テスラの時価総額をトヨタのそれよりも大きくした画期的なビジネスモデルとは?(写真:Qilai Shen/Bloomberg)

昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第41回。

テスラの時価総額はトヨタの3倍

テスラは、自動車のハードとソフトの切り離しに成功し、「購入後にインターネット経由でアップグレードできる」という新しいビジネスモデルを確立した。EV(電気自動車)や自動運転の時代になると、自動車メーカーの付加価値の源泉はハードからソフトに移行せざるをえないが、それを実現する仕組みができたのだ。テスラの時価総額がトヨタを抜いたのは、そのためだ。


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アメリカのEV専業の自動車メーカー、テスラの株価は、2020年1月には100ドル程度だったが、2021年1月末には880ドルになった。

その時価総額は、2020年1月末に1000億ドル(約10兆9900億円)を突破し、フォルクスワーゲンを抜いた。そして、7月1日には、トヨタ自動車を抜いて、自動車メーカーとして世界第1位になった。

2021年4月中旬の株価は680ドル程度。時価総額は6498億ドルで、トヨタ自動車の2157億ドルの約3倍だ。

テスラの年間販売台数は、わずか50万台だ。それに対して、トヨタは1000万台を超える。利益も、トヨタが年間2兆円超であるのに対して、テスラはごく最近まで赤字を続けていた。

それなのに、なぜ時価総額が世界一になるのだろうか?

これからは、ガソリン車の生産は禁止され、自動車はEVになるからか? しかし、EVを生産しているのはテスラだけではない。

「単なるバブルではないか」、と多くの人が考えるだろう。事実、そのように解説した記事もたくさんある。

しかし、テスラの株価急騰は、バブルだとして切り捨ててしまうことのできない、非常に重要な変化を反映している。

テスラは、これまでなかったまったく新しいビジネスモデルを構築しつつあるのだ。

このことを知るには、テスラ社のウェブサイトにアクセスして、「コネクティビティ」や「アップグレード」というページを見るとよい。

「コネクティビティ」とは、音楽やメディアのストリーミング、交通情報表示など、データを必要とする機能の利用だ。購入時に「スタンダード」であっても、購入後に月額990円を払えば、機能がより高度の「プレミアムコネクティビティ」を利用できる。

「アップグレード」とは、購入後に、車の機能アップさせることだ。購入者のニーズに合わせてテスラ車をカスタマイズできる。

来店する必要はなく、Wi-Fiに接続して、ボタンを押すだけでよい。

つまり、購入した後で、車を買い替えたりハードウェアを取り替えたりすることなく、機能をアップデートすることができるのだ。

例えば、「Model S」には、低価格モデルの「Model S 60」と高価格モデルの「Model S 75」がある。低価格モデルのバッテリーの容量は、高価格モデルのそれより小さい。

「Model S 60」を購入したユーザーが、使っているうちに、「やはり大容量バッテリーのほうがよかった」と考えたとする。そして、購入したときよりは所得も増えていたとする。

そんなときには、Wi-Fiに接続してアップグレードのボタンを押し、9000ドル払うことに同意すれば、それで完了だ。

自動運転もインターネット経由で可能に

購入後にアップできるのは、以上だけではない。

購入したときにつけなかったナビが必要になったら、簡単に購入できる。

クルマを買ったときには暖房シートをつけなかったが、その後寒い地域に転居して、必要になったとする。この場合も、ソフトウェアをアップデートするだけでよい。

さらに驚くべきことに、同じ手続きで、より高度な自動運転もできるようになるのだ。

自動運転には、レベル1からレベル5までのレベルがある。テスラの最新モデル車は、完全自動運転に必要な半導体をすでに搭載している。

また、「FSD(フルセルフドライビング)」という自動運転ソフトが提供されており、適時更新することで、より高度の自動運転が可能となる。

現在の自動運転機能は高速道路など一定の条件下に限られているが、ソフトウェアの更新によって、複雑な市街地での自動運転技術も可能になるという(ただし、テスラ車が2021年末までにレベル5の完全自動運転機能を実現するのは難しいと見られている)。

「購入した後で機能をアップグレードできる」と聞くと、最初は魔術のように思える。

だがよく考えてみると、スマートフォンでは、日常的にやっていることだ。新しいアプリをダウンロードすれば、新しい機能が使えるようになる。

また、ゲームアプリなどでは、「アプリ内課金」というものがある。

アプリのダウンロードと基本機能は無料。そして、追加機能を購入するのは有料という仕組みだ。

ソフトウェアであれば、いちいち修理工場に持っていかなくとも、インターネットを通じてアップデートできる。それはスマートフォンであろうが自動車であろうが、同じことだ。

テスラのビジネスモデルは、自動車版の「アプリ内課金」なのである。

テスラは、最初に高性能なモデルを製造し、つぎに機能を制限したモデルを割引料金で販売するのだ。

そして、購入後のアップグレードという方式を可能にすることによって、低価格モデルを簡単に提供し、それによって売り上げを伸ばすことができる。

ハードとソフトの切り離し

ここまできて、「納得がいかない」と首をひねる方が多いのではないだろうか?

カーナビのアップグレードをインターネット経由でできるのは、わかる。自動運転も、内容は高度だが、ソフトウェアであることに変わりはないから、インターネット経由でアップグレードできるのもわかる。

しかし、バッテリーや暖房シートは、ハードウェアだ。

それらを、なぜインターネットでアップグレードできるのだろう?

この手品の種明かしは、あっけないほど簡単だ。

低価格モデルである「Model S 60」には、高価格モデルである「Model S 75」に搭載されているのと同じバッテリーが、最初から搭載されているのだ。

ただし、ソフトウェアを調整して、その容量を20パーセント落としているのである。

だから、低価格モデルと高価格モデルを生産するために、テスラは、バッテリーパックを2種類作ったり、組み立てラインを2種類用意したりする必要はない。プログラムに数行を付け加えるだけで終わりだ。

ただし、こうしたことができるのは、車のハードウェアとソフトウェアの切り離しを実現できたからだ。

いまの自動車には、ソフトウェアによって制御される部品が多数ある。しかし、システムごとに、ハードとソフトが結びついており、切り離せない。

これでは、上で述べたようなことはできない。

テスラは「モデル3」以降、ハードとソフトの切り離しを実現したのだ。これは、伝統的メーカーよりも6年以上も早かった。そのために、上で述べた「購入後のアップグレード」という新しいビジネスモデルを導入できたのである。


単なるEVメーカーと侮っていると本質を見誤る(写真:David Paul Morris/Bloomberg)

以上のようなシステムを通じて、テスラは顧客の車両から走行データを収集できる。

これは、自動運転のシステムを開発するための貴重なビッグデータになる。

走行距離でいえば、グーグルの子会社であるウェイモが圧倒的なデータを蓄積している。しかし、テスラは顧客の車両からそれよりさらに多くのデータを収集している可能性がある。

だから、自動運転の分野でも、テスラが世界のトップになる可能性がある。

2019年、テスラは、完全自動運転技術を使ってライドシェア市場に参入する構想を発表した。これは、「テスラネットワーク(自動運転タクシーネットワーク)構想」と呼ばれる。

これを用いると、テスラ車の所有者は、自分が乗らない時間には、自分の車を自動運転モードのタクシーとすることによって、収益を得ることができる。

また、テスラは、Uberと同じように、利用のたびに顧客からプラットフォーム料金を徴収できるだろう。

これも、テスラの収益に寄与することになる。

ソフトウェアの価値を利用できる

これまでの自動車産業は、ハードウェアの生産だった。

EVになると部品数が劇的に減少し、組み立ても容易になることから、ビジネスモデルの再構築が必要といわれてきた。

それは、ソフトウェアによって付加価値を生むような仕組みだ。

自動運転になれば、ソフトウェアの比重が増大し、自動車産業は、ハードウェアの生産ではなく、ソフトウェアを付加価値の源泉とせざるをえなくなる。

現在のような系列構造と巨大な生産体系を維持しようとすれば、制御不能なレガシーになってしまう危険がある。

テスラは、以上で述べたビジネスモデルを開発したことにより、ソフトウェアによって収益をあげることに成功したのだ。

ソフトウェアとデータに利益の源泉が移れば、爆発的な成長が可能になる。これこそが、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれる企業群が実現したことだ。テスラは、自動車の生産において、そのことを可能にしつつある。

その時価総額が急激に増加している基本的な理由は、ここにある。

日本の自動車産業は、このように大きな変化に対応できるのだろうか?