呼ばれなかった国民党トップ

日米首脳会談直前となる4月14日、アメリカは非公式代表団を台湾に派遣した。一行は蔡英文総統などの政府高官らのほか、台湾の外交族議員6人とも懇談している。しかし、その中に外交族でアメリカ留学経験もある最大野党・中国国民党(国民党)の江啓臣主席の名前はなかった。しかも、江主席は「国民党の議員は呼ばれなかった、与党や政府はケチだ」と発言。ところが国民党の議員も出席していたことが判明し、党内での指導力が疑われただけでなく、同党の外交方針が迷走していることが改めて白日の下に晒されてしまった。

ただ、そんな混乱を仕掛けたのは、アメリカアメリカ台湾協会(AIT、実質的な台湾でのアメリカ大使館)のブレント・クリステンセン代表であると言われている。

今回の訪台メンバーは、バイデン大統領の親友とされるクリストファー・ドッド元上院議員、知日派としても有名なリチャード・アーミテージ元国務副長官、それに「親中派」と言われていたジェームズ・スタインバーグ元国務副長官の超党派で構成された。専門家の間では、ドット元上院議員は蔡英文総統にバイデン大統領の親書やメッセージを伝えたと考えられている。国際社会で孤立が続く台湾に対し、アメリカは党派を超えて関係強化を進める決意を行動で示した形だ。

またアメリカは同日、気候変動問題でジョン・ケリー元国務長官を特使として中国・上海に派遣した。しかし、ケリー特使の役割はあくまでも気候変動問題での対応で、首都・北京ではないところで話し合い、韓国を訪問して帰国する。こちらは、中国は歴訪中の1国という扱いで外交的なメッセージを送っているように見え、含みがあるような歴訪だ。

一見、蜜月期に入ったように感じる米台関係だが、実は懸案があった。成長促進剤「ラクトパミン」を飼料に用いた豚肉のアメリカからの輸入が2021年1月1日から解禁されたが、国民党は2021年8月28日に実施予定の住民投票に輸入解禁の是非を問うべく、反対運動を展開している。2020年の立法院(国会)では、わざわざ議場で豚の内臓をばら撒くなどのパフォーマンスを行い、良くも悪くも世間の注目を集めた。

この問題の複雑なところは、単に生産業者の反対で終わらず、消費者である国民にとっても関心が高いという点だ。台湾では2014年に日本企業も出資していた現地の会社が、廃油を原料にした違法な食用ラードを製造販売し、広く流通してしまった事件が発生した。

食の安全性に関わる問題はこれまでもしばしば発生し、今日の台湾では政権を揺るがすほどの国民的関心事だ。また豚肉は庶民にとって身近な食材でもあるため、「食べなければいい」では済まされない。今回の豚肉輸入問題はアメリカとの通商、外交問題であると同時に、国内問題でもあるのだ。

アメリカ産豚肉輸入解禁で摩擦が生じていた

そして、この問題に関して、国民党とアメリカにしこりを生じさせた。与党・民主進歩党(民進党)が国内での豚肉の安全性や流通の透明性への理解促進に努めていたと同時に、アメリカも友好交流を中心に台湾世論に対していつもより配慮した行動を見せていた。AITのクリステンセン代表は、アメリカ・ユタ州のブリガムヤング大学で中国文学部の学士号を取得し、高雄医学院(現高雄医学大学)で歯科医の医学実習の経験がある。持ち前の中国語力を存分に発揮して、両国の友好関係維持に力を尽くしていた。

しかし2020年12月になり、アメリカ大統領選で共和党のトランプ前大統領の敗北が決定的になると見るや、国民党はメディアなどで民進党の過度な共和党依存や期待について、批判のボルテージをさらに高めた。国民党はバイデン政権の親中回帰を見込みつつ、政権の外交的失敗を期待して民進党を批判。これにより国民の支持を得て、将来的な政権奪還を考えていたのかもしれない。この国民党が意図した批判の流れは、クリステンセン代表の各自治体との交流活動にも及んだ。

2020年12月16日、非公開とされたクリステンセン代表と国民党籍で台中市長である盧秀燕氏との会談が、突然マスコミを入れた公開となり、盧市長はクリステンセン代表の前で「ラクトパミン豚はいらない」と主張したのだった。メンツをつぶされたAITは翌17日、「政治家が事実に基づかない発言するのは両国の交流には無益だ」として非難声明を発表した。このような発表は異例中の異例だった。

さらに、クリステンセン代表が2020年12月31日に1年を振り返る動画をSNSに投稿したが、直轄6都市(台北、新北、台中、高雄、桃園、台南)の市長との写真の中で唯一、盧市長との写真をはぶいた。これにより、クリステンセン代表の怒りはいよいよ本物だと知られるようになった。

歴史に「もしも」はないと言うが、仮に盧市長の発言の後に江主席ら国民党がAITへ何かしらのフォローがあったなら、アメリカ側の怒りもここまで大きくならなかったかもしれない。しかし、クリステンセン代表の任期が2021年夏だったこともあり、「新任の代表との間で新たな関係を築けばいい、まずは国内を優先」とする計算が江主席ら党内にあったと考えられる。そんな国民党に対するクリステンセン代表やアメリカの攻勢が、今回の懇談会で最大限、展開されてしまった。

今回の訪台団との懇談会で、台湾側から出席した議員は、民進党の羅致政、王定宇の両議員、台湾民衆党の高虹安議員、無所属の林昶佐議員、国民党の陳以信、蒋万安の両議員。将来の台湾政治で中心を担うと考えられている中堅・若手の政治家だ。AITはさらに、国民党の林為洲議員も招待したが、豚肉輸入反対運動の世話人であることから出席を婉曲に断ったという。林議員は国内的には義理を通した形だが、アメリカからすれば「アメリカは広い心で反対派も招待した」という事実を作ったことになった。

対中政策での覚悟を国民党に迫る

また、出席した陳議員はメディアに「個人の立場で出席した」と明らかにした。しかし陳議員は比例選出の議員であり、「国民党への報告もなく出席したのは規律問題に当たるのではないか」との批判が一部で上がった。さらに、蒋議員は懇談会で国民党が非難を続ける豚輸入については、一切触れなかったことが明らかになっている。そして、極め付きが外交族の重鎮である江主席に招待状すら届いていなかったことだ。まさに、アメリカが台中の仇を台北で討ったような話である。

52年ぶりに日米の共同声明に「台湾」が明記された今、アメリカは中国の看板を頑として外そうとしない台湾の国民党に向けて、かつてアーミテージ元国務副長官が日本に言ったかもしれないとされる「ショー・ザ・フラッグ」(Show the FLAG、日の丸を見せろ)と同様なメッセージを発信しているのかもしれない。

これは同時多発テロ後の2001年9月、ブッシュ政権で国務副長官だったアーミテージ氏が日本政府に自衛隊派遣を求めたときの発言だ。この発言の後に日本は、「テロ対策特別措置法」を成立させ、アメリカ軍が展開している地域への物資の補給や輸送、非戦闘地域での医療活動といった後方支援を自衛隊が行えるようにした。アメリカは対中政策で融和路線を取ろうとする国民党にも、覚悟を迫ったと言えるのではないだろうか。