2020年度は最高水準の利益を計上する見通しだったが、終盤で思わぬ事態が発生した(記者撮影)

「多額の損失が生じる可能性」――。3月29日午前8時45分、野村ホールディングス(HD)が、アメリカの子会社が顧客と行う取引で大きな損が出る可能性があると発表すると、取引開始直前だった株式市場に激震が走った。

この日、野村HDの株には売り注文が多すぎて値段がつかない「特別売り気配」が点灯。株価は終値ベースで少なくとも過去20年で最大となる16%の下落となった。顧客と行っていた取引の詳細は不明だが、野村は「顧客に対する請求額は3月26日時点の市場価格に基づく試算で約20億ドル」と説明している。株価は発表前の水準から約2割下落。時価総額で約4000億円が吹き飛んだ。

野村HDは「プレスリリース以上の説明はできない」としているが、ブルームバーグやフィナンシャルタイムズなどの海外メディアの報道によれば、アメリカの「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」というファミリーオフィス(富裕層の資産運用法人)が投資で失敗したことが、損失が生じる原因とみられる。

最高水準の利益が出るはずだった

報道によると、アルケゴスと取引関係のあった複数の証券会社が円満解決に向けて協議したものの折り合わなかった。3月26日には一部の証券会社がアルケゴスから担保として預かっていた株式を売却。週明けから損失が出る可能性を公表する金融機関が相次ぎ、事態が明るみに出た。

日本の金融機関では野村HDの後に、三菱UFJ証券ホールディングスが「米国顧客」との取引で約2.7億ドル(約300億円)の損失が発生すると公表している。詳細はコメントしてないが、発表のタイミングからしてアルケゴスと関連している可能性が高い。

約20億ドル(約2200億円)の損失可能性は、絶好調だった野村HDの業績に冷や水を浴びせる形になった。2020年4月〜12月までに稼いだ税前利益は3968億円と過去20年の通期業績を上回る。2021年2月3日の決算説明会では「比較可能な2002年3月期以降で最高の利益水準」とアピールしていた。

利益が上向いたのは、コロナ禍を抜けた営業部門が尻上がりに伸びたことや、ソフトバンクグループの子会社株売り出しやANAホールディングスの巨額増資といった大型の引き受け案件が投資銀行部門で増えたことが大きい。また、日本橋の通称「軍艦ビル」再開発関連の利益約700億円も寄与した。

特に好調だったのはホールセール(法人向け部門)の市場部門だ。期初から金融緩和を受けてアメリカの債券売買仲介が急伸。法人向けの株式取引も前年同期比で約1.5倍(金融費用控除後の収益ベース)の水準まで増えた。際立つのは米州からの利益で、前年同期比約4倍に膨らんでいる。

ところが絶好調だった米州で、冒頭に触れたように多額の損失が発生する可能性が出てきた。ただ、仮に約2200億円の損失が発生しても、野村HD全体としてはすでに稼いだ利益で吸収できるため、財務基盤の毀損は避けられる。むしろ、気がかりなのは今回の問題が及ぼす中長期戦略への影響だ。

社債発行中止の影響度

野村HDは約2200億円の損失可能性と同時に、3月24日に発表した約32.5億ドル(約3575億円)の社債発行を中止すると発表した。社債発行の目的は「野村証券を含む子会社への貸付」としか明示していないが、この資金調達で仮に大型のM&Aなどを計画していたとすれば、時機を逃す可能性がある。

【2021年4月6日15時5分追記】初出時の格付けに関する表記を一部修正いたします。

加えて、野村HDの企業としての信用力を示す格付けが見直されている。格付け投資情報センターがA+からAに引き下げたほか、ムーディーズ・ジャパンは格付け見通し(Baa1)を安定的からネガティブに変更した。事態の収束後に再度起債するとしても格付けが悪化すれば資金調達コストが上昇する。アメリカの金利上昇が続く中で、社債の発行が遅れるほど将来の調達コストが増えてしまう。

奥田健太郎グループCEOが掲げてきた「パブリックからプライベートへ」という戦略も見直しを迫られるかもしれない。

野村が展開する「プライベート」には2つの意味がある。1つは上場株式に代わる資産の活用で、非上場株式などの取り扱い強化が代表例だ。資産運用会社のスパークスとの提携で非上場投資法人の上場を計画しており、こちらは比較的順調に進んでいる。

もう1つは、従来の画一的なサービスにとどまらず、顧客1人ひとりのニーズに合わせた投資のアドバイスを提供する取り組みだ。高度な資産運用はもちろんだが、事業承継や相続など、扱う分野は幅広く、欧米などで主に富裕層向けに展開されているビジネスモデルに近い。

中でも中核となるのが、2020年6月に野村証券に立ち上げたCIO(チーフ・インベストメント・オフィス)グループだ。機関投資家向けと同等のサービスを法人オーナーなどの営業部門が担当する顧客に提供する。また、野村では別途預かり資産の一定割合を報酬として受け取る仕組みの導入も検討している。

プライベートビジネスに暗雲

今回の問題は野村がこれから強化しようとしていた「プライベート」の領域で発生した。アルケゴスはヘッジファンドばりのハイリスク・ハイリターン投資を行っていたようだが、富裕層が資産運用を行うファミリーオフィスであったために規制が緩く、保有資産の内訳などの開示がなかった。

今回の一件で金融当局は個人の資産でも資本市場を揺るがす可能性があると改めて認識したはずだ。より厳格なリスク管理を求められることになれば、金融機関にとっては収益機会が減少することになる。国内では、野村HDが構想するプライベート領域での新たなビジネスモデルの展開に、金融庁が待ったをかける可能性すらある。

グループCEO就任から約1年。奥田CEOは今年6月の株主総会後に野村証券の社長も兼務する予定で、グループを指揮する権限がさらに拡大する。4月27日に予定される決算発表に合わせて、アメリカで起きた不測の事態をどのように説明するのか。事態の収拾と今後の経営戦略の在り方が問われており、1つ目の正念場を迎えている。