帝国ホテル東京

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 新型コロナウイルスの感染拡大による宿泊客の大幅な減少で多くのホテルが苦境に立たされ、倒産や休業も相次いでいます。そんな中、帝国ホテルが「サービスアパートメント(家具・家電にホテル並みのサービスも付き、長期・短期滞在できる高級賃貸住居)」事業を開始し、「月額36万円(税・サービス料込み、以下同)」の滞在プランを2月1日に売り出しました。

 高級ホテルを1泊1万2000円で利用できるとあって、ネット上では「月36万円で帝国ホテルに住める」「意外と安い」などと話題になりました。なぜ、帝国ホテルは滞在プランを発売したのでしょうか。その狙いを取材するとともに、コロナ禍で苦境に立たされたホテルが生き残っていくための戦略を、ホテルジャーナリストに聞きました。

「泊まる」ではなく「住まう」新業態

 帝国ホテル東京が開始した新事業は「帝国ホテル サービスアパートメント」。客室の広さに応じて「月額36万円(約30平方メートル)」「月額60万円(約50平方メートル)」「月額72万円(コネクティングルームで約34平方メートル+36平方メートル)」の滞在プランをそれぞれ発売しました(5泊からの短期利用も可能)。各プランの対象期間は3月15日から7月15日までです。

 事業を立ち上げた狙いについて、同ホテルの広報担当者に聞きました。

Q.「帝国ホテル サービスアパートメント」を立ち上げた経緯や狙い、滞在プランの予約状況について教えてください。

広報担当者「新型コロナウイルスの流行以前から、当社では事業を支える柱の一つとして、サービスアパートメントに関する事業を構想していました。事業実現の決め手となったのは緊急事態宣言下の昨年5月、当社社長の定保英弥が全従業員約2500人に対して、コロナ禍を生き抜くためのアイデアを募集したことでした。応募があった約5500件のアイデアを集約していく中でサービスアパートメントも浮上し、元々の構想と合わせて、実現に向けた準備を早急に始めました。

この事業は主に(1)新型コロナウイルス感染防止のための“第2の仕事場”としての利用(2)法人企業によるBCP(事業継続計画)対策としての利用…などコロナ禍で顕在化したビジネス需要に応えることを想定しています。そのため、『泊まる』ことを目的とした宿泊ではなく、『住まう』ことを目的とした新業態としてのサービスアパートメントであり、宿泊とはコンセプトが全く異なります。

おかげさまで想定外の反響を頂き、発売当日の2月1日に全プランが完売しました」

Q.「帝国ホテル サービスアパートメント」よりも前に月額の滞在プランを販売しているホテルもありました。事業を立ち上げる上で他社の事例は意識したのでしょうか。

広報担当者「当社が今回の事業を立ち上げる以前から、他社さまもさまざまな長期の『宿泊プラン』を販売していることは把握していましたが、そもそも、目指す業態が違うので、事業を立ち上げる上では基本的に参考にしませんでした。一方、サービスアパートメントを運営する事業者さまについては参考にさせていただきました」

Q.ネット上では「月額36万円は安い」「安売りしないで」「(ホテル内を)Tシャツや短パン姿で歩く人がいるかも」などと、ホテルのブランド価値の低下や客のマナーの悪化を懸念する意見も出ています。それらの意見についてはどのように捉えますか。

広報担当者「先述の通り、当社が展開するサービスアパートメントはあくまで、居住空間を提供するサービスであって、宿泊とはサービスが根本的に異なります。例えば、リネン、タオル、寝間着類の交換や客室内の清掃は週3回しか行いません。また、シャンプーなどの備品は使い切っても一切交換しないため、長期間住む上で必要な物は基本的にお客さまご自身で用意する必要があります。

ホテルという概念が先走り、宿泊料金と比較して誤解される人もいらっしゃいますが、料金において比較すべき対象は近隣のサービスアパートメントです。今回、当社が設定した料金はサービスアパートメントの相場と比較してもかけ離れてはいません。

ホテルを利用されるすべてのお客さま、つまり、『帝国ホテル サービスアパートメント』利用者を含むお客さまに対して『浴衣、バスローブ、スリッパなどで客室外に出ること』をご遠慮いただくよう、ホテルの利用規則を通じてお願いしています。また、宿泊フロア、サービスアパートメントフロアにそれぞれセキュリティードアがあるため、お客さまは両フロアを自由に往来できません。

大変ありがたいことに、当ホテルの空間はお客さまのマナーとモラルに支えられています。お客さまによって保たれた品位が自然と、抑制の作用を生み出すことで節度ある空間が常に維持されています」

Q.事業について、これまでにどのような意見が寄せられているのでしょうか。

広報担当者「『コロナ禍でホテルも大変だが頑張ってほしい』『新しい試みに挑戦する企業姿勢は頼もしい』など励ましの言葉を多く頂いており、身の引き締まる思いです。この事業を通じ、『ホテルに住まう−HOTELiving(ホテリビング)』という新しい価値、新しいライフスタイルを世の中に発信するきっかけになれればと思っています」

Q.今後も販売する予定はありますか。また、帝国ホテル大阪など他の地域のホテルでは実施しないのでしょうか。

広報担当者「当事業は7月16日以降も継続する予定です。今回の滞在プランは最長4カ月ですが、今後は『半年』『1年』など、より長期の滞在プランの販売も検討しています。なお、7月16日以降の滞在分の販売開始時期は未定です。滞在プランは今回と同様、帝国ホテル東京のみで実施します」

ホテルが生き残るには?

 コロナ禍で苦境に立たされたホテルが生き残る上で、どのような戦略が求められるのでしょうか。ホテルジャーナリストの高岡よしみさんに聞きました。

Q.コロナ禍でホテルの宿泊客数が減少する中、帝国ホテル(30泊31日36万円から)やホテルニューオータニ(30泊31日75万円から)などのように、月額の滞在プランを販売するホテルが増えています。ホテルの月額滞在プランのメリット、デメリットを教えてください。

高岡さん「利用客が一定期間滞在するため、ホテルの稼働率が上がります。それにより、ホテル内のレストラン、バーの収益改善も期待できます。また、月額プランは1泊当たりの料金が通常よりも安く設定されているため、宿泊客にとってもメリットがあります。特に、帝国ホテルが今回発売した月額36万円のプランは、フィットネスセンターやラウンジの利用などホテルのサービスも受けられて1泊1万2000円なので、富裕層向けのプランとしては『破格』といえるでしょう。

一方、帝国ホテルなどが月額プランを販売したことについて、『帝国ホテル』『ニューオータニ』といったブランド自体に価値を見いだすファンからは『安売りしないで』などの声も聞かれます。プランが安くなればなるほど、宿泊客のマナーが悪化する傾向があり、ホテルのブランド価値が低下するリスクもあるからです。

例えば、コンビニのレジ袋を提げたスエット姿の宿泊客が高級ホテルのロビーにいるのを、高級ホテルに憧れやステータスを感じている人が見たら、どう感じるでしょうか。興ざめする人が多いのではないでしょうか」

Q.コロナ禍で苦境に立つホテルが生き残るためには、どのような戦略が求められるのでしょうか。

高岡さん「コロナ禍で新たな顧客を獲得するためには、月額プランの販売だけでは不十分です。ホテルは観光やレジャーのための『泊まる場所』だけではなく、仕事場としての利用や宿泊を伴わない日帰り利用、今までにはない切り口での体験型イベントの開催など新たな利用価値を生み出す必要があります。

例えば、テレワークを導入する企業が増えましたが、設備の関係で自宅だと仕事がはかどらない人やオンライン会議が一日の大半を占めるようになった人もいます。そうした人たちに向けて、ホテル側が快適なネット環境や会議にも利用可能な防音性に優れた部屋、ルームサービス、クリーニングなどを提供すれば、新規顧客の獲得につながる可能性があります。

実際に、私の友人でイベント関係の仕事をしている人は大規模なオンライン国際会議の配信オペレーション基地として、ホテルの宴会場やスイートルームの利用を検討しているようです。そのような需要をうまく拾うことが非常に大切です」