発表会に登場した商店街の住人たちはやる気十分。衣装もこだわっているようだ(写真:西武園ゆうえんち)

「よってらっしゃい、見てらっしゃい!」。昭和レトロな商店街「夕日の丘商店街」を進むと、おせっかいな住人や店員たちが驚くほど前のめりに絡んでくる。そうかと思えば、道案内をしていた警官が泥棒を発見し、目の前でド派手な追跡劇を開始。気づくとほかでもパフォーマンスが始まっている――。何の説明かと思うが、これこそが新しい西武園ゆうえんちの「売り」なのだ。

西武ホールディングス傘下の西武園ゆうえんち(埼玉県所沢市)は4月13日、約100億円を投じたリニューアルを終え、5月19日にリニューアルオープンすると発表した。新たな園内のテーマは1960年代の昭和レトロ。1960年代を再現した商店街をはじめ、昭和の人気キャラクターが登場するアトラクションなどをそろえている。1日券は大人(中学生以上)が4400円(税込)、子供(3才から小学生)が3300円(同)だ。

単に懐かしさを打ち出すわけではなく、感情を揺さぶり、エモーショナルであることを徹底的に重視したという。「過去最大の投資を行い新しく生まれ変わった。現代社会は心休まるときが少なく、人間関係が希薄化している。そんな時代だからこそ、人情味あふれるふれあいを通じて、幸福感を感じていただきたい」。西武園ゆうえんちの藤井拓巳社長は熱く語った。

商店街は1960年代を隅々まで再現

商店街には30店舗が並び、バナナの叩き売りをする八百屋、遊技場での射的ゲーム、ポン菓子の食べ歩きなど、昔懐かしい風景が広がる。食堂では「ライスオムレツ」、喫茶店も「スパゲッティー・ナポレターナ」を提供するなど、飲食メニューもレトロそのものだ。

しかも、「八百屋、魚屋の店主も実はとんでもない技を持つパフォーマー。あちこちでショーが繰り広げられ、商店街がひとつの舞台となっている」(マーケティング課長の高橋亜利氏)という。


ゴジラのアトラクションは目玉の1つ。こちらも昭和感を意識している(画像:TM & © TOHO CO., LTD.)

目玉のアトラクションは商店街を見下ろす丘にある。ゴジラをテーマにした世界初の大型ライドアトラクションだ。客はゴジラとキングギドラの激闘の中に放り込まれる。「ALWAYS 三丁目の夕日」などで知られる山崎貴監督が手掛けており、アトラクション内で登場するゴジラなどの怪獣は、山崎監督が新たに書き下ろしたオリジナルだ。

家族向けのエリア「レッツゴー!レオランド」では、手塚治虫氏の「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」などのキャラクターが登場。ここではジェットコースターや回転型のアトラクションなど、4つのライドアトラクションを備えた。そのほか、メリーゴーラウンドや大観覧車、回転空中ブランコなど、リニューアル前からあった乗り物も音響やスタッフによる演出で、以前と違う体験ができるように仕上げたという。


園内のイメージ図は昭和感を前面に打ち出している(画像 TM & © TOHO CO., LTD. ©TEZUKA PRODUCTIONS)

一連のリニューアルは、個々のアトラクションを軸とする従来型の遊園地から、園内、もしくはエリア全体を演出するテーマパーク化の試みと言える。商店街を中心に、登場するキャラクターやアトラクションもレトロをテーマに演出する。また、3カ所あった入り口は「西武園ゆうえんち駅」そばの1カ所に集約した。「1つにしたのは、昭和の商店街をくぐって来ていただくことを体験として意図したもの」(高橋氏)。

入園者数はピークの5分の1に

西武園ゆうえんちの開業は1950年。リニューアル前は窮地に追い込まれていた。入園者数のピークは1988年度の194万人。それからは下降トレンドが続き、2018年度は約49万人に縮小。2019年度はコロナ影響もあり、約37.8万人に落ち込んだ。施設の老朽化やレジャーの多様化などが原因で、全国の遊園地に共通する課題だった。

再起に向け、リニューアルで手を組んだのは株式会社「刀(かたな)」。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンをV字回復に導いた森岡毅氏が設立したマーケティング会社だ。同社のエグゼクティブ・ディレクター・近藤正之氏は「西武園ゆうえんちは語るべき特徴がなく、どういう体験ができるか思い浮かべることもできない。消費者の選択肢に入っていなかった」と振り返る。

リニューアルでブランドを再構築するうえでは、マイナスイメージを逆手にとり「古いことはいいこと」とアピールできないか考えてきたという。並行して消費者インタビューや定量調査も進めると「今の人々は昭和の時代にあったような、人とのつながりや人情味などの温かさに飢えているのではないか」という仮説が導き出された。

そこで全体を昭和レトロで統一しつつ、おせっかいなスタッフの演出などを練ってきた。奇しくもコロナ禍で人々の接触がさらに減り、こうした状況が加速することになった。

リニューアル後の入園者数の目標は非公表としているが、初年度から好結果を出すだけでなく、継続的な成長を目指している。従来型の遊園地は、大型投資で新施設を開業しても数年で飽きられ、再び投資が必要になる……という流れが構造的な課題だった。テーマパーク化によってこの点を打破できるかは重要なポイントになる。

遊園地再生のモデルを示せるか

また、主なターゲットに据えるテーマパークファンやファミリー客、独身女性の多くが、1960年代の記憶を持たない。多くの客にとって体験したことない世界観を「懐かしい」「楽しい」と感じさせ、リピーターに引き込めるかどうかも腕の見せ所だろう。

近藤氏は「西武園ゆうえんちの成功が、同じ悩みを抱える全国のレジャー施設にとって再生と復活への大きな希望、勇気となればいい」と語った。実際、地方の施設はただでさえ厳しい経営環境にコロナが追い打ちとなり、悲惨な状況だ。

西武園ゆうえんちは全国の希望の星になれるのか。コロナの逆風が吹く真っただ中、起死回生の幕が開く。