聡子さん

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 コロナ禍で加速する「貧困問題」は普通の家庭にも蔓延している。兵庫県在住の加藤聡子さん(仮名・38歳)も、1年前までは普通の専業主婦として、幸せな暮らしを送っていた。

 しかし、今は派遣社員とスナックのアルバイトを掛け持ちし、1人息子の子育てに追われる日々。この1年の間に何が起きたのだろうか。

◆息子が生まれて起業した夫

「夫とは32歳のときに、派遣先のWebデザイン会社で知り合いました。当時、夫は30歳で社内でも期待されている人材だったのですが、本当は独立したいという思いがありました。やがて、一緒に飲みに行くなるようになり性格も合うし2人とも早く子供がほしかったという条件が一致して交際に発展。そこからはスムーズに結婚、妊娠と進み私は会社の契約終了とともに子育てに専念することに。一方、彼は息子が生まれてまもなくして会社をやめて独立。念願だったデザイン事務所を起業したのです」

◆コロナで生活が一変

 元々、人付き合いが良かったという聡子さんの夫。起業してもすぐに軌道に乗ったという。2年後にはマイホームを購入し、すべてが上手くいく予定だった。しかし、その幸せだったはずの生活は昨年の2月から一変する。

「夫の会社はアパレル会社などからグッズ制作のデザインを主に受注しているのですが、コロナ禍でアパレル業界が不況になったことで仕事が激減したんです。1回目の緊急事態宣言頃には売上が前年同月に比べるとマイナス8割にまで落ち込みました。それまで借りていた大阪の事務所の家賃も払えなくなり、解約して在宅勤務になったのですが、持続化給付金を受給しても社員までの給料までは回らなくなり、一時帰休をとらせることに。幸い、社員は元々フリーランスの方ばかりだったので帰休中も副業にそこまで困らなかったそうです」

◆夫が突然の家出。捜索願を出そうとすると…

 しかし、社員に給料を払えても個人の収入はさらにマイナスが増すばかり。聡子さんの夫は毎日、家にいて何もしない日が続いたという。

「家にいるときは子供の面倒を見てくれるのですが、どこか目が虚ろで。元々、夫は1人で色々溜め込む性格で人にあまり相談をしないんですよね。少し、心配だな……と感じていたときに夫が家出したんです。子供の習い事から帰ってきたらスマホを置いたままいなくなっていたので、悪い予感がしました。

 3日経っても帰らなかったので捜索願を出そうか考えていたとき、同じく連絡を取れなくなって心配していた義母から電話が来て夫が大阪のビジネスホテルに泊まっていたことが分かりました。迎えに行った夫を心配して病院に連れて行くと、うつ病と診断されました。仕事を休職することになり、私が派遣社員として復帰することになったのです」

◆契約社員とスナックのアルバイトで生計を立てる

 静養中の夫に変わって就職を試みるも、コロナ禍でどこも見つからなかったという聡子さん。仕方なく、以前働いていたデザイン会社に頼み込み、契約社員として復帰することができたのだが。

「結婚を機に退社して夫も独立したはずなのに、なんで復職したんだろう……という好奇の目で見られますね。しかも、会社もコロナ禍で残業などは一切ありません。昼の仕事だけではとても毎月の生活費を払うことができないので、夜はスナックのアルバイトも始めて月収は25万円ほど。夫は静養中に自己破産も考えたそうですが、子供もいるし家のローンもあるので私が働くしかありませんね。

 一時は夫を家に1人でいさせるのが怖くて、義母に来てもらったり子供にもなるべく学校から早く帰るようにしてもらいました。最近は子供との時間が増えたことで夫の体調も少しずつ良くなってきましたが、それでもまだ心配です」

 聡子さんにとって家計の面でも心配だが、それよりも夫の精神面的な問題のほうが大きいだろう。経営者にとっては深刻なコロナ貧困。聡子さんのように水商売の世界に飛び込んで家計を支える女性は、今後さらに増え続けるのかもしれない。<取材・文/カワノアユミ>【カワノアユミ】
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。裏モノ・夜ネタを主に執筆。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。ツイッターアカウントは @ayumikawano