「うっせぇわ」Amazon MP3ダウンロードのアイコン

 現在18歳の女子高生シンガー、Adoが歌うメジャーデビューシングル「うっせぇわ」(作詞・作曲syudou)が話題です。昨年10月23日のリリース以降、MVの再生回数は7400万回を突破し(2/19時点)、テレビの情報番組もこぞって取り上げるようになりました。動画を見た小学生も歌うほどのブームになっているそう。

◆“社畜あるある”を羅列するベタさで大ヒット

 それもそのはず。曲名の通り、刺激的でキャッチーなフレーズ連発の歌詞に、ハマってしまう人続出なのです。地声と裏声が目まぐるしく入れ替わって、<うっせぇうっせぇうっせぇわ>と歌うインパクトは絶大です。

https://youtu.be/Qp3b-RXtz4w

 じゃあ何が“うっせぇ”のかというと、常識や建て前ばかりに心をすり減らす社会のよう。<純情な精神で入社しワーク 社会人じゃ当然のルールです>とか、<クソだりぃな 酒が空いたグラスあれば直ぐ注ぎなさい>、<会計や注文は先陣を切る 不文律最低限のマナーです>と、“社畜あるある”を羅列。

 そうした無表情の同調圧力に対して、<あなたが思うより健康です>とか<頭の出来が違うので問題はナシ>と、啖呵を切っていく。言ってしまえば、お決まりのカタルシス的な展開なのですが、ベタほど強いものはありません。

◆わかりやすさに心血を注いだ一曲

 しかも、全てのフレーズが音楽とマッチしているので、歌詞だけが悪目立ちすることもない。恨みつらみを挙げていく静かなパートと、それをぶった切っていく激しいパートを、サウンドとメロディがきちんと色分けしている。それにしたがって、Adoのボーカルも表情が変わっていくので、聞く人が自然とストーリーを把握できるような構成になっているのですね。

 MVで読める詞に加えて、ナレーターのように聞き取りやすいAdoのボーカル。そこに、バンド演奏、歌メロ、アレンジメントが的確に補助線を引いていく。至れり尽くせりで、わかりやすさに心血を注いだ一曲なのだと思います。世間にツバを吐きつけている歌詞なのに、実務的にはかなりの社会適応能力を発揮しているのも、皮肉で面白い。

 単なる思いつきの勢いではなく、理路整然と作られているので、ひとつのまとまりとして聴けるのだと思います。ただ面白いことを言ってるだけでヒットするほど、簡単ではありませんよね。

◆いい音楽というより、“うまい具合にやった”感

 では、「うっせぇわ」がいい曲なのかどうかと言われると、なかなか難しい。確かに、ありがちなテーマに独自性を持たせる言葉のチョイスや、それらを効果的に響かせるサウンドプロダクションなどは秀逸。いいところに目をつけましたね。一本取られた、といった具合です。

 しかし、そうしたタイプの、“うまい具合にやった”感というのは、実は音楽の良さにとっては邪魔になってしまいます。

◆比較するのも何だけど…「I Am A God」の場合

 比較対象としては大きすぎるのですが、アメリカのラッパー、カニエ・ウェストに「I Am A God」(2013年)という曲があります。「うっせぇわ」と似たような内容で、“俺は神様なんだからとっととマッサージしに来い”とか、“おい、てめぇ、クロワッサンはどうした”とわめきたてるだけの歌詞なのです。

https://youtu.be/KuQoQgL63Xo

 ところが、カニエはそうしたメッセージに対して、わざわざ注釈をつけるようなサウンドをつけない。ノイズとコラージュを積み上げながら、ただの言いがかりを美しさへと昇華させてしまう。肥大した自我もアートにできると証明した点が、偉大なのですね。

◆ウケるための音楽をていねいに作る世知辛さ

 そう考えると、かゆいところに手が届きまくる「うっせぇわ」には、どこか哀愁が漂ってきます。下手をすれば10秒も聴いてもらえないサブスク時代で、ウケるための音楽をていねいに作る世知辛さ。感心するほどに、寂しくなってしまいました。

 もっとも、こうした筆者の言いがかりも、“うっせぇわ”と言われてしまうのでしょう。しかし、音楽好きな人間なんて、いつの時代もうっせぇ奴ばっかなのです。悪しからず。

<文/音楽批評・石黒隆之> 【石黒隆之】
音楽批評。カラオケの十八番は『誰より好きなのに』(古内東子)