イタズラされた記念碑

 長引くパンデミックのなか、アメリカではアジア系に対する犯罪が増加している。1月末、カリフォルニア州オークランドのチャイナタウンで、91歳の男性が背後から突然押し倒された。サンフランシスコでは散歩中の84歳の老人が故意にはじき飛ばされ、いずれも老人は死亡、犯人は逮捕された。

 その数日前には、サンノゼで春節用のお年玉を用意していた64歳の女性が襲われ、ニューヨークでも61歳の男性が顔を切られて100針を縫う大ケガをした。どれもSNS上で話題になったが、主要メディアでの扱いは小さい。

 そうしたなか、2月8日、サンノゼのジャパンタウンにある記念碑にいたずら書きされる事件が起きた。記念碑は花崗岩でできたモノリスで、この地に移り住んだ日系1世を讃える目的で岡山市から贈られたもの。

 深夜に何者かが赤いスプレーで文字を書いたようで、攻撃的な言葉は見当たらなかったが、この碑はつらい歴史を生き抜いてきた日系人たちの象徴でもあり、商店街の人たちに大きなショックを与えた。

赤い字がうっすら残る(清掃直後)

 アジア系への暴力をまとめている団体によると、新型コロナによる行動規制の始まった3月半ばから昨年12月末までに、全米で2800件を超えるヘイトクライムが報告されている。ヘイトクライムとは人種や宗教、障害など特定のカテゴリーに対する偏見や憎悪がもとで引き起こされる犯罪を指す。

 調査によると、犯罪の7割は口頭による攻撃で、肉体的な暴力は9%だという。人種別では中国人が全体の40.4%と最も多く、次いで韓国人の15.7%、日本人は6.7%だった。

 事件の多発を受け、ニューヨーク警察は、昨年の夏、アジア系への犯罪に対応するためのタスクフォースを特別に編成した。

 アメリカでアジア人は静かでか弱く、反撃してこないという印象を持たれているが、黙っていては解決しないと声を上げ始めた人もいる。

 韓国系俳優のダニエル・デイ・キムと、香港映画界で活躍している中華系のダニエル・ウーは、オークランドの事件に260万円の報償金を出している(犯人逮捕で、報奨金は寄付に回された)。中国系イギリス人の女優ジェンマ・チャンも事件への協力を呼びかけ、「暴力は沈黙を破らない限り終わらない」とコメントしている。

 中国生まれのCBS記者は、ホワイトハウスの記者会見で、エスカレートするアジア系への攻撃に対して、バイデン政権がなにか行動を取る予定があるか質問した。報道官は、国と地方レベルでさらなるサポートをすると述べ、「バイデン大統領が就任後すぐに大統領令に署名したのは、アジア系に対する差別や外国人嫌いの動きを懸念しているからだ」と説明した。

 バイデン大統領は1月26日、アジア系への差別や偏見の解消を目指す大統領令に署名している。具体的には、政府のウェブサイトに「チャイナウイルス」などの差別用語が使われていないかをまずは調査していくことになる。

 アジア系の人権団体はバイデン大統領の行動に期待しているが、「この問題は始まったばかりで、すべきことが山積している」ともコメントしている。

 ジャパンタウンのいたずら書きは、翌日には消されていたが、岩に染み付いた赤いペイントはうっすら残っていた。アメリカに根付いている差別や偏見は、表面的にはきれいになっても、このペイントのように、染み込んだ部分まできれいになるには時間がかかることだろう。(取材・文/白戸京子)