中年男性社員たちのほのぼのとした動画をTikTokに多数投稿し、成功している企業。支持される理由と、そもそもの狙いとは?(画像:大京警備保障のTikTokより)

中国発のショート動画プラットフォーム「TikTok」がブームとなって久しい。昨年時点ですでに推計ダウンロード数は20億回以上。15〜60秒ほどの短い尺の動画が中心だ。

アプリ内でも簡単な編集機能が備わっており、YouTubeと比べて制作コストや人的リソースが少なくて済む。

しかし、内容の多くは一般人のダンスなどだ。TwitterやInstagram、Facebookなどと比較すると、ビジネス活用は難しいというイメージを持っている人が多いのではないだろうか。

そんな中、40〜50代中年男性社員たちのほのぼのとした動画を多数投稿し、成功している企業がある。東京・新宿区に本社を置く、大京警備保障という警備会社だ。

企業公式アカウントながらTikTokフォロワーは約15万人、動画の総再生回数5000万回以上を突破している。なぜ警備会社がTikTokなのか。この取り組みを企画、運営してきた広報の畠山さんに伺った。

バズの鍵は「中年男性×はやりもの」

筆者が大京警備保障株式会社を知ったきっかけは、オフィスで3人の中年男性がTikTokではやりのダンスをぎこちなく踊っている投稿だった。

TikTokは若年層が多いプラットフォームで、若者がダンスをするといった投稿が多い。そんな中で、同社のものは異彩を放っており、気になったので再生してみたところ、すっかりハマってしまった。

登場するのは、恰幅がいいこわもての中年男性たちだ。中でも筆者は「初めての◯◯」シリーズが目をひいた。

あるときは、同社の部長さんが、人生初のスタバでややこしい名称のフラペチーノを無事買えるのかをレポート。またあるときは、若者に人気のスイーツを40〜50代とおぼしき男性社員たちが頬張る様子が続々とアップされている。

「でっかいカラフルなわたあめ食べてほしい!」「いちごあめってもう食べました?」など、フォロワーからのリクエストにもばっちりこたえている。

「若い人がみんな知っているアイテムを前にしても、中年の男性社員は毎回新鮮なリアクションをとってくれます。それがかわいらしく見え、ウケているようです」(畠山さん)

今こそ人気アカウント化しているが、最初は手探りだったという。ひたすらにTikTokを使いこみ、そこで気づいたことをどんどん投稿に盛り込んでいったそうだ。

「まずは考えるよりやってみよう!と、スタートしました。でも、社内の中年男性だけだと難しいので(笑)、はやりモノを組み合わせています。検索ワードでひっかかりますし、自然とフォロワーも伸びていきました。やっていくうちに、フォロワーさんから『部長に◯◯を食べてほしい!』などのメッセージも届くようになったので、企画にも取り入れています」(畠山さん)

「ツッコミどころ」が大事


TikTok投稿動画の撮影風景(写真:筆者撮影)

畠山さんが実践するコツのひとつに「ツッコミどころ」を作る、というものがある。

「視聴者がリアクションしやすい内容なら、反応がたくさんあり、視聴数も伸びます。あえて、みんなが仕事をしている中で、ひとりだけが踊る投稿をしたのですが『会社でなにやってんだよ(笑)』など多数のリアクションがありました。そんなふざけたことができる=風通しがいい会社、というイメージを持っていただければ、採用応募のハードルも低くなると考えています」(畠山さん)

TikTokにはまだ中小企業のアカウントは多くないため、今は完全にブルーオーシャン。しかし、畠山さんは慎重だ。「宣伝でやっている感が出てしまうと絶対に見てもらえないので、社員が楽しんで仲良くやっている空気を伝えようと心がけています。部長も最初は恥ずかしがっていましたが、今はノッてきていますね。やっぱり、本人が楽しんでいることがいちばん大事です」と語る。

アカウントに投稿している動画はすべてiPhoneで撮影し、編集もスマホだけで行っている。短い尺の動画でも「より楽しんでもらえるものを」と考え、撮影から投稿まで3〜4時間かかることもあるそうだが、畠山さんも日々楽しく業務に取り組んでいるという。


「部長」こと和田浩幸氏(写真:筆者撮影)

同社アカウントで人気の「部長」こと和田浩幸さんは、もともとTikTokについてまったく知らなかったそうだ。

「想像すらできないから、会社にどんな影響があるのかも検討がつかなかったし、まるで『地球の裏側で行われていること』のような感覚でした」という。

和田さんに、素直に楽しめているか、負担に感じていないか聞いてみると、

「自分の知らない世界が広がって行くのが面白いし、新しい自分を発見した感じです。たくさんコメントをいただけるのはありがたいけど、みなさんがなぜおっさんを好意的に見てくれているのかは、よくわからないんですが(笑)。警備業界へのネガティブイメージの払拭を目指しているので、これを機に興味を持っていただければうれしい」

と、笑顔で語ってくれた。

TikTokが「採用広報」に役に立つ

さて、そもそも同社がTikTokに取り組む目的は何なのだろうか。畠山さんはこう語る。


広報の畠山さん(写真:筆者撮影)

「その場に立っているだけで、抑止力になるのが警備員です。警備会社としての知名度が上がれば、さらに安全が増すので、宣伝・広報活動には従来より力を入れてきました。TikTokを使うのは、若年層の採用にも効くのではないかと思うためです。それで2020年3月にアカウントを立ち上げました」(畠山さん)

大京警備保障はこれまで、求人メディアへの採用広告出稿費として月に130万円以上かけていた。それが、TikTokなら広告宣伝費をかけずとも狙う層に求人訴求ができると見込んだそうだ。

警備業界では、人手不足や高齢化が進んでいる。「キツそう」「職場の人も怖そう」などのネガティブイメージがあるのか、採用に苦戦してきたが、TikTok活用が流れを変え、応募が一気に増えたという。

具体的には、これまで問い合わせは100人以上届き、実際の応募は50人以上。10人の採用につながった。

「実際に社内の空気もわかったうえでの応募なので、こんなはずではというミスマッチも避けやすく、面接の通過率も高いんです。これまでたくさんの求人広告を出稿しても、月1人採用できるかできないかだったので、すごい効果です」(畠山さん)


雇用に困っている方向けの採用募集動画も(画像:大京警備保障のTikTokより)

同社はコロナ禍で仕事に困っている人に向けて、PR動画も配信している。実際に、TikTokの経由で応募した20代の男性警備員もいる。「九州から上京してきたんですが、コロナの影響でアルバイトが見つからず、10社受けて全滅でした。TikTokでたまたま弊社の求人を見つけ、すぐ応募したところ採用されました」と語っていた。

企業アカウントが少ない今がチャンス

こうした企業初のTikTokは今後広がるのだろうか。TikTokに詳しく、多くの企業にSNSのコンサルティングを行っているSNSコンサルタントのりゅートリックスさんは、「TikTokはまだ企業アカウントが少ないので、チャンスがある」と話す。

TikTokを広報活用したいと考える企業も増えていますが、『いったいどうしていいかわからない』という意見が非常に多いです。僕がおすすめしているのは、あまり作り込みすぎないものです。一般人がフォロワーを増やすならYouTubeのように面白さや企画勝負になりますが、企業アカウントはあくまでも、『社内のわいわいした感じ』といった雰囲気が伝われば、十分効果的ではないでしょうか」(りゅートリックスさん)

ブラック企業やパワハラが敬遠される今、会社の日頃の楽しげな雰囲気を伝えればいいのだという。大京警備保障についてはこう分析する。

「『楽しそうで、ホワイトな会社』というほんわかした雰囲気が一貫していて、安心感があります。最初の投稿で流れを作ったあとは、TikTokではやっているネタにひたすらのっかっているのもいいと思います。求められているのは、あくまでも軽いノリ。企業アカウントは、それだけでギャップがあり、インパクトがあります。

働きたい会社があったとしても、内部のリアルな様子はなかなか把握できません。OB・OG訪問したり、採用サイトを調べたりしても、実際はわからないですよね。その点、動画は情報量が多いし、偽ることができないので、実際のところが伝わりやすいです」(りゅートリックスさん)

りゅートリックスさんはさらに、リスクなく広報活用するなら、「企業」ではなく「社員」アカウントをおすすめしたいという。

「企業アカウントは責任が伴うので、コンテンツ選択のミスで炎上のリスクがつきまといます。企業としての発信はリスクが大きいですが、個人でなら会社にまで飛び火しにくい。企業アカウントでバズを狙うのではなく、社員自身がインフルエンサーになるのがいいと思います」(りゅートリックスさん)

データ分析企業のApp Annieは、TikTokは2021年度もさらに利用者の拡大が続くと予測している。うまく乗りこなす企業は出てくるか――。