鮫島彩インタビュー後編


多くのアイデアを持って、女子サッカーを盛り上げようとしいている鮫島彩

 今秋から開幕する日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)へ向けて、鮫島彩が新天地として選んだのは、佐々木則夫氏が総監督を務める「大宮アルディージャVENTUS(ベントス)」だった。

 開幕前には東京オリンピックも控え、なでしこジャパンの柱的な存在である鮫島がこのタイミングでプレー環境を変えるには大きなリスクが伴う。しかも大宮Vはゼロからのスタートでこれから実績を積んでいくチームだ。鮫島の33歳という年齢を考えれば、最後の挑戦という覚悟もあるだろう。なぜ大宮Vだったのか、そこには貪欲なまでの探求心があった。
 
「賭けですね(笑)」----リスクよりも挑戦を選んだことを問うと鮫島は笑った。

 そもそも、すでにゼロからチームを成長させる苦労は身に染みて知っている。高倉麻子監督が指揮を執るようになったなでしこジャパンでは、若い世代とともにプレーをして、キャプテンマークを巻くこともある。代表でさんざん苦労をしてきたうえで、それでもなお、新規チームでの挑戦を彼女は選んだ。

「INAC(神戸レオネッサ)には6年在籍していて、関西でパーソナルトレーナーや治療家の方と体のケア面はすべて任せられる環境が構築できていたので、INACにいたほうがパフォーマンス的にも安定していたかもしれません。それにタイトル獲得に貢献できていないこともあって、決めきれずにいたのが正直なところ。それでも、新規チームで新しいことにチャレンジしてみたい、ピッチ内外のチーム作りに関わりたい、という思いがありました」


 鮫島にチーム運営やマネージメントに興味があるとは思ってもみなかった。だが、決して思いつきではない。

「契約前に則さん(佐々木則夫総監督)と岡本(武行監督)さんと話をさせてもらったときに、裏側を勉強させてほしいと伝えました。スポンサー営業に行く時は帯同させてほしいし、集客イベントが許されるようになったらガッツリと関わらせてほしいと。了承ももらっています。いろいろ企画したいんです」

 WEリーグはプロリーグだ。ただし、そのプロの定義はチームそれぞれ。男子と同じような取り組みでは成立しないのが女子サッカーの弱点でもある。ただ、新しいリーグの新規参入チームであれば、その定義を作れるチャンスが選手自身にもある。

「それをするには今しかないんです。新規参入の大宮Vはそれができる可能性があるチームだと思いました」

 これほど前のめりな鮫島を見たことがない。本気度が伺えるアイデアはまだ続く。

「VENTUSのオリジナルのファンクラブを作るのも面白いかなと考えています。初年度に会員になってくれた人には初年度にしかない会員番号とか、グッズとか......オリジナル感を出したい! 与えられたことをこなすのではなくて、選手自身が考えて参加して一緒に成長していきたいんです」

 そして、移籍を決めたもう一つの大きな要因が、待ち望んでいたチャンスが来たことだ。それは旧友たちともう一度プレーすること。鮫島のところへオファーが来た段階で、すでに2011年のFIFA女子ワールドカップで世界一になった際のチームメイトである阪口夢穂と、その翌年のロンドンオリンピックや2015年のFIFA女子ワールドカップカナダ大会(準優勝)でともに戦った有吉佐織らにも声がかかっていることを知った。ともに同学年でU-19女子代表でも一緒にプレーしている仲だ。

「2人と一緒にやりたいってずっと思っていました。2人がどういう答えを出すかわからなかったけど、もし集まってきたときに自分がそこにいなかったら絶対に後悔すると思った。そして、決めたら思いがけずマリーゼで一緒にやっていた(上辻)佑実ともできることになったんです! 

 新規のチームで大変なこともあるかもしれないけれど、修羅場を乗り越えてきた仲間だし、このメンバーとだったらどんなことでも笑って乗り越えられる自信があります」

 さらに加えると、コーチにはW杯優勝メンバーの大野忍が招聘されている。

「シノ(大野)さんは自分とは見えている景色が違うから、その視点での指摘をもらえるのは楽しみ。説明がすごくわかりやすいんです。でも、『このヘタクソ!』とか言われそう(笑)。だけど、この年齢で怒ってもらえるのはありがたいです。厳しいことをドンドン言ってほしいですね。......ホント怒られるんだろうなぁ」

 率先してベテラン勢を叱り飛ばしていく大野コーチの姿が目に浮かぶ。それを見て若手がどう動くかが大宮Vのカギになりそうだ。ベテランに注ぐ"憧れの眼差し"を"仲間としての信頼"にどれだけ早く置き換えられるか。顔ぶれを見ても、さほど時間はかからないだろう。

「新規チームに来たっていうことは、選手たちも何かしらの期待やこうしたいという意思を持っていると思うんです。それを同じ方向に向けられたらいいなって。自分が下だったときもそうだったように上の人の振る舞いや、考え方に影響を受ける。チームってどれだけ選手が変わってもフロントが変わっても、なんとなくカラーってあるじゃないですか。大宮Vがどんなカラーになっていくのかは、私たち選手次第なんです」

◆東京五輪での美しい輝きに期待!華麗なる女子サッカープレーヤー8人>>

 取材時点でチームは始動していなかったが、すでに鮫島に頼もしさを感じた。「自分はプレーで引っ張れるタイプではないからカラーがない」と彼女は言うが、鮫島の想いが浸透すれば大宮Vは"サメ"カラーになる可能性がある。そしてそれは選手全員の意思となっていくのだろう。

「ファン・サポーターになってくれるかもしれない方々に伝えたいのは、もうこれだけ。『一緒に作り上げて行きましょう!』。ファン・サポーターの方々もそのカラーをイチから作っていけるタイミングでもある。応援してもらうんじゃなくて、一緒に成長していきたいと思っています!」

 鮫島の熱に当てられっぱなしの取材時間だった。昨日今日の想いではないことが伝わってきた。

 佐々木総監督の言葉を借りれば、大宮Vは「産声を上げたばかりのチーム」だが、すでに鮫島の熱意に賛同する選手が続々と現れている。選手の意識改革という点ではゼロどころか、トップ集団に属しているのではないだろうか。厳しいコロナ禍ではあるが、既存にはない新しいプロチームが走り出した。