日本の医療現場で「新型コロナワクチン」を安全に実施するうえで懸念される点とは? 写真は2月23日、オランダのRAIアムステルダムコンベンションセンターでの新型コロナウイルスワクチン接種の様子(写真:ブルームバーグ)

ファイザーの新型コロナワクチンが承認され、医療従事者を対象に接種が始まった。ファイザー製ワクチンは、mRNAワクチンであることや超低温冷凍保存が必要といった、さまざまな特徴や制約がある。「筋肉注射」もその1つだ。

先日寄稿した記事(新型コロナ「ワクチン」本当はどの程度怖いのか)では、世界のスタンダードである筋肉注射が、日本ではなぜ医療現場からほぼほぼ追いやられてしまったのかを振り返った。そのうえで私は、筋肉注射について「まったく心配いらない」と断言した。今も意見に変わりはない。

ただしそれは、「適切に行われるならば」というのが大前提だ。筋肉注射そのものはまったく問題ないのだが、今の日本の医療現場では、安全でスムーズな接種を実施するうえでの気がかりがいくつかある。以下、解決・対応を促すために共有したい。

皮下接種との違い、古い常識からのアップデートは?

先日の記事の通り、筋肉注射は皮下注射と比べて本来、ゞ表衄娠(赤み、腫れ、痛み)が少ない、抗体のつきやすさは優る、というメリットがある。私も自身へのインフルエンザワクチン接種は、あえて筋肉注射で行っている。

だが、これはあくまで、適切に筋肉内に接種が行われた場合の話だ。皮下注射の“常識”は、筋肉注射では少なからず通用しない。

そこでまず、今回の新型コロナワクチンの打ち方のチェックポイントから。

【接種する腕の状態】

× 非接種者に接種側の手を腰に当ててもらう(皮下注射)→

〇 腕に力が入らないよう、自然に腕をおろしたままに促す(筋肉注射)

【接種する位置】

× 上腕の、ひじから3分の1当たりに打つ(皮下注射)→ 

〇 肩より少し下、「三角筋」と呼ばれる部位に打つ(筋肉注射)

【針の刺し方】

× 注射針は斜めに浅く、深すぎないよう慎重に刺す(皮下注射)→

〇 まっすぐ垂直に、ためらわず一気に深く刺す(筋肉注射)

【接種スピード】

× 針を刺した後、注射器の内筒を引き血管に刺さっていないか確認(逆血確認)の後、ゆっくり薬液を注入する(古い常識)→

〇 逆血確認は不要。接種スピードは速いほうがよい(皮下注射でも)

もちろん皮下注射と筋肉注射の打ち方の違いは、医師や看護師なら過去に必ず習っている。だが、それだけでは「ペーパードライバー」と一緒だ。あるいは、注射に慣れた医師や看護師ほど、皮下注射のクセがどこかで出かねない。左側通行に慣れた日本人がアメリカで運転し、「左折時につい左車線に入ってしまった」なんていうミスが起きるのと同じだ。

そもそも注射全般に関して、古い知識がアップデートされていない場合もある。例えば、かつては「注射はゆっくり、そっと、慎重に」が当然だった。だが、接種スピードが速いほうがよいことは、アメリカ疾病対策センター(CDC)も明示している。ゆっくり注射を打つと針が組織内に長く留まり、ごく微細な振動とあいまって、痛みが強まるからだ。

医師や看護師が不慣れだと、激痛トラブルを招く?

上記を踏まえ、1つ目の気がかりが、激痛トラブルだ。

筋肉注射に慣れている医師や看護師がどれだけいるだろうか。正しい知識に加え、コツをつかんでいないと、必要以上の痛みを与えることにもなりかねない。

万が一、筋肉注射の薬液を誤って皮下に接種してしまったらどうなるか。今回の新型コロナワクチンではまだ報告はないが、打った直後も、その後も、痛みや炎症が強く出る可能性がある。

皮下注射では、薬液も皮下への注入を想定して作られている。pH(酸性度)や浸透圧が細胞液と同じにしてあり、低刺激だ。皮下では薬液の吸収も遅く、皮膚表面に赤身や腫れなどの局所症状が現れやすいことを考慮したものだ。

ヒトの体液は、すべて弱アルカリ性(pH=7.40±0.05)で、浸透圧は285 ± 5 mOsm/kg。例えば、広く皮下注射の行われるインフルエンザHAワクチンだと、「pH:6.8〜8.0、浸透圧比(生理食塩液に対する比):1.0 ± 0.3」と「インフルエンザワクチンの添付文書」(厚労省)にあり、性質はほぼ体液に等しく作られている。

一方、筋肉注射では、薬液が皮下よりも速やかに吸収される。効果が現れるのが早いだけでなく、油性や混濁性など刺激の強い薬液でも投与することができる。

それを前提にファイザーの新型コロナワクチン「コミナティ筋注」の添付文書を見てみると、「pH6.9〜d7.9、浸透圧 425〜625mOsm/kg」とあり、1容量0.45mLを日局生理食塩水1.8mLで希釈することとなっている。日局生理食塩水は、浸透圧はヒトの体液に等しい285 ± 5 mOsm/kgで、pH4.5〜8.0である。希釈後のワクチンは、浸透圧は体液よりやや高く、やや酸性に傾くことになる。

つまり、ワクチン自体の刺激はやや強めだ。痛みの感じ方や炎症反応は人によって違いもあるが、間違いなく筋肉内に注射するようにしたい。

川崎市の集団予防接種訓練の映像を見せてもらったところ、模擬接種ではあるが、接種位置が低かったり、完全に垂直でなかったり、ゆっくり刺したり、といった様子が散見された。また、首相官邸がTwitterで公開している医療従事者への先行接種の映像でも、逆血確認が行われていた。

このような打ち方では痛みが増し、筋肉注射への誤解が広まりかねない。

そうなると2つめの気がかりが出てくる。接種を担当する人材の確保だ。

本来は単に医療従事者というだけでなく、きちんと知識をアップデートしつつ、日常的に筋肉注射を行っている者が接種するのが望ましい。海外は筋肉注射がスタンダードなので、そうした医療従事者のリクルートには困らないだろう。一方、日本はそうはいかない。

ナビタスクリニックではHPVやB型肝炎(10代以上)など、複数のワクチンで筋肉注射を日々実施しているが、そうした医療機関は一般的ではない。今回の新型コロナワクチン接種では、ただでさえ医療人材の不足が心配されている。筋肉注射に不慣れな医師や看護師が駆り出されることになるのは目に見えている。

なお、予防接種は医療行為にあたるものの、「医師の指示」(保助看法37条)のもとに看護師が接種を行うことは認められている。新型コロナワクチンでもおそらく医師が予診し、看護師が接種するところが多いだろう。

手練れの看護師でも知識・体力に不安

川崎市の集団接種訓練では、看護師1人あたり1時間に15人接種する想定だった。ナビタスクリニックの医師・看護師が企業などに出向いて行う集団接種では、予診は医師1人、接種は看護師2人で、看護師1人あたり合計70人に接種することもある。ただしそれも、効率の良いセッティングで、インフルエンザワクチンを皮下注射する場合だ。それでも体力的な限界を考慮し、3時間で切り上げる(単純計算で1時間20人超程度)。

筋肉注射となると、皮下注射よりも打つのに意外と力が必要だ。安全確実な接種を担保するには、1人で3時間は持たないだろう。休憩・交代を頻繁に行う必要があり、医療従事者(看護師)を多くリクルートしておかねばならない。その点で計算違いを生じないか、気がかりだ。

いずれにしても、まずは医療従事者の人数を揃え、急いで筋肉注射に関する知識をアップデートしてもらうしかない。例えば、「Vaccine e-learning」などのオンライン教材で学び直してもらうのも一案だ。そのうえでB型肝炎ワクチンなどを実際に接種して、手技を確認しておくと確実だろう。

1月に行われた川崎市の接種訓練や、今月からの医療従事者の先行接種では顕在化していないのが、接種を受ける側の服装の問題だ。

要するに、腕の中でも肩に近い部位をささっと表に出せる服装が必須だ。先のとおり、インフルエンザなどの皮下注射であれば、接種部位が二の腕の低い位置なので、長袖でも少し腕まくりをすれば打ててしまう。一方、筋肉注射は接種位置が大分高く、長袖だと、袖から腕を抜いて肩を出さねばならない。

高齢者への接種開始は4月以降とされるが、例年まだまだ肌寒い日も多い。厚着で過ごされている方も少なくないだろう。その恰好のままで接種会場に出向いてしまうと、脱ぎ着に大幅に時間をとられてしまう。

川崎市の接種訓練では、エキストラの高齢者は上着を着たまま、接種は模擬的に行われたので着脱の問題が指摘されることはなかった。また、医療従事者のユニホームも基本半袖で、少しめくれば簡単に肩近くまで露出するため、接種はスムーズだ。

今月公開された川崎市の報告書を見るとわかるが、接種会場には、プライバシーを守りながら接種準備のできる「接種前室」のようなものは想定されていない。

医療機関での接種では、予診室からそのまま接種室へ誘導される。集団接種では、予診室と接種室の間のオープンスペースに椅子が並べられて待機する形だ。つまり接種室で、衣服を脱ぎ、接種を受け、そしてまた着る、という一連の作業をすべて行うことになっている。

肩まですぐ出せる“ドレスコード”を事前に盛んに周知徹底しておかなければ、想定外のボトルネックとなり、大渋滞は免れないだろう。

「第2のHPVワクチン」になる可能性

さて、私が今回これほどに筋肉注射に注目しているのは、誤解から接種拒否が生じる、あるいは計算違いからスムーズな実施が妨げられる、といった事態を恐れるからだ。

特に、筋肉注射の方法が適切でなかったために痛みや炎症が強く出て、「血管迷走神経反射」が引き起こされてしまったら……。すぐに思い出されるのはHPVワクチンの轍だ。

子宮頸がんを始めHPV(ヒトパピローマウイルス)感染から生じるがんを予防するHPVワクチンも、筋肉注射である。2013年に定期接種化された直後、接種率は70%に達していた。ところが副反応のデマが広がり、政府がわずか2カ月で積極的勧奨を取り下げたことで、1%未満まで急落した。

副反応とされた失神などの症状は、ワクチンそのものでなく注射の痛みや恐怖などによる、血管迷走神経反射だったと考えられる。

そもそも国内で筋肉注射が廃れたのも、不適切な使用に端を発する誤解が元だった。日本の医療現場では1970年代まで、風邪の治療に、実際は効果のない抗生剤が筋肉注射されていた。筋肉が動かしにくくなるトラブルが続出し、科学的根拠や検証の乏しいまま、予防接種の大半が筋肉注射から皮下注射に置き換わった。


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誤解によって事実上排除されてから40年余、筋肉注射が、今度は16歳以上の国民全員を対象に行われる。新型コロナワクチンでは、アナフィラキシーその他の副反応を心配する人もいる。半信半疑でためらいつつ接種を受け、しかも想定以上の苦痛を味わえば、血管迷走神経反射のリスクも高まりかねない。

接種直後に失神するといった事態を目撃すれば、かなりの衝撃だ。「新型コロナワクチンは失神やけいれんを起こす危険なワクチンだ」といった誤解も広がるだろう。接種を受ける側、行う側がともに正しい知識を共有して接種に臨み、正しく接種を受けられる体制を整えねばならない。

新型コロナワクチンは、世界的には入手困難な貴重なワクチンだ。ハイリスクの人たちを守り、経済社会を正常化させるための重要な武器でもある。誤解によって無駄にしたり、せっかくの接種機会をむげにしたりするようなことがあってはならない。