アメリカや中国には200社以上存在する「ユニコーン企業」ですが、日本にはたったの7社しかありません。その根本原因とは?(写真:kikuo/PIXTA)

起業10年以内で未上場ながら10億ドル以上の市場価値のあるベンチャー企業のことを「ユニコーン企業」呼ぶ。

現在、アメリカや中国にはこのユニコーン企業がそれぞれ200社以上存在するが、日本にはたったの7社しかないのが現状だ。

この違いは、市場環境や人口だけが原因ではない、と指摘するのは『中国オンラインビジネスモデル図鑑』などの著書を持ち、中国のビジネス事情に詳しい王沁氏だ。その理由を聞いた。

中国と日本には共通点もある

現在、中国では多くの分野がオンライン化され、“デジタル後”の世界になっています。

買い物、フードデリバリー、配車サービスなどはもちろん、医療や学び、賃貸住宅の契約、納税もオンライン、新発売の化粧品をスマホの画面上で試すことだってできます。

また、リアル店舗がこれまでのビジネスの延長でECをはじめるのではなく、EC事業者が顧客体験の向上のために実店舗を出店するという従来とは逆のビジネスモデルがすでに定着しています。

このように、中国では、SNSやEC、決済、エンターテインメント、資産管理、自己啓発、健康、ビジネスなど多岐にわたって独自のオンラインサービスが発展しており、IT企業・スタートアップの聖地として有名なアメリカのシリコンバレーもこれらの中国企業やオンラインサービスに注目しています。

日本には、クリエイティブな人材が豊富で、洗練された製品デザインや業務プロセス設計に長けていますし、安心・安全の「ジャパンブランド」という武器もあります。

一方、中国は開発者の数が桁違いに多く、効率的で迅速な改善によって日々新たな技術が生み出されるスピード感があります。
そして、両国に共通するのは、科学技術とチームワークを大切にする文化です。日本ではあまりイメージがないかもしれませんが、中国のビジネスパーソンは、日本同様チームで成果を出すことを意識している人が非常に多いのです。

このように共通点のある日本と中国ですが、高い成長が見込まれる、いわゆる「ユニコーン企業」と呼ばれる企業の数には大きな差があるのが現状です。

ユニコーン企業とは、市場価値10億ドル以上で、起業してから10年以内、未上場の企業を指す言葉です。創業から日が浅いにもかかわらず市場から高い評価を得ているスタートアップ企業を、伝説上の生き物になぞらえてこのように呼んでいます。

現在中国には、「滴滴出行(DiDi)」、「螞蟻金服(アント・フィナンシャル)」、「TikTok」を運営する「バイトダンス」など200を超えるユニコーン企業があります。一方、日本のユニコーン企業は、2020年時点で、ディープラーニング技術の「Preferred Networks」やニュースアプリの「スマートニュース」など7社です。

この違いはどこから生まれるのでしょうか。

起業における日中の「決定的な差」

ユニコーン企業が生まれるための必要条件は「市場×人材×資金×軌道修正力」です。中国は膨大な人口母数のおかげで、世界各国と比べても有利な市場環境と多くの起業家人材を持っています。また、高い成長性を狙って近年国内資本だけでなく海外投資家の資金が流入しており、中国のベンチャー企業の成長を後押ししています。日本からもソフトバンク・ビジョン・ファンドなどが数多くの投資を行っています。

しかし、起業における日中の決定的な違いは、「軌道修正力」にあると私は考えています。

軌道修正力とは、試行錯誤を繰り返しながらよりよい方向に事業を導いていく力のことです。状況によって臨機応変に戦略を変えるフットワークの軽さと言ってもいいでしょう。

たとえば、中国のベンチャー企業は、まずアプリなどのサービスをつくり、ユーザーを増やしてから収益を上げる方法を考えます。ビジネスは「客数×客単価×利用頻度」ですから、新たなサービスを加えながらすべてを底上げしていくという考え方をします。とにかくさまざまな機能やサービスをリリースし、うまくいったものだけを残していくという考え方。「走りながら考える」と言ってもいいでしょう。

一方、多くの日本のベンチャー企業は、事業計画を綿密に立て、マーケティングを行うなど、準備に多くの時間を使ってから事業を開始します。これは、成功の確率を上げるためですが、スタートの段階で戦略やビジネスモデルががっちりとかたまっているため、新機能や新サービスを矢継ぎ早にリリースしたり、うまくいかなかった場合、ビジネスモデルを転換したりすることが難しくなるというデメリットがあります。

さらに、この軌道修正力の違いは、失敗に対する包容度、および判断基準の違いとも関連しています。

日本では一度の失敗が、ブランドイメージや取引先、顧客との信頼関係に大きなダメージを与えます。「失敗コスト」が非常に高いのです。また、結果にたどり着くためのプロセスを重視する傾向があります。

一方、中国では成果主義の色が濃く、過程において失敗を繰り返しても、結果的に成果を出せれば評価されます。それが、試行錯誤しやすい環境をつくり出しているのです。

何かに挑戦して成功すれば評価されるのは両国とも同じです。これは当然ですね。しかし、挑戦して失敗した場合、そして何もしなかった場合の評価については両国で差があります。日本では何かに挑戦し、失敗した場合、マイナス評価を受けます。一方、中国では挑戦していればたとえ失敗したとしてもある程度評価されます。

逆に中国では何も挑戦しない現状維持は、「失敗」と見なされ、マイナス評価を受けます。翻って日本では、挑戦せず現状を維持すれば一定の評価を受けることができます。

このような、考え方の違いが両国の起業に大きな違いを生んでいると考えられるのです。

「PDCA」ではなく「TECA」も必要

日本では、PDCA が重視されます。慎重に計画を立て、改善を繰り返しながら事業や商品をよりブラッシュアップしていく。このスキルにかけては、日本にかなう国はないでしょう。

このスキルのおかげで、日本製品は世界一の精度を誇っているわけです。
一方、中国では、T(Try)・E(Error)・C(Check)・A(Action)という考え方が一般的と言えます。とにかくスピードとアウトプットの量が重視され、失敗をしながら学んでいく。この考え方でビジネスを進めると、最初のうちは精度が粗かったり、品質が悪かったりという問題が起こりがちです。しかし、そのスピードのおかげで資金調達などの面で優位に立つことができます。変化の激しい現代のビジネス環境で投資を呼び込むにはライバルに先駆けて事業を開始することが何よりも大切だからです。

中国にユニコーン企業が多いのは市場環境や人口が大きく貢献しているわけですが、この失敗を恐れないスピード感も大きな要因なのです。


中国でもアメリカでも同じですが、事業が軌道に乗り成功するベンチャー企業はほんの一握りです。多くのベンチャー企業は市場からの撤退を余儀なくされます。

それでも、新たなベンチャーが続々と立ち上がるのは、彼ら、彼女らが失敗の痛みを経験しなければ、成長できないということを知っているからです。

日本でも、ベンチャー企業がスピードとアウトプット量を重視し、失敗しながら成長していくためには、一度失敗しても再就職できるよう、人材の流動性を高め、社会全体で失敗を許容、奨励する空気づくりが求められているのではないでしょうか。