ドリュー・バリモア

 生後11か月でCMに出演し、4歳で映画デビュー、7歳で出演した映画『E.T.』(1982年)で一躍スターとなったドリュー・バリモア。世間から“天才子役”ともてはやされた一方で、飲酒や喫煙、薬物で私生活は荒れまくり、13歳のときには精神科病棟に入院させられた。今では2児の母としてすっかり落ち着いたドリューだが、先日出演したラジオでは「母は私をモンスターに育てた」と語り、当時の過酷な日々を振り返った。

◆9歳で酒・タバコ、10歳で薬物に手を出した

『E.T.』で主人公の妹役を演じ、その愛らしさから人気子役としてハリウッドを席巻したドリュー。しかし、子役で有名になったことで、学校でいじめにあい、不登校になってしまったという。

 学校に行かない代わりに、幼いドリューが連日足を運んでいたのがニューヨークのクラブ。母親のジャイド・バリモアによって、連日パーティーに連れ出されていたドリューは、幼い頃から夜遊びをするように。その結果、9歳から飲酒や喫煙を始め、10歳でマリファナを、12歳の時にはコカインを乱用するようになり、私生活はどんどん荒んでいったそうだ。

 制御不能となったドリューは13歳のとき、リハビリセンターの精神科病棟で薬物・アルコール依存症の治療を開始。母ジャイドが、娘を入所させることを決断したのだという。

 入院当時、患者の自傷行為を防ぐため壁に詰め物をした「クッション壁の病室」で過ごしていたというドリュー。先月下旬に出演したシリウスXMラジオでは、MCのハワード・スターンに過酷だった入院生活について赤裸々に語った。

「私は1年半の間、ヴァン・アイズ精神科という場所にいたわ。そこではふざけた真似はできなかった。そうしようものなら、クッション壁の病室に放り込まれるか、担架で拘束されて縛られるの」

「私はクラブに行き、学校には行かず、母の車を盗もうとしていて、制御不能だった。ただ怒りに任せて荒れることもあったわ。だから、そんな部屋に放り込まれたの」

 そこで何時間も頭を冷やすことを強いられ、時には手を後ろで縛られたというドリュー。それはかなりの強硬手段ではあったものの、当時の自分にはそれが必要であったと考えているという。

「なぜこんな事が起こっているのかと自問したわ。そして、こう思うようになったの。あまりにも私の世界が破綻しているから、残りの人生を更生するには、これくらいクレイジーなやり方が多分必要なんだと」

「およそ約6〜8か月間はかかったわ。最初の6〜8か月は、怒り狂ってた。まっすぐに物事を見ることができなかった」

◆私を“モンスター”にした母もつらかったと思う

 実はドリューの母ジャイドも、元々は女優志望。けれどもなかなかチャンスがつかめず、子役でブレークした娘に自分の夢を託すように。すっかりステージママとなったジャイドは、幼い娘にしっかり学校教育を受けさせることよりも、大人が集うクラブで夜な夜な“営業活動”させることを優先。そのうえ、母親らしいことは何一つしなかったともいわれている。

 14歳の時に自殺未遂騒動を起こしたドリューは、様々な問題の原因が母親にあると考え、15歳の時に母親からの独立を訴えて勝訴。その後は、母とは距離を置くようになったという。けれども、現在2人の娘を持つ母親となったドリューは、今振り返ると、母親が自分を入院させたことを理解できると話す。

「30年間セラピーを受け、たくさんの自分探しを経験した。そして、子供を持つようになって思うのは、私の母親はモンスターを育てたってこと。それで彼女はどうしたら良いのか分からなかったのよ」「おそらく、どこを頼って良いのかも分からなかったんでしょうね。モンスターを作り上げたことに、何年も酷い罪悪感と共に過ごしたに違いないわ。で、私も長いこと母親と口を聞かなかったことで凄く辛かったと思う」