中国のスーパーで顔認証システムを利用する女性(写真:アフロ)

スマートフォンのロック解除やオフィスの入室など利用シーンが広がっている顔認証システム。

同分野において「先進国」の中国では、交通違反の取り締まりや行方不明者の捜索などにも活用範囲が及ぶ中、複数の著名ブランドが店舗に顔認証カメラを設置し、来店者情報を無断収集していたことが人気テレビ番組で暴露され、監視社会に慣れきった国民からも激しい反発が起きている。

防犯カメラ装い来店者情報収集

BMWの販売店に設置されたカメラ。防犯カメラかと思いきや、実は個人情報を収集する顔認証カメラだったーー。

「世界消費者権利デー」に合わせて3月15日に放送された中国国営テレビの番組「315晩会」では、BMW以外にもアメリカの水回り製品メーカーKOHLER(コーラー)、アパレル大手のMax Mara(マックスマーラ)の店舗で顔認証カメラが設置されていることが暴かれた。いずれも来店者の同意は得ていない。

コーラーは小売業向けデータ分析を提供するスタートアップ「万店掌」の顔認証カメラを設置し、来店者情報を収集していた。BMW販売店を運営する中国企業の正通汽車はアウディやボルボの販売店も運営しており、1年前からカメラを設置していたという。

315晩会は著名企業の不正・問題行為を暴き出す名物番組で、株価や企業イメージを大きく左右するほど注目が高い。過去にはニコンや良品計画が吊るし上げにあうなど、海外企業もたびたび標的にされてきた。

日本企業を巡っては今年も日産自動車の高級車ブランド「インフィニティ」の顧客対応が糾弾されたが、より世論の関心を呼んだのはビッグデータ社会を反映した「個人情報」を巡る数々の不正だった。

番組放送後の反響はすさまじかった。名指しされたブランド、カメラ設置事業者が大炎上するのはもちろん、万店掌の公式サイトで取引先企業を調べ、店舗にカメラを探しに行く行為も広がった。

コーラー、マックスマーラ、正通汽車は即座にカメラを撤去し、マックスマーラは「カメラは人数把握にのみ利用しており、個人情報は収集していない」と釈明した。万店掌の創業者も「収集したデータは内部で厳格に管理し、流出の恐れはない」と強調した。

だが、事態は収束しなかった。時を前後して、まったく別のルートで「無印良品とダイソーユニクロを足して3で割った雑貨チェーン」として日本でも有名な「名創優品(メイソウ)」の店舗でも顔認証カメラの設置が発覚したのだ。

消費者の不安がさらに広がる

江蘇省張家港市の市場監督管理局によると、検査官が抜き打ち検査で天井のカメラを見つけた。防犯カメラの設置自体は不自然でもなんでもないが、検査官はカメラの一部がテープで目隠しされていることを不審に思い、テープをはがしたところ、315晩会でも糾弾された「万店掌」のロゴが現れたという。

店長は検査担当者に、会社からの指示でロゴを目隠ししていたと説明した。さらに店長のスマホにはカメラと連携したアプリがインストールされ、来店者の性別、大まかな年齢だけでなく、「初来店」「11回目の来店」「会員」など各顧客の“忠誠度”も表示されていたという。

2020年末時点で4514店舗を展開するメイソウが顔認証カメラで取得した個人情報をアプリで運用している生々しい実態が明らかになり、消費者の不安がさらに高まった。

中国は日本に比べると個人情報保護意識が各段に緩い。「どうせ国に筒抜けになっている」との諦観に加え、合理性を優先する国民性もある。

GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表されるIT企業が個人情報を独占する問題がクローズアップされるようになっても、検索ポータル大手バイドゥ(百度)の李彦宏CEOは、「中国人はオープンで、プライバシーよりも利便性を優先する傾向がある」と発言するほどだった。

事実、アリババがユーザーの購買履歴や犯罪履歴を基に個人の信用を数値化する「信用スコア」を整備し、これまで銀行から融資を受けられなかった人たちがアリババの金融サービスでお金を借りられるようになったし、コロナ禍では個人の感染リスクを判定するアプリ「健康コード」が短期間に普及した。

だが中国人にとっても、顔認証となると話は別だという。北京の20代会社員女性は「携帯番号は変えられるけど、顔は自分では変えられない。勤務先の玄関やスマホのロック解除などで使う分にはいいが、店舗で情報を取られ、どう使われるかわからない状況は受け入れられない」と話す。

顔認証カメラで消費者の資産状況や購買傾向、ブランド忠誠心が分析できれば、顧客ごとに商品価格を変えることも可能で、消費者の立場が弱くなるとの懸念も高まっている。

動物園の顔認証入園システムで訴訟

中国国家市場監督管理総局は「個人情報安全規範」で、生体情報収集にあたって個人の同意を義務付けており、店舗で顔のデータを無断収集するのは違法行為だ。

顔認証を巡っては技術の急速な普及に伴いこれまでも多くの問題が起きている。例えば杭州野生動物園が2019年に入園手続きを顔認証に切り替えた際には、年間パスポートを購入した市民が、杭州市の裁判所に提訴した。

原告の市民は「消費者権益保護法は消費者情報の収集・使用にあたって、その目的や方法、範囲を明示したうえで、同意を得なければならないと定めているが、動物園は告知義務を十分に履行せず顔認証システムを導入した」と主張し、顔の登録を拒否したことで年間パスポートが失効する損害を被ったと訴える。

同じ年には、スマート宅配ロッカーの顔認証システムが、小学生の「顔写真をカメラに映す」実験で突破され、技術の未熟さと情報漏洩リスクが浮き彫りになった。

国としても「個人情報保護法」制定を進めており、昨年10月には草案が公表されたが、国政助言機関である全国政治協商会議(政協)の政協委員で弁護士の皮剣龍氏は今年3月、「顔認証システムは諸刃の剣。ハッカー攻撃などで情報が流出したら、変更ができない個人の『パスワード』が公の場にさらされ、甚大な損害が発生する。技術の濫用も頻発しているのに監督体制が追いついていない」と、顔認証システムのデータ管理専門の法律を整備すべきだと問題提起した。

ルール作りに着手する都市も

315晩会の放送2日後には、IT企業のハブである深圳市が公共スペースのカメラ設置に関するルール作りに着手する方針を表明した。

技術と監督体制が未成熟なまま新技術の応用が広がり、深刻な問題が発生するのは中国のおなじみのパターンではあるが、多少のリスクには目をつぶって「利便性」を選択する中国人も、変更が容易ではない顔情報を取られることには寛容ではいられないようだ。