コロナ禍で空中階の飲食テナントの撤退が進む(記者撮影)

テナント募集しています――。街を歩くと、ビルの入り口などにこうした張り紙が散見されるようになった。なかでも際立つのが繁華街の「空中階」、ビルの2階以上のフロアに出店していた飲食テナントの撤退だ。

1階の路面店に比べてもともと集客面で不利だった空中階の店舗。だが、同じビル内でも1階より大幅に安い賃料で借りることができるため、知名度があるチェーン店などを中心に、あえて空中階へ出店している飲食テナントも少なくなかった。

しかし、コロナ禍で状況は一変する。外出自粛の機運が高まり、ただでさえ絶対数の少なくなった顧客を取り合うことになる中、開放的な路面店に比べると換気の悪いイメージがある空中階の競争力は以前よりも低下した。

空中階の飲食テナントが苦戦

飲食店が急場しのぎの策として始めたテイクアウトでも劣勢だ。空中階への出店が多い、焼き鳥チェーンの鳥貴族は「路面店に比べるとどうしても顧客に訴求しづらい」(IR担当者)と語る。

飲食店・飲食事業のM&Aや譲渡のサポートを行っている「飲食M&A by飲食店.COM」は、自社に寄せられた飲食店の閉店相談の傾向をまとめている。そこからも空中階テナントの苦境が透けて見える。

一都三県(東京、神奈川、千葉、埼玉)を中心に集計したデータによると、飲食店の閉店相談件数全体に占める空中階の割合は、2019年が23.4%だったのに対し2020年は30.8%と、7.4ポイント増加。一方で、1階にある飲食テナントの閉店相談割合は減少する結果となった。

回転ずし大手「くら寿司」が1月19日に初の都心型ビルイン店を西新宿と渋谷にオープンするなど都心の空中階に出店する動きもあるが、現時点ではまれなケースだ。

都内の不動産仲介業者は事態の深刻さを語る。「2020年4月の緊急事態宣言以降、現在にいたるまでテナントがずっと入らないところも出てきた。これまでもリーマンショックなどの不況下で飲食テナントの大量撤退はあったが、不況に強い格安飲食業態が入るなど入れ替わりがあったため、長期間ずっと空いているということは珍しかった」。

一般的な不動産契約において、中途解約する場合の解約条項には「3カ月から半年前の退去予告」が記載されていることが多い。そのためテナント側から中途解約を告げられても3カ月から半年間は家賃収入の確保ができ、その間に新規テナントを募集することになる。

ところが、コロナ禍で飲食テナントの新規出店はあまり期待できない。事実、東京都豊島区で雑居ビルを保有する個人オーナーは、「コロナ前から2割ほど賃料を下げたが、それでも飲食店は入ってこない」とこぼす。

このオーナーの保有するビルは8フロアのほとんどが飲食店であったが、コロナ第3波が押し寄せた2020年11月ごろまでに半分が空きテナントになった。

「一般にビルオーナーは余裕があると思われがちだが、私を含め個人オーナーの中にはローンが残っている人も多い。将来的な修繕費なども勘案すると非常に厳しい」と切実だ。今後は、飲食以外の業態もにらみながら新規テナントを募集する構えだという。

苦境の飲食テナントの反面、目立つのが美容整形クリニックやエステといったテナントの出店だ。こうしたテナントはコロナ禍でも業績が堅調で、しっかりと賃料を納める傾向にあるという。


美容整形クリニックは、空中階の出店が好まれる(記者撮影)

銀座の空中階に入居し、美容整形やスキンケアなどを手がける東京イセアクリニックでは、2020年の来院者が前年比で1.8倍に増えた。

同クリニックは、「在宅勤務の普及やマスク常時着用により術後の経過を人に見られずに済むこと、整形のために韓国へ訪れていた人が国内のクリニックを利用するケースが増えたこと」(広報)が、来院者数増加の理由だと説明する。

ある不動産関係者はテナント募集の舞台裏を次のように明かす。

「渋谷の某ビルは10フロアすべてを飲食テナントにして、飲食ビルにする予定だった。だが、あまりにも飲食テナントが入らないため、急きょ複数のフロアをエステなどのサービス系テナントでも募集することになった」

人目につかないのが逆にいい

不動産サービス大手CBREの奥村眞史シニアディレクターは、「テナントを長期間空けたままにしておくことは事業計画上難しいことから、飲食テナントの撤退後、美容整形クリニックを筆頭にサービス系テナントを募集するなど路線変更を行うオーナーさんが足元で出てきている。コロナ前にはほとんど見られなかった現象だ」と、コロナ禍で生じた新たなトレンドを語る。

美容整形クリニックや脱毛サロンなどは、プライバシーに直結する業態であることから、1階の路面店よりも空中階など目立たない場所に出店することが好まれる。

さらに、飲食テナントから変更する際もハードルが低い。例えば、美容整形クリニックの場合、入院施設などを伴わなければ、入居させる際にビル側の工事が発生しづらく、比較的簡便だ。

飲食区画からオフィスへ変えるケースについてもまれにあるというが、「オフィスに勤める従業員と酔客とのトラブル回避の観点からも、飲食テナントが多いビル内にワンフロアだけオフィステナントが入居することはほとんどない」(CBREの奥村氏)そうだ。

繁華街の雑居ビルを彩った飲食店の看板やネオン。だが、コロナ禍のいま、その様相は大きく変貌し、賑わいも消えた。それは飲食店が置かれた苦境を物語る風景ともいえよう。