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■『大脱出 健康、お金、格差の起源』(著・アンガス・ディートン みすず書房)

すこし前に出た本であるが、ここに記されている事柄は、ますます重要性を増している。世界的な、そして我々先進国内の貧困の問題という重要な問題について、健康、経済的豊かさという物差しから、率直な分析が行われている。著者のアンガス・ディートンは、その後ノーベル経済学賞を受賞している。

本書は興味深い指摘をいくつも含んでいるが、ここではその一部をとりあげることしかできない。まず、豊かさと人生満足度の関係についてである。一般に最貧国からの脱出の過程では人生の満足度が上がるが、中くらい所得以降の成長は人生の満足度の向上にあまり効かないと考えられている。ただ、豊かさ(一人当たりGDP)を対数値でとれば、依然として関係があるとの指摘を、ディートンは行っている。すなわち、2倍豊かになった時の満足度が2倍になったとすると、さらに2倍満足するには、今度は4倍豊かになればよい。

古びない指摘

同様の関係は、平均余命と一人当たりGDPとの関係においてもみられる。対数所得は余命と線形に近い関係がある。その限りで、やはり所得の向上は重要であるということである(ただし、「今の暮らしはどうか」と尋ねる人生満足度とは異なり、幸福感を感じるかどうかを尋ねる場合には、最貧国での幸福感が小さい一方で、それ以外では明瞭な傾向がないという傾向が出てくるようである)。

他方、健康については、所得の影響だけではなく、公衆衛生を含む医学の知識の普及が果たす役割に注意を促している。興味深い例として、英国の16世紀半ばから19世紀半ばの一般市民と貴族の平均余命の推移から、18世紀にはいるまでは、豊かで栄養にも恵まれていたはずの貴族の平均余命が一般市民と比べて特段高いものではなかったことを指摘している。

本書には他に先進国内の貧富の格差とその原因についての考察が展開されている。米国を念頭にした分析では、高齢者の政治力の強さから、高齢者内の格差がある程度抑制される一方、組合の力の低下もあり、壮年男性の経済状態が悪化していると指摘する。技能偏重の技術進歩によって、技能を身に着けた者とそうではない者の格差がどんどん開いていくことに警鐘を鳴らしている。思えば、終身雇用制の崩れた我が国では国全体として技能を蓄積が進んでいない。我が国では、国全体が米国の中間層以下と同様に沈みつつあるということかもしれない。その他、本書には、援助の効果についての懐疑的な見方が披露されている、援助にかかわる専門家はどう反応するだろうか。

本書の指摘は古びておらず、引き続き一読に値する書である。

経済官庁 Repugnant Conclusion