菊池麻衣子さん(仮名)

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 セクシー女優に対するイメージは、ここ数年で変わってきている。深田えいみさんがTwitterでバズるなど、主体性を持って活動する女優も増え、その姿に憧れる女性も少なくない。しかし華やかに見えるのは、ごく一部の売れっ子の話だ。「売れない女優」は何を思い、何に苦悩するのか。なぜセクシー女優になり、売れずとも女優を続けるのか……その一例を取材した。

◆堅実に目指した看護職、ブラック病院で揉まれて

 地方出身だという菊池麻衣子さん(仮名・30歳)が、セクシー女優としてデビューしたのは26歳の時だったという。

「地元を捨てて、東京に出てきたのは20歳の時。両親はいわゆる”毒親”で、物心ついたころからさまざまな束縛や言葉のDVがひどく、折り合いが悪かった。何もない田舎も、家族のことも大嫌いでした。『早く地元を離れて東京に出てやるんだ』。その思いで看護科のある高校を選択しました。手に職があれば、一人で生きていくにも楽だろうと考えたからです」

 高校生のうちから堅実に看護師を目指した菊池さん。どうしてセクシー女優という仕事に流れ着いたのだろうか。

「看護科を卒業してすぐ、地元を出て東京の病院に就職しました。何もかもを両親に縛られていた地元での生活と比べたら、東京での一人暮らしは夢のようだった。でも、病院での仕事は辛いものでした。就職したのはいわゆるブラック病院で、患者の急変や救急対応で就業時間が伸びても残業代が払われないような病院。

 看護師は常に疲れていましたし、ナースステーションはいつもピリピリしていて、いじめで辞めるナースもいるほどでした。なんとか5年続けましたが、最後は過労や人間関係のストレスでうつ病を患い、退職することに。職を失っても、実家には帰れなかった。退職直後はうつ病もあったので、普通の仕事はできなくて……夜の世界で生きていくしかなかったんです」

 こうして病院を退職した菊池さんは、キャバクラに流れついたのだった。

◆キャバクラでスカウトされて……セクシー女優に転身

 そんな彼女だが、セクシー女優として活動して数年経つ現在も、恋人がいたことがないという。キャバ嬢として働きはじめた時も、男性とのコミュニケーションが上手くいかなかった。

「学生時代からずっと、身の回りは女性ばかり。男性と交流する機会はありませんでした。東京での生活を守るために高時給のバイトを選んだけど……社交辞令の対応は苦手だったし、ボディタッチにも過剰に反応してしまう私は、他の女の子から笑いものにされていました。指名もつかず、辞めようかと悩んでいる時に、お客さんとして来ていた今の事務所の社長と出会いました。

 社長に対してもうまく接客できず、黙って烏龍茶を飲むばかりだった。社長はそんな私に『それならうちで働いてみたら』と声をかけてくれたんです。それがセクシー女優としてのデビューのきっかけです。自分でもキャバクラは向いてないと思っていたから、藁にもすがる気持ちだった。なんの取り柄もない私だったけど、外見が女優向きだったみたいです。童顔で年齢より若く見えて、身長と胸が大きかったから。すぐにキャバクラを辞め、デビューすることになりました」

 こうして、実年齢よりサバを読んでのデビューとなった。セクシー女優になってからは、生活もずいぶん楽になったという。「キャバクラでは男性と上手に交流できなかったけど、セクシー女優としての仕事なら、男性との接触は演技でいいんだと思えた。台本さえあれば、カメラの前では女性らしく振る舞えました。両親に相談することもなく、独断で始めてしまったけど……現場は思ったよりも怖くなくて、仕事にはすぐ慣れました。