「女生徒との接し方がわからない」セクハラ認定におびえる教師たち

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 総理大臣まで務めた与党の重鎮・森喜朗氏が、“不適切”な女性蔑視発言から要職を追われるなど、昭和や平成の“当たり前”が、令和では当たり前ではないという感覚がようやく日本社会にもひろがってきた。

 とはいえ、近年の急速な変化によって、かつての当たり前が「セクハラ」や「パワハラ」認定されてしまうことに困惑している人も中にはいる。現役の教師たちに話を聞いた。

◆昭和や平成の“当たり前”は令和の当たり前ではない

「思春期の女性を相手にしているという意識は常にもって注意していました。しかしこの数年、どう気をつけていても“セクハラ”だと言われてしまう。時代の流れとはいえ、ちょっとついていけません」

 こう話すのは高校教諭・阪口章吾さん(仮名・40代)。体育教師であり、長らく女子バレー部の顧問を務めてきたが、部活動中の何気ない言動が、トラブルに発展することが増えたとうなだれる。

「練習の後、一人ひとり生徒が私のところに来て、練習の成果や反省点を報告するということをやってきたのですが、一部の生徒が“先生に変な目で見られた”と親に訴えたのです。そんなつもりは当然なかったので、教頭から指摘された時は青天の霹靂でした」(阪口さん、以下同)

◆生徒との接し方がわからない

 練習中、生徒が足を捻ったり痛がったりすると駆け寄り、患部の様子を確かめるために触れることもあった。だが、先の件が起きてからはヤメた。自分にその気がなかろうと、相手が感じてしまえば「セクハラ」や「パワハラ」になり得ると、きつく注意をされたためだ。

「かなりやりにくさを感じているし、生徒をよく観察しないと、教師としての仕事が成立しないと思います。やり方に問題があると言われても、20年近くやってきたことをパッと変える、というのはやはり難しい部分があります」

◆言葉を武器にする生徒たちに複雑な思いも…

 世に溢れる「パワハラ」や「セクハラ」という言葉は、子どもたちの目や耳にもしっかり届いている。そして一部の子どもたちがそれらを「盾」、いや「武器」にして、困り果てた教師たちをさらに追い込むというケースもある。

「私はまだ若く、生徒と同じ目線に立って指導を行っているつもりでしたが、それがどうも舐められる原因になっているようで」

 公立中学教諭・本間雄一さん(仮名・20代)は、教員歴5年未満という新人教師。その特権といえば、生徒と年齢が近いぶん「友達のように」生徒の会話の輪に入っていけることだと思い、気さくな雰囲気で接してきた。しかし、この1〜2年で、生徒たちが大きく変わったように感じているという。

「セクハラやパワハラがダメ、という風潮を逆手に取り、冗談半分でセクハラやパワハラを教師に仕向けてくる生徒が増えたのです。同期の女性は、生徒からスカートを捲られたりしているのですが、注意すると『パワハラだ』ですからね。年配の教師などは、ゲーム機を持ってきた女子生徒を注意したところ、別の男子生徒から『セクハラをするな』と暴力をふるわれていました」(本間さん、以下同)

◆仕事が怖い

 そして本間さん自身、生徒から殴られた経験がある。

「教員をおちょくる男子生徒をクラスメイトの前で叱っていたのですが、みんなに見られていることを気にしてか、ニヤニヤしてぜんぜん話を聞かない。

 おい、と怒鳴りると『パワハラですよね』と詰め寄られ、腹部にパンチを受けました。相手は中学3年で私よりも大きく、力が強い。思わずうずくまると、他の生徒たちからはクスクスと笑いが聞こえてきて……。学校に行くのが恐ろしくなりました」

 もちろん、「セクハラやパワハラはいけない」というのは“当たり前”の事実である。だが、その言葉だけがひとり歩きしてしまうこともある。

 いま、大きな転換期を迎えるなかで「歪み」が生じ、もはや仕事が怖い、と感じている人も少なくない。阪口さんや本間さんのように身をもって歪みを体感している教師もいるが、彼らは声をあげにくいという。一般社会に“適切”な形で受け入れられるまでには、もうしばらくの時間がかかるのかもしれない。<取材・文/山口準>【山口準】
新聞、週刊誌、実話誌、テレビなどで経験を積んだ記者。社会問題やニュースの裏側などをネットメディアに寄稿する。