トイレで流したうんちは、どう処理されるのか。ジャーナリストの神舘和典氏と編集者の西川清史氏が、横浜市鶴見区の「北部第二水再生センター」を取材した。うんちが処理され、「汚泥ケーキ」になるまでの過程を紹介しよう--。

※本稿は、神舘和典、西川清史『うんちの行方』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/polygonplanet
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■横浜の「北部第二水再生センター」へ

北部第二水再生センター(横浜市鶴見区)の正式名称は「横浜市環境創造局 下水道施設部北部下水道センター」。生麦近くの海辺にある。

江戸時代の末期、1862年に薩摩藩の島津久光の行列に、馬に乗ったイギリス人の男女4人が乱入した。大名行列がいかなるものかを理解していなかったのだろう。いきり立った藩士たちは4人に切りかかり、そのうちの一人、チャールズ・レノックス・リチャードソンが斬殺された。それが薩英戦争の引き金になった生麦事件だ。

この歴史的な出来事があった生麦の南方の沿岸部を埋め立てたところに、北部第二水再生センターはある。トラックが行き来する産業道路から海に向かってどんどん進み、人気がなくなったエリアだ。

人口約370万人の横浜市には汚水・下水を浄化する水再生センターが11か所あり、うち5か所は日量20万トンの下水を処理する能力を持っている。その一つが北部第二水再生センターである。

明治初年、建設当時の下水道は煉瓦製。卵のとがった方を下にしたような、楕円の大下水道が地下鉄工事の際に見つかっている(現在、センターの入り口に一部が展示されている。小平市ふれあい下水道館の展示資料によると、横浜中華街南門通りで一部が使われているそうだ)。なぜ卵形かというと、ウンチや生活排水の油が内壁にこびりつかず、かつ流量が少ない場合でも流れやすいためだ。

■自然循環のストーリー

センター内は、横浜市に勤めて約35年、下水道事業に携わっているベテランの男性職員が案内してくれた。

「北部第二水再生センター」の反応タンク。この下で微生物が汚水の中の有機物を分解している

まず、横浜市の水再生システムを簡潔に説明する下水道を紹介するDVDを見せてもらった。水環境キャラクターが下水道を旅して水再生センターにたどり着き、浄化され、海に流れて蒸発していく自然循環のストーリーだ。

登場する二人のキャラクターはアニメだが、場面はすべて実写されている。下水道の内壁に汚物が付着しているのがわかる。

映像を見て、若いころに観たキャロル・リード監督の名作『第三の男』を思い出した。

映画のクライマックスはウィーンの下水道での追跡シーン。ジョセフ・コットンと警察隊が、汚水が流れる地下でピチャピチャと水しぶきをあげて殺人犯を追い詰めていく。その撮影の時、犯人役の主演男優、オーソン・ウェルズは「汚いから嫌だ」と下水道に入るのを拒否したという。だから、映画のクライマックス・シーンであるにもかかわらず、下水道では代役によって撮影された。地上へ逃げようと下水道から路上へ指を出すシーンは、キャロル・リードが代わりにやったそうだ。

下水道のDVDを見て、オーソン・ウェルズが撮影を拒んだ気持ちが少し理解できた。

■邪悪な色のビーカー登場

DVDを観終わると、水質試験室に案内された。テーブルに大きなビーカーが4つ置かれていた。

初めて見る下水は、なんというか、邪悪な色をしている。これは横浜市民の生活の現場から届いた生活排水や雨水だ。米のとぎ汁やら、風呂の水やら、洗濯水や、うがいをした水や、鼻水やタンなどが混じりこんだ液体である。

もちろんここには血や汗や涙や、当然ながらオシッコもウンチもたっぷりと混入している。コロナウイルスに感染した人のものだって混じっているはずだ。そう思うと、感慨もひとしおである。

案内の職員が白いプラスチックの棒で勢いよくかき混ぜる。

「ほら、白い小さなものがいっぱい見えますでしょ? これはトイレットペーパーです」

そういいながら、またもや勢いよくかき混ぜ始める。

ジントニックじゃないんだからそんなに丁寧にかき混ぜてくれなくてもいいのにと思うが、それは言えない。

「嗅いでみますか?」

職員に勧められた。

「任せたから、任せたから」

共著者であるにもかかわらず、西川さんが後ずさる。ジャーナリストとは思えない態度だ。しかたなく、ビーカーに鼻を近づける。

下水処理場に到着したばかりの下水を嗅ぐ筆者(神舘)

カビのようなにおいに、ケミカルな刺激臭が混じっている。ちょっと目も刺激する。

■下水道にはなんでも流れてくる……

前述のプロセスのとおり、水再生センターに届いた下水は、まず「最初沈殿池」に流れ、固形物を沈殿させる。そののち、「反応タンク」に移されて微生物による有機物の除去を行う。クマムシやらミドリムシという微生物が下水中の有機物を分解するのである。DVDでは微生物が有機物を食べている顕微鏡映像もあった。

下水は反応タンクの中で細菌や微生物と混ぜられ、空気を入れてかき混ぜられる

その反応タンクの液体が2番目のビーカーに収められていた。しばらくすると、ビーカー(同右下)の下半分に褐色のどろんとした綿菓子のようなものが漂ってくる。上半分はやや透き通っている。

微生物が下水の汚物を食べ、底に沈むと、下水が澄みはじめる

「この茶色いものが微生物の塊です」

またもや職員が白い棒で勢いよくかき混ぜて見せてくれる。ビーカーの中の液体が一様に茶褐色になる。

その後、屋外へ出て、沈砂池、最初沈殿池、反応タンク、最終沈殿池と見てまわった。とにかく広大だ。てくてくと歩きまわり、会話を交わした。

「下水にはいろんなものが混じっているんでしょうねえ」

歩きながら訊ねる。

「それはもう、たくさん」
「コンドームなんかも流れてくるんでしょうねえ」
「生理用品やパンツ、パンストなんかも流れてきます」

下水道にはなんでも流れてくるらしい。

反応タンクまで来ると、金属製のブルーのカバーを少しだけ開けて見せてくれた。空気が送り込まれてブクブクと泡立っている。ここで微生物が汚水に含まれる有機物を分解しているのだ。絶対に落ちたくない。

浄化システムを進むと、水が澄んでいくのがわかる。

浄化された下水は最終的に透明な水になる

きれいになった水は横浜の海に勢いよく放流されていた。

浄化された下水は横浜の海に流される

下水は温かいので、放流するエリアの海の水温が高くなる。そのためにクロダイやスズキが集まってくるそうだ。その魚を目当てに海鳥たちも集まってくる。

■「汚泥ケーキ」ができるまで

汚水が浄化されるプロセスは理解できた。しかし、気になることがある。それは、沈殿池に大量に沈むウンチの混じった汚泥だ。まさか放っておくわけにはいくまい。

神舘和典、西川清史『うんちの行方』(新潮新書)

どこでどう処理されるのだろう――。訊ねると、水再生センターに隣接する北部汚泥資源化センターに案内された。

「ここは汚泥を処理する施設です」

そう言う職員のあとをついて歩いていく。すると、なにやら近未来のSF映画にでも出てきそうな巨大なコクーン状のタンクが見えてきた。なまじの大きさではない。「汚泥消化タンク」というらしい。それが12基も並んでいる。

この北部汚泥資源化センターでは、次の行程が行われていた。

(1)水再生センターの最初沈殿池や最終沈殿池に沈んでいる「生汚泥・余剰汚泥」をかき集め、ポンプで汚泥資源化施設へ運ぶ

(2)運ばれた汚泥はフィルター機能のある専用の機械によって水分をしぼり取られ、約95%の量になるまで濃縮される

(3)密閉された巨大な汚泥消化タンクで微生物の力を借りて、約36度の熱で約25〜30日間温め、汚泥中の有機物を分解する

(4)(3)で生じた消化ガスはガス発電設備で発電、水再生センターや汚泥資源化センターを稼働する電力として利用。ほかの自治体では公共の施設や温水プールの稼働に利用されているケースもある

(5)消化タンクから引き抜かれた汚泥は「汚泥脱水設備」で脱水機にかけられ、さらに水をしぼり取り、「汚泥ケーキ」といわれる状態になる。汚泥ケーキは最初の汚泥の状態の約20分の1の体積になる

(6)汚泥ケーキは「汚泥焼却設備」で1000度近い高熱で灰の状態になるまで燃焼される。焼却灰は最初の汚泥の状態の約400分の1の体積になる

横浜市では、かつては汚泥資源化センターで灰状の汚泥を固めて煉瓦や花瓶を作っていたそうだ。トイレから流されたウンチがめぐりめぐって花瓶になり花を咲かせるとは、なんと夢のある話ではないか。

現在は、主に土と混ぜて「改良土」として建設資材に利用されている。他の自治体では、農作物を育てる肥料として使われたり、セメントの原料になったりもしている。

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神舘 和典(こうだて・かずのり)
ジャーナリスト
1962年東京都生まれ。著述家。音楽をはじめ多くの分野で執筆。『墓と葬式の見積りをとってみた』『ジャズの鉄板50枚+α』(いずれも新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。
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西川 清史(にしかわ・きよし)
編集者
1952年生まれ。和歌山県出身。上智大学外国語学部仏語学科卒業後、77年文藝春秋入社。『週刊文春』『Number』編集部を経て『CREA』『TITLe』編集長に。2018年副社長で退職。
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(ジャーナリスト 神舘 和典、編集者 西川 清史)