■戦後の日韓関係は「同床異夢」から出発した

現在の日韓関係は、1965年に日本と韓国が外交関係を回復してから最悪と言われるほどに悪化している。特に2018年の秋に、それまでなにがしかの希望が残っていたとしても、それを完全にぶち壊すような事態が発生した。

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韓国の文在寅大統領(左手前から2人目)と会談する安倍晋三首相(右手前から2人目)=2019年12月24日午後、中国・四川省成都 - 写真=時事通信フォト

まず徴用工問題について、韓国大法院(最高裁)大法廷は、10月30日新日鉄住金(現日本製鉄)に対して、次いで11月29日三菱重工に対して確定判決を下した。この判決は、2012年韓国大法院小法廷が出した徴用工原告勝訴と同じ考え方を、大法廷判決によって確定させたものだった。

この確定判決の考え方を、筆者はまったく認めることはできなかった。

1965年の諸協定では、親協定たる日韓基本関係条約で「植民地支配の不法・不当性」についての日韓の意見の根本的対立を、1910年の併合条約は“already null and void”とし、日本語では「もはや無効」、韓国語では「イミ無効(ハングルで『すでに無効』)」と訳すという妥協によって乗り越えていた。韓国側は併合条約締結時からそれが無効だと解釈し、日本側は1965年の日韓基本条約締結時から併合条約が無効であると解釈するという「同床異夢」をお互いに承知の上で、戦後の日韓関係が出発していたのである。

■徴用工問題、慰安婦問題と続いた韓国からの難題

徴用工に対する支払いについては、1965年諸協定の一つとして締結された「請求権・経済協力協定」に基づき日本政府が支払った金の明示的な内数として取り上げられ、しかるが故に「完全かつ最終的な解決」を見た旨、合意されていた。

にもかかわらずこの韓国最高裁判決は、「請求権協定は日本の植民地賠償を請求するための協定ではなく、……(中略)……日本政府と軍隊等の日本国家権力が関与した反人道的不法行為については請求権協定で解決されたとみることはできない」としてこれが解決済みであることを否定してきたのである。

その次の衝撃は、慰安婦問題からやってきた。

この問題は、1991年8月に最初の慰安婦が実名登場して以来、今や30年を経過している。日本政府は、1990年代における河野談話(1993年)とアジア女性基金の活動(1995〜2007年)によって、当時、慰安婦対象国として話し合いを行った関係国との間で和解を図ろうとした。フィリピンやオランダ他とは大略の和解が成立している。

しかし問題を提起した韓国とは、「挺身隊問題対策協議会(挺対協)」の運動によって「法的責任を認め、法的賠償を支払う」ことが要求された結果、被害者大多数と和解することができなかった。

■朴槿恵政権と安倍政権による「歴史的な和解」は実らず

この難題を韓国の朴槿恵政権と安倍政権は難しい交渉で乗り越え、2015年12月28日、解決の合意がまとめられた。それまで韓国の被害者側が最も強く批判をしていた「国庫からの支払いのない被害者への償い金は欺瞞(ぎまん)で責任の拒否」という主張を受け入れ、日本政府は韓国「治癒財団」に対し10億円を国庫から支出することを表明した。

さらに河野談話の認識を前提にした上で、「道義的責任」という言葉を使わず、「政府は責任を痛感している」と述べて、安倍晋三首相からの謝罪の気持ちが伝えられたのである。

この歴史的な和解は実らなかった。2018年挺対協は「正義記憶連帯」と名前を変え、その強い圧力をうけた韓国政府女性家族部は、2018年11月21日、「治癒財団」を解体したのである。財団の会計報告や残余額の今後の活用などについて一切発表のない、ずさんとしか言いようのない対応だった。

しかも話はここで終わらなかった。

2021年1月8日、慰安婦問題についてソウル中央地裁は、慰安婦によって訴えられた日本政府に対し、「本件の行為は日本帝国によって計画的、組織的に広範囲に強行された反人道的犯罪行為であって国際強行規範に違反するものであり、当時の日本帝国により不法占領中であった韓半島内でわが国国民である原告らに対して強行されたものであって、たとえ本件行為が国家の主権的行為であっても国家免除を適用することができず、例外的に大韓民国裁判所に被告に対する裁判権があるといえる」と判示したのである。

日本政府は、主権免除の立場より、猛反発をした。

さらに、3月24日にはもう一つの慰安婦対日本国案件の最終弁論が予定され、5月から7月の間に判決が出される予定となっている。

■韓流ブームの裏側で韓国側の「法理」は2004年から顕在化

戦後の日韓関係は少しずつではあっても確実に関係を改善してきた。日本側は韓国人の心の痛みへの理解を深め、韓国側はそういう日本の変化を歓迎した。特に1990年代のポスト冷戦期において日韓関係は大いに進展し、1998年の小渕恵三首相と金大中大統領の会談とそれに続く文化関係の開花は、両国関係を最高のレベルに引き上げた。

2002年に韓国で放送され、2003年から2004年にかけて日本で放送された韓流ドラマ「冬のソナタ」の大ヒットによって、韓国は、民主主義・経済発展・国際政治力に加え、東アジアにおける優れた文化力をも備えるに至った。

通常、成長は余裕を生み、余裕は他者への寛容を生む。しかしながら、日本から見ると韓国が真に尊敬できる国になり、ようやく日韓に「歴史の終わり」がくるかもしれないと思ったその時に、全く真逆な動きが韓国で顕在化した。

2004年3月5日、「日帝強占下強制動員被害真相究明等に関する特別法(真相究明法)」が成立、この法律に基づく調査として、2005年に入り「韓日会談文書公開の善後策に関する民官共同委員会(民官共同委員会)」が設立された。

■「完全かつ最終的な解決」を見たはずだったが…

2004年8月26日に行われた「民官共同委員会」では、植民地の不法性が究明されていない問題点を4つ挙げた。「慰安婦」「韓国人原爆被害者」「サハリン残留韓国人」「徴用工」の4つである。最初の3つは65年協定では議論の対象にならなかった。

65年諸協定は、1945年以前に起きた諸問題を法的には終わらせるものであったが、実態的に全く検討されなかったこの3つの問題について日本側は、長い年月をかけて、人道的・道義的観点より、被害を受けた方の救済のために真剣に努力してきた。

写真=iStock.com/Aleksandr_Vorobev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aleksandr_Vorobev

他方、徴用工問題については、65年諸協定の一つとして締結された「請求権・経済協力協定」に基づき明示的に解決され、しかるが故に「完全かつ最終的な解決」を見た旨、合意されたことは、前述のとおりである。

■韓国は強大化したからこそ、「過去の清算」に乗り出した

韓国人の内部に息づく「恨」の深さは、今の多くの日本人の理解を超えているのかもしれない。確かに「真相究明法」の論理は、韓国側の「恨」の次元を大きく変えた。「真相究明法」が狙いを定めたのは、韓国併合から朝鮮戦争に至る時間の中に埋め込まれた歴史としての「恨」ではない。

今の韓国人の「恨」は、韓国が強大化した今こそ、1945年の日本敗北から現在までの間に韓国が弱者であったが故に妥協と欺瞞の中に放置されてきた過去を清算し、失われていた正義を実現することである。

まったき「過去清算」のために発見した武器こそ、韓国国内法と国際法の中に構築する「法理」または「法弾」なのだと思う。

日本側が「冬のソナタ」に象徴される戦後韓国に対する尊敬と好意を持ったその同じ年に、「真相究明法」が成立したのは決して偶然とは思えない。韓国の力が頂点に達した時、韓国の一部法律家は、かつて日本と戦った「義兵」が使った「銃弾」を「法弾」に変えて立ち上がったように筆者には見える。

■同根の問題として同時進行し始めた二つの問題

「法弾」により「戦後日韓関係という過去を清算する」韓国側の動きは2004年以降、一貫している。これに対して、「謙虚さを持って身を律し」「話し合いによって両国間の信頼を強化し」「いずれかの時点での和解を待つ」という日本側の毅然(きぜん)とした態度がくだけたわけではない。最も大事な動きは、2015年8月の安倍談話と12月の慰安婦合意だった。

にもかかわらず、特に2018年以降、両国関係は韓国「法弾」の力によって確実に壊されてきたように見える。皮肉なことに1965年の法的処理があまりにもしっかりしていたので、新たな「法理」を使わずに過去の清算ができない局面に追い込まれたのが徴用工問題であり、ここが最初の対決の場となった。

そして2021年に始まった慰安婦に関する2つの裁判が今その第二の対決の場となっている。同根の問題として同時進行し始めた2つの問題がこのまま進行するなら、日韓関係がさらに悪化の一途をたどることは不可避のように思える。

■局面転換の機会となるバイデン政権の登場

筆者は、さらなる日韓関係の悪化は、日本の国益にならないと考える。それを回避するためには、韓国の現代版義兵が正面から「法弾」を打ちかけてきている時に、これをそのまま打ち返すのではなく、これを迂回(うかい)し、義兵の提供する場ではない日本の戦略の中で韓国と対峙する複合戦略を創ることが要諦ではないかと思う。

少なくとも、そういう機会が少しでも見えたなら、迅速果敢にその機会の窓を開くことこそ求められるのはないか。

そして今、まさにその機会が訪れたように思える。米国バイデン政権の登場である。

バイデン政権にとっての世界戦略、国際場裡での最大の問題は、中国の習近平政権との対峙である。中国に対し、「礼をわきまえた対話」路線をとり「共通利益のある所では協力」することはあっても、根幹の構造対立は極めて根の深いものがある。

■バイデン政権が期待するのは日韓との「三国連携」

そこでバイデン政権として期待する必須の北東アジア戦略は、二大民主国である日本と韓国との「三国連携」となる。日韓に対して期待される最低限の要請は「歴史問題での対立をほどほどにおさめ、民主主義同盟国として不安なく機能すること」である。

このバイデン大統領の動きを察知した韓国の文在寅大統領は素早い動きを見せた。1月18日の記者会見で、「原告同意」という条件は付けつつも、少なくとも一度も正式に発言したことのないことを3点述べたのである。

・韓日間には解決しなければならない懸案がたくさんあります。(その解決のために)努力をする中、慰安婦判決問題が加わって率直に少し困惑しているのが事実です。
・2015年度に両国政府間に慰安婦問題に対する合意がありました。韓国政府はその合意が両国政府間の公式的合意だったという事実を認めます。
・強制徴用問題も同様です。強制執行の方式で現金化されるとか、判決が実現される方式は、韓日両国の関係において望ましいとは思いません。

■日本の国益のための外交力強化のポイントは韓国とロシア

筆者はこのわずかな「機会の窓」を迅速に開くべく日本外交は賢く静かに動いていただきたいと考える。徴用工問題は民間訴訟であるという特性に鑑み、当事者和解に向けての知恵をしぼれないか。慰安婦問題については2015年協定を実質的に再興し、対話による合意の途に戻れないか。

何よりも北東アジアにおける日本の国益から考えていただきたいと思う。バイデン大統領にはバイデン大統領の考えるアメリカの国益がある。しかし、日本には日本の国益があり、両者は完全には一致しない。日本にとってアメリカは必須の同盟国である。同時に、中国もまた重要な隣国である。両国との共存は日本の生存と発展のために欠かすことができない。

そういう日本外交の基盤に立つなら、その第一の課題は、対米・対中外交についての最適解を間違えないことにある。そして第二の課題は、北東アジアにおける提携国を増やすことにある。それが日本の外交力をつける。その候補国は今、筆者の見るところ、二カ国しかない。韓国とロシアである。従って日韓関係の正常化は、日本外交の戦略的な利益である。

■「機会の窓」は数カ月。動かなかった対ロ外交の轍を踏むな

外交においてタイミングの重要性は、語っても語りきれない。

筆者がかつて直接携わった日ロ関係の正常化がいまだに実現しないのは、日本外交が「機会の窓」が開いた時に迅速果敢に動けなかったことをもって最大の原因とする。日韓関係においてその轍(てつ)を踏むことはなんとしても避けていただきたいと思うのである。

もう一つある。日本と韓国の歴史は、7世紀の白村江の戦い、16世紀の文禄・慶長の役、そして20世紀の韓国併合の3回を除き、総じて平和な関係で共存し、前の2回における和解のプロセスは見事なものがあった。「法弾」に対しては戦わねばならない。同時に今、日本側に求められるのは「法弾」を撃つ義兵への憎しみや無関心ではなく、自国に対するものを含め、謙虚で大局的視点をもった「歴史観」ではないだろうか。

もちろん、そのように行動したからといって、結果が保証されているわけではない。しかし、開かれた「機会の窓」に入って全力を尽くさずして日韓外交崩壊を食い止め、日本の国益を全うすることはあり得ない。

現下の「機会の窓」が開かれているのは、慰安婦裁判の今後やバイデン政権の政策形成のタイミングからすれば、おそらく数カ月が限度だと思う。関係者の勇気と行動を伏してお願いする次第である。

(2021年2月11日筆)

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東郷 和彦(とうごう・かずひこ)
京都産業大学客員教授、静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。
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(京都産業大学客員教授、静岡県対外関係補佐官 東郷 和彦)