「早く出世したい!」人事制度に踊らされる、日本の会社員たち

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中山てつや氏は著書『なぜ職場では理不尽なことが起こるのか?』のなかで、職場における諸問題について語っています。当記事では、中山氏のキャリアコンサルティングとしての実務経験をもとに、日本の企業における問題点を考察していきます。

「人事は見ている」は本当なのか?

かなり前になりますが、会社に入って間もない頃、学生時代の友人と居酒屋で一杯やりながら、とりとめのない話題に花を咲かせていた時のことです。お互いの会社の話になって、ほとんど愚痴に近いことをしゃべっていたと記憶しています。すると友人が、

「大丈夫だよ、人事は見ているから」

と言うので、

「それってどういう意味?」

思わず、聞き返してしまいました。

当時著者は、関連会社の一支店に出向していました。しかも、異動して初めて分かったのですが、一旦出向すると人事権が出向先に移り、めったなことでは本社に戻れない仕組みになっていたのです。実質的な片道切符を手にして、右往左往していました。

本社人事部門に所属する社員は、わずか数十名です。少ない人数で、数万人規模の会社の人事業務をまかなっていたので、出向中の若手ひとりを「見ている」感覚は、まったくありません。むしろ、本社人事から「見放された」という印象のほうが、強かったと思います。

友人の話によると、彼の会社では、人事の社員が「部門ごとに細かいフォローをしている」といいます。更に、もし明らかに問題があると判断した場合は、人事の立場から「サポートするような仕組みができあがっている」というのです。

「悪い評判が出回ると、注意が入る」ので、おそらく上司に対しても、同じようなチェック体制が整っていたのではないか、と推測できます。何という羨ましい制度でしょう。その後も、いろいろな会社の、様々な職場で仕事をしてきましたが、「人事が見ている」職場は、ひとつとしてありませんでした。

「人事は見ている」は本当なのか…(画像はイメージです/PIXTA)

重要なのは「人事権」が誰の手にあるかということ

ここで、改めて「人事」という言葉の意味について考えてみましょう。私たちが一般的に、「人事」という表現を使う時にイメージするのは、昇格や降格を含む人事異動や、人事評価を決定する「権限」のことではないでしょうか。これは、いわゆる「人事権」に相当します。

人事権の意味をひも解くと、「使用者が、自己の企業に使用する人員について、採用・異動・昇進・解雇などを決定する権利」(出所:デジタル大辞泉)とあります。

「人事は水物」のような表現を用いる時にも、背景には、「人事権」の存在が見え隠れします。従って、絶大なる権限を有し、実際に、人事異動や人事評価を行うのも人事部である、と勘違いしてしまいます。よく混同して用いられるので、整理してみましょう。

人事評価など、人事制度に関する「仕組み」を作るのは、人事部です。しかし、仕組みを実際に運用して社員を評価するのは、「直属の上司」です。人事部が行うものではありません。

人事権は、あくまでも管理職である、直属の上司にあります。人事権を用いて部下を評価するのも、上司の大切な役割となります。なお、ここでいう上司という枠の中には、直轄部門の責任者や、経営幹部も含まれることになります(会社によって、多少の違いはあるかもしれませんが)。

一方、人事部は「評価」、「報酬」、「等級」に関する人事制度を構築し、仕組みが当初の目的に沿って、きちっと運用されているかを確認します。次に、各部門の上司が評価した内容に基づき、「昇格」や「降格」、「昇給」や「減給」の手続きを行います。人事異動の「発令」も、そのひとつに過ぎません。

「人事評価」は一体何のためにあるのか?

会社組織の中で働いている社員は、誰でも、自分がどのように「評価」されているのかを、気にしながら仕事をしています。多くの人にとって、「己の評価」が最大の関心事といっても過言ではありません。良い評価を得て、昇給、昇格し、出世することを目標に、日々の業務に励んでいます。

ひと昔前ですと、立身出世を目指す、企業戦士のイメージもありました。栄養ドリンクのコマーシャルにあった、「あなたは24時間戦えますか?」というインパクトのある、キャッチフレーズが思い出されます。

最近では、時代の変化とともに、ワークライフバランスを重要視する傾向も、見受けられます。仕事と生活のバランスを見直すことは、実に大切だと思います。

特に、日本の場合、いまだに「オン」と「オフ」の切り替えがうまくできない職場も多いので、この流れが、更に発展することを期待しています。それでも、自分が会社から「どのように評価されているか」に無頓着な従業員は、おそらくいないのではないかと思います。

人事評価の意味を要約すると、「社員に対して、仕事の成果に対する公正な処遇を行い、働く意欲を向上させる」ということになります。

会社は、業績の向上を目標として、従業員に少しでも良い成果を挙げてもらうために、様々な人事制度を設計します。加えて、「従業員満足度の向上」や、「評価の公平性」を追求しながら、少しでも効果のある、良い仕組みを構築しようとします。

その根幹を成すのが、人事評価の基準を定める「評価制度」と、階層や役職を規定する「等級制度」、及び、給与等を定める「報酬制度」です。この3つを、バランス良く連動させながら、効果的な制度設計を行うことになります。

しかし、本質的なところでは、所定の利益を挙げるために、全社員がやる気を持って、仕事に取り組めるような制度を作ることになります。必然的に、「ひとつでも上を目指す」仕組みとなって表れ、往々にして、席の配置など、目に見える形でも表れます。

人事制度は社員の出世意欲をあおる非常に有効な手段

会社にもよるでしょうが、部長や課長になると、机の向きが反対になって、部下を見渡す形になります。また、役員になると、個室があてがわれる場合もあります。外資系の場合、ディレクタークラスは、ほぼ間違いなく個室となります。

また、日系の会社では、役員専用のお抱え運転手がつくケースもあります(最近は減ってきたと聞いていますが)。新幹線のグリーン席や、飛行機のファーストクラスが使用できるのも、分かりやすい「特権」であると言えます。以前、日系企業で役員とふたりきりで出張した際には、お供としてグリーン席に座らされたこともありました。

施策は、肩書にも表れます。事業部長や本部長にはなれなくても、「副事業部長」とか「副本部長」のように、「副○長」といった職責を用意することで、少しでも多くの社員が出世した気分を味わえるよう、工夫を凝らします(日系企業でよく見かけます)。

名刺に入る「肩書」に至っては、もっといい加減で、時には、本来とは違う職責を表記することもあります。人事制度上は、課長職でなくても、社外的な効果も兼ねて、「担当課長」のような肩書を用意する場合が、相当するのではないでしょうか(このケースは、外資系企業にも散見します)。

以上のように、会社には、社員の「出世意欲をあおる」ことで、業績向上を図ろうとする一面があり、人事制度も、有効な手段として活用されることになります。働く側からすると、「昇給、昇格して偉くなって、社内でも注目される存在になりたい」という潜在意識が刺激されるので、つい人事制度の仕組みの中で踊ってしまいます。

ところが、上に行けば行くほど、ポストの数は減ります。全員が、仲良く出世できるはずはありません。いつか、どこかで、誰かがふるいにかけられて、「出世レース」から脱落することになります。実際、多くの会社員は、自分がふるいにかけられるまで、事実を意識することはありません。

大半の社員は、「まさか自分に限って、そんな目に遭うはずはない」と信じて仕事をしています。また、そう信じていないと、仕事も前向きにできません。しかし、この事実は、会社という組織の中にいる限り、避けて通れない現実でもあります。

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中山てつや

1956年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。日系製造メーカー及び外資系IT企業を経て、主にグローバル人材を対象としたキャリアコンサルティングの仕事に携わる。