迎賓館として生まれた帝国ホテル。外国人客に配慮し、本館には13階、「〇〇13号室」といった表記がない(記者撮影)

帝国ホテルにある大宴会場の1つ、「光の間」で結婚式を挙げた男性は感慨深げに語る。「誰も知らないようなホテルではなく、帝国ホテルで挙げたんだという思いはある。対応はとてもよかったし……。そんな思い入れのある場所がなくなってしまうのは寂しい」――。

帝国ホテルは3月25日、旗艦ホテル「帝国ホテル東京」を建て替えると発表した。2024年度に着手し、2036年度の完了を予定する。事業費約2000億〜2500億円に及ぶ大型プロジェクトだ。

現在の本館は3代目の建物で、1970年に開業した。築50年を超え老朽化が進んでいるため、筆頭株主の三井不動産とは、資本参加を受けた2007年から建て替えを検討してきた。三井不動産は帝国ホテルなど9社と共同で内幸町周辺の開発も進める方針だ。

報道が先行したこともあり、リリース配信と同時刻の3月25日15時、定保英弥社長は従業員を集めて決意を語った。「コロナ禍でも、立ち止まることは『後退』を意味する。タワーと本館を順番に建て替え、従業員が働く場所は維持していく。新しい帝国ホテルをつくっていこう」。

外資攻勢で”御三家”の事情に変化

帝国ホテルは1890年、明治政府が国内外の賓客を迎える迎賓館として誕生。現在も外国人客が多く、コロナ禍以前まで宿泊客の約5割を占めていた。「ホテルオークラ(現The Okura Tokyo)」「ホテルニューオータニ」とともに高級ホテルの「御三家」と呼ばれ、ホテル業界を牽引してきた。

そんな御三家を取り巻く環境は、時代とともに大きく変容した。1990年代以降は外資系ラグジュアリーホテルの上陸が相次ぎ、2000年代も「グランド ハイアット 東京」「ザ・リッツ・カールトン東京」などがこぞって開業。外資系は客室の平均単価を5万円以上に設定し、富裕層を明確なターゲットとして取り込んだ。

御三家の平均単価は2万〜3万円台と、外資系を下回る。単に単価が高ければホテルの評価が上がるわけではないが、築年数の古さゆえ、ハード面でも見劣りするようになった。定保社長も、客室のバリエーションが多いことから「単純に外資と比較するのは難しい」としつつも、「(今の帝国ホテルが)国内外のニーズに100%合っているとはいえない」と冷静に分析していた。

こうした中、帝国ホテルにほど近い「パレスホテル東京」は2012年、総工費750億円を投じて再オープン。外資系に匹敵する客室の広さや内装に変え、2.4万円だった平均単価を6万円台まで引き上げた。ホテルオークラも2019年に総工費約1100億円で旧本館を建て替え、単価をアップさせた。

帝国ホテルは定期的に大規模修繕こそ実施してきたものの、それでは外資系にも、先手を打つ国内勢にも太刀打ちできない。将来を見据えれば、コロナ禍でも建て替え計画を先送りするわけにはいかなかった。

タワー館を先行して建て替える

まず、2024〜2030年度の予定でホテル背面のタワー館「インペリアルタワー」(1983年開業)を建て替える。現在の31階建てより高くなるが、具体的な高さ、階数は未定。タワー館は賃貸収入がメインとなり、オフィスや商業施設が入居するほか、サービス付きアパートメント事業を行う。

今年3月にスタートし、「30泊36万円」の価格が話題になったアパートメント事業だが、コロナ禍が起こる前から検討を進めていたものだ。安定収益源として建て替え後も展開する。


帝国ホテルの本館にあるデラックスルームは42屐3飴餬魯薀哀献絅▲蝓璽曠謄襪竜匱爾50〜60屬塙く、刷新が課題だった(記者撮影)

2031年度からは本館の建て替えに着手。課題の客室を広げ、平均単価も大幅に引き上げる考えだ。ただし、富裕層のみをターゲットとする戦略ではない。

「長年利用いただく国内の会員や顧客が第一。また国賓クラスの宿泊客を迎えることも多いが、一方で随行者の客室も一定数は必要。宿泊先として使い勝手のよいバランスを考慮して、全体を底上げする」(広報課長の照井修吾氏)。

やはり、懸念点は膨大な事業費による財務の悪化だろう。2020年末時点で同社の自己資本比率は74.9%と高く、有利子負債もゼロ。業界内では珍しく、財務体質は健全だ。「建て替えや修繕、経済危機などに備えて財務の安定化を図ってきた。最後に借り入れを行ったのは1996年の帝国ホテル大阪の開業時」(経理部長の杉山和久氏)だという。

今回はタワー館の土地の一部を三井不動産に譲渡(価格は未定)し、建設資金に充てる。そのほかは借り入れで調達し、財務の悪化を極力抑える方針だ。

築年数の浅いタワー館を先に手掛けるのは、本館の建て替え時に、安定した賃貸収入で経営を下支えするためだ。実際、コロナが直撃した2020年4〜12月期も、不動産賃貸事業は16億円(前年同期比4.1%増)の営業黒字を確保している。

もっとも、同時期のホテル事業は営業赤字85億円と苦戦が続く。コロナの動向次第だが、多額の資金が必要となる本館工事の開始までの10年間、財務の健全性を維持できるかは重要なポイントになる。

現在は人件費抑制と人材育成のため、従業員約50人が他社に一時出向中。高い接客スキルを持つ人材の需要は根強く、中には和菓子屋に出向したパティシエの例もある。三井不動産との連携も生かし、同グループの「HOTEL THE MITSUI KYOTO」(2020年11月開業)などにも従業員が出向している。建て替え期間中も雇用維持のため、外部への出向を駆使する計画だ。

2代目の本館を一部で再現?

新たな本館はどのような姿になるのか。詳細は明らかにされていないが、可能性の1つに挙げられるのは、世界的名建築と言われた2代目本館の要素を取り込むことだ。


ライト館は現在、愛知県の明治村に移築・再現されている(画像:「帝国ホテルの120年」より)

建築家フランク・ロイド・ライトが設計し「ライト館」と呼ばれた2代目本館は、1923年9月1日の開業日に関東大震災が発生。その後の東京大空襲にも耐え抜いた伝説を持つ。

地盤沈下や老朽化で1968年に取り壊されたが、当時は建築家や文化人の間で保存運動が巻き起こった。佐藤栄作首相はアメリカでライト館について質問を受け「後世に残すよう今後も考えたい」と述べたほどだった。

ライト館の面影は、本館の「オールドインペリアルバー」やスイートルームに残されている。なお、ライト館での勤務経験を持つ従業員が今も1人在籍しているという。The Okura Tokyoが旧本館のロビーを詳細に復元したように、帝国ホテルの新たな本館もロビーや外観部分でライト館の再現がみられるかもしれない。

15年後に竣工する新本館は、そこから数十年にわたり世界の第一線で戦えるホテルでなくてはならない。むろん、強みのサービス品質を保つことも課題になる。将来の市場を見通し、外資系を含めた競合に勝てるホテル像をどう描くのか。帝国ホテルの想像力と実行力が問われることになる。