気候変動に関する初めての書籍『How To Avoid A Climate Disaster』の発売に際して、アジア・パシフィック地域向けの極秘会見でゲイツ氏が語ったこととは(写真:Takaaki Iwabu/Bloomberg)

東日本大震災からもうすぐ10年。直後に起きた東京電力福島第一原発事故は、日本人のみならず、世界の人々に原発の危険性を知らしめた。世界では現在、440基の原発が稼働しているが、世間の原発に対する反発は根強い。そんな中、「第4世代」と呼ぶ次世代原子炉を開発する会社に出資し、5年後の試験運用を目指す人物がいる。あのビル・ゲイツ氏である。

マイクロソフトを創業し、パソコン業界を大きく変えたゲイツ氏が目下挑んでいるのが気候変動問題だ。2000年に妻のメリンダ・ゲイツ氏とビル&メリンダ・ゲイツ財団を設立し、アフリカや東南アジアの貧困地帯などを訪れるうちに、成熟国では当たり前の電力がこれらの地域に行き渡っていない状況に衝撃を受けたのが始まりだ。

安くて安定した電力をすべての世帯に供給するにはどうしたらいいのか。ゲイツ氏は著名な大学教授から話を聞き、文献を漁っている中で、気候変動に関する財団を運営するマイクロソフト時代の同僚から温室効果ガスと気候変動の関連性について説明され、気候変動の影響を最も強く受ける貧困層のために安価で安定していてクリーンなエネルギーが必要だと考えるようになったという。

原発ベンチャーに出資して会長に

「510億トンから0へ」と脱炭素を提唱するゲイツ氏が重視するのが、イノベーションである。これまでに、ゲイツ氏ら19人の著名人が集まって作った投資ファンド「ブレイクスルー・ネナジー・ベンチャーズ」を通じて環境ベンチャー40社に出資しているほか、アメリカのベンチャーで次世代原子炉を開発するテラパワーを設立し、会長に就いている。

さらに、新著『How To Avoid A Climate Disaster』(日本語翻訳版は早川書房より今夏発売予定)では、減炭素ではなく脱炭素や、既存の生産方法でできたモノの価格と、環境に配慮した生産方法でできたモノの価格差「グリーンプレミアム」を縮めるためのイノベーションの重要性などを解説。発売に際してアジア・パシフィック地域の記者向けに開いたラウンドテーブルでは、記者陣に対して原発事業の構想などについて語った。日本からは東洋経済オンラインを含め2媒体が参加した。

――今年11月にスコットランド・グラスゴーで開催予定の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、脱炭素に本気で取り組んでいる国とそうでない国がはっきりすると思う。現時点では熱心に取り組んでいるのはどこだと思うか。

現時点で脱炭素に真剣に取り組んでいると判断する基準は2つある。1つは、その国の1人あたりの温室効果ガス排出量、あるいは、現状の排出量に対してどの程度減らすかという明確な目標がある場合。電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの利用が進めば、20%程度は減らすことができるだろう。

だが、排出量の多い鉄鋼やセメント製造、航空機燃料を排出量の低いものに置き換えるコストが高すぎて、ノルウェーのように高い炭素税を設けているところでさえ、このコストをカバーしきれない。もう1つの基準は排出量を減らすのではなく、排出量ゼロを目指しているかだ。

だが、問題はインドのような中進国だ。例えば、全国民に対して普通の家や電気を提供し、基本的な移動手段を整備すると決めたとして、排出量の少ない製造・生産プロセスのコストが今と同じくらい高いとしたら、こうした国は反発するだろう。これが起こらないためには、グリーンプレミアムを95%下げなければいけない。

5年めどにアメリカで試験炉を建設

――著書では、脱炭素を達成するには再生可能エネルギーの精度を上げ、足りない部分は原発で補っていく案を掲げているが、世間の原発に対する不信感は根強い。

確かに既存の原発にはたくさんの問題がある。特にアメリカでは天然ガスと比べた場合の発電にかかるコストが高いうえ、安全性の問題もある。

一方、テラパワーは第4世代の原子炉を開発しており、安全性はこれまでのものとは比較にならないほど高い。加圧する必要はないし、熱によって事故が起こるということもない。第3世代の原発がいいという人もそうじゃない人も、第4世代はオープンな気持ちで考えてみてほしい。第4世代はこれまでのものとはまったく異なるものだ。

――自身が会長を務めるテラパワーは中国で原発を建設する予定だったが、米中の関係悪化により白紙になった。アメリカのバイデン政権で関係改善が図れれば、再び中国に進出するか。

確かに中国と協業する予定だったが、前トランプ政権の判断でそれも諦めざるをえなくなった。その後、ありがたいことに40億ドルのプロジェクト資金を得て、5年後には試験炉を運用したいと思っている。その頃には、発電コストや安全性ももっと明らかになり、発電コストを抑えながらクリーンエネルギーを普及させるために、グローバル展開を推し進めたい。

新たな原子炉がアメリカと中国の関係を改善させる1つになって欲しい。どちらの国にとっても気候変動は大きな課題であり、アメリカの原子力規制委員会(NRC)が背中を押してくれるのならば、中国と協業する手段を見つけたい。

――1月には菅義偉首相と話したということだが、気候変動問題における日本の役割は。

菅首相との会話は気候変動も含めて多岐に渡ったが、ほとんどは公衆衛生に関することだ。日本が2050年に脱炭素を図るという目標をもちろん支持するし、それは世界の目標でもあるべきだ。アメリカなどに比べると、日本では大型かつ安定したエネルギー施設を建てることが難しいので、非常に勇気ある決断だと思う。

脱炭素社会を目指す中で、日本に期待するのはイノベーションに貢献することだ。トヨタなど自動車会社はEVだけでなく、水素(を燃料とする燃料電池)自動車も開発しており、これは非常に価値の高いことだと思う。小型車分野では電気が主流だと思うが、大型車の分野では水素のアプローチのほうが向いているかもしれない。日本における研究開発も非常に重要だ。気候変動問題に関しては、日本が得意とする分野での貢献を期待している。

認識変えるには劇的に違うものが必要

――福島での原発事故などを踏まえると、日本で原発を推進するのは極めて難しい。首相はどう国民の理解を得るべきか。

第4世代の原子炉は建設費が従来の4分の1だが、アメリカは天然ガスが非常に安いので、炭素税を導入しない限り、競争は難しいだろう。一方で日本の天然ガスはアメリカの3倍高いので、第4世代はコストの面で競争の土壌に立てる。

ただし、世論が原発をどう受け止めるか、という問題もある。放射性廃棄物をどうするかという問題もあるが、テラパワーはこれについても解決方法を考えている。時期が来れば、NRCからの承認を受けて、世間から理解を得られるようにもなるだろう。

――ドイツや韓国は脱酸素を原発なしで成し遂げようとしているが。

気候変動は非常に重要な問題で、温暖化を食い止めるためにさまざまな可能性を探るべきだというのが私の意見だ。成熟国では過去10年間電力供給量を増やすことができなかったというのに、2050年に今の2.5倍の量の電力を、すべて自然エネルギーでまかなうことは果たして可能だろうか。多くの国にとって水力は最も大きなエネルギー資源だが、すでに有望な場所は開発され、これ以上スケールすることは難しい。

一方、原発もクリーンエネルギーではあるが、多くの国で賛否両論がある。だが、第4世代は、加圧や人がボタンを押す必要性がなく、物理的な構造から一定以上の温度にもならない設計だ。この原子炉がうまくいけば、人々も受け入れやすくなるかもしれないが、世間の原発に対する認識を変えるには劇的に違うものを出さなければいけない。5年後にはそうしたものがお見せできるようにしたい。

――バイデン新政権には、気候変動やパンデミックについてどう働きかけていくのか。

メリンダと私は、政権移行期間中にバイデン大統領と話すことができた。その時の主な話題は気候変動とパンデミックで、私たちの財団もこの分野にはできる限りの貢献をしたいと伝えている。ジョン・ケリー氏など、バイデン政権の運営に関わる人たちの多くは個人的に知っている人たちで、何人かとはすでに話している。気候変動における政府の役割の重要性を認識している人も少なくない。

バイデン大統領は就任後すぐにパリ協定に復帰したが、COP26にもバイデン大統領自身が参加し、この問題への本気度を示してほしいと思う。バイデン大統領の気候問題関連の経済的なコミットメントは素晴らしい。今回の書籍を私は大統領だけでなく、上院で気候変動の委員会に参加している議員全員に送っているので、今後の枠組みに関する議論のベースになればいいと思っている。

気候変動分野の研究開発にこれまで以上の予算が当てられるのは確実だと思うし、投資は長期にわたるものなので、民主・共和両党からの支持を得られるだろう。気候変動分野でイノベーションが活性化することになれば、新たな企業や雇用が生まれることから、共和党もメリットを感じているはずだ。

燃料電池車はいいアプローチ

――電池のポテンシャルをどう見ているか。

燃料電池には2つのタイプがある。1つは、EVなど移動手段に使われるもので、もう1つがグリッドスケールのエネルギー貯蔵システム用だ。私は多くの電池企業に投資をしていて、そのうちの1つがクァンタムスケープという最近上場したばかりの会社だが、リチウムイオン電池より2倍性能が高く、走行できる距離も長い。今後10年は自動車分野でグリーンプレミアムが縮小する可能性が高いだろう。電池の性能が上がり、コストはゼロに近いほどに下がってくる。

一方、グリッド向けの電池開発は非常に難しい。それでも、ブレイクスルー・エネルギー・ベンチャーのポートフォリオの中には、熱エネルギーの貯蔵を手掛けるマルタ、水力発電の技術を開発するクイッドネット、それからフォーム・エネルギーという電池会社が入っている。現況ではグリッド用のバッテリーの開発には物理学上の限界があり、これを超えるには素晴らしい発想が必要だ。

――ゲイツさんもEVに乗っている?

ポルシェ・タイカン・ターボというEVを所有していて、これは本当にいい車だ。私の周りでも、テスラを含めて多くの人が電気自動車に持っていて、その体験にも満足している。

ゼネラル・モーターズ(GM)も最近、2035年までにすべての自動車を電気自動車にすると発表したばかりで、今後のこの分野は一段と発展するだろう。温室効果ガスの排出、という点で見ると、自動車によるものは全体の7%に過ぎないが、それでもこの分野が最も簡単に排出ゼロに近づけるのではないか。

――今回のパンデミックや気候変動、温暖化についても「陰謀論」が出てきて、ゲイツさんご自身もそのターゲットになっている。気候変動において「ファクト」を信じてもらうには。

世の中にいろいろな陰謀論があって、今回のパンデミックで自分がそのターゲットになるとは思っていなかった。これによってマスクを着用しない人が増えたり、ワクチンを受けない人が増えたりするのは本当に残念なことだ。理想論で言えば8割の人がワクチンを受けないかぎり、われわれが望むような集団免疫を得るのは難しいのではないだろうか。

ジェームス・ボンドの映画みたいに誰かが裏で何か工作している、といった陰謀が横行しないためには、事実をどれだけ興味深く伝えられるかが重要になる。ソーシャルメディアで出回っている陰謀論が人々の心をつかむことに対して、私たちはナイーブすぎる。企業や国レベルで陰謀論をコントロールすることが必要なのではないか。

より経済的、クリーンな方法を探す

――各国政府や企業が、資本主義に基づいたリニア思考から脱し、利害関係者だけでなく、環境に配慮したモノ作りなどに振り向けるにはどうしたらいいか。

リニア思考から完全に脱するのは難しい。となると、問題は新たなエネルギーを活用するのと、例えば地下資源を掘り出すのとどちらか経済的か、ということになるのではないか。今あるエネルギーを作るところから消費するところまですべてクリーンなプロセスでできるのなら、その中から最も経済的な方法を選べばいいと思う。


製造プロセスなどを見直す方法もあるだろう。例えば、製鉄では多量のCO2が排出されるので、「グリーン鉄」を作る方法を考えたほうがいい。リサイクルはその方法の1つだろうし、ビル建設においてどれだけ使う鉄鋼の量を減らせるかデザインするソフトの開発も1つだろう。いずれにしても、グリーンプレミアムを減らせる方法を探すべきだ。

今回の私の本から学べることがあるとすれば、問題は複雑で解決するのは容易ではないが、解決するのは不可能ではない、ということだ。

――気候変動による自然災害を減らす有効な技術はあるか。

技術に関して言うと、私が著書の中で述べているポイントは「肉、土地利用、航空燃料など、非常に多くの要素があるので、1つではなく12のブレイクスルーが必要だ」ということだ。その中で、注目している技術を1つ挙げるなら、非常に安価で信頼性も高いグリーン電力に加え、非常に安価なグリーン水素が実現できれば、製鉄や肥料の製造といった産業プロセスにおけるさまざまな問題が解決できるのではないかと思う。

世界は今、コロナウイルスによるパンデミックに直面しており、これにより大きな経済的被害や経済死も発生している。足元ではこれは気候変動より深刻な問題だ。しかし、これにはワクチンという解決策がある。

一方で気候変動は対処や解決方法が見つかっておらず、このまま放置すればパンデミックより多くの人が気候変動で亡くなる可能性が出てくる。今回のパンデミックでは世界が協力しあえることがわかったが、気候変動に関しても各国間の協力が必須だ。自国だけ頑張っても、天候に国境はないのだから。