アイスを食べていた新人社員とそれを注意した研修講師。後日、人事部からお叱りを受けたのは、なんと「研修講師」のほうだった(写真:filadendron/iStock)

研修の休憩中にアイスを食べていた新入社員を注意した講師。一見、正しいことをしたように見えるが後日、人事部からお叱りを受けたのはなんと講師のほうだった。彼が犯した過ちとは? 産業カウンセラーの渡部卓氏による新書『あなたの職場の繊細くんと残念な上司』より一部抜粋・再構成してお届けする。

以前、研修の休憩中にアイスを食べていた新人を強く注意した講師がいた、というネットの記事を見かけました。勤務中なら缶コーヒーぐらいにとどめておくべきで、アイスとは何事だという論理です。

新人はその場でも「おやつをとるのがいけないのですか」と反論したようです。後日談として、その講師は人事部から呼び出しを受けたとのことでした。

この話を読んで、私は自分の体験を思い出しました。それは海外でのマーケティング関連の企業研修だったのですが、外部の専門講師が毎日、アイスの差し入れをしてくれたのです。講義の内容も有益で、いまでもそのアメリカ人講師の顔が思い浮かびます。

何を注意するにも「配慮」が必要な時代

アイスを注意した講師からすれば、研修中にスマホをイジったり、居眠りをする新人が目についてきたので、気を引き締めるためにガツンと言ったのかもしれません。私も気の毒に感じる面もありますが、昔の感覚で強く叱責すると、時にベテラン講師でも一大事になります。

たとえば、遅刻が厳禁なのは、いまも昔も変わらない価値観です。それでも、言い方には配慮が必要です。「社会に出たら、遅刻をした時点で終わりだぞ!」なんて脅すような言い方はNGです。ましてや、遅刻した若手社員をその場で叱責するにはよほどの配慮が必要でしょう。

ある大手家電メーカーの新人研修の例を紹介します。外部の講師を呼ばずに、海外留学の経験もある若手の有望株に新人研修を任せました。初日、2日目と何事もなく過ぎましたが、3日目のある講義の際に、ひとりの新人が遅刻をしてきました。

みんなが着座している中、遅れて入ってきた彼に対して、講師はその場でつい叱責してしまったのです。といっても、怒鳴ったりはしていません。「遅刻はダメだぞ。次から遅刻はしないように」程度の注意だそうです。

それでも、結果として“人前で注意された”新人は会社を辞めてしまったというのです。「遅刻するなんて気が緩んでるぞ」などのようにつるし上げたわけではありません。

たとえ言い方はソフトであっても、周囲に同じ仲間がいる前で注意したのは講師の悪手でした。その場は何事もなかったようにふるまって、講義後に個人的に彼にひと言伝えるぐらいの配慮をしないと、繊細な彼らの心は傷ついてしまいます。

彼らはとにかく、周りから浮いたり、目立つようなことをするのを嫌がるのです。悪い目立ち方でなくても、素晴らしい内容を発言する機会さえ避けたがります。出る杭になる状態はとにかく避けたい。

とくに新人研修中は、まだ同期との関係性を築いている最中です。ただでさえ不安とストレスを抱えている状態で、周囲から浮き上がらされると、メンタルが耐えられなくなってしまう場合もあるのです。

若者がハッキリと断るとき

いっぽうで、いまの若い世代が自分の意思を主張する場面もあります。たとえば、飲み会や合宿の幹事については明確に嫌がるのです。ある学生に幹事を任せたいと思って、私が水を向けても、たいてい「勘弁してください」「嫌です」とハッキリ言います。

私は、学生が自らゼミ合宿で箱根や軽井沢など旅館に宿泊するプログラムを作ったり、温泉やレクリエーション施設を探したりする経験が勉強になると思っています。

しかし、彼らの答えはだいたい同じです。

「もし私が幹事を任されても、参加者全員を満足させられる自信がない」と返してきます。それでも再度、「失敗してもいいから。キミたちの好きなようにやってごらん」と促しても、翻意して承諾してくれることはまずありません。

よくよく理由を尋ねてみると、とにかく参加者の反応を恐れています。情報化社会なので、もっといい宿泊場所があった、もっといいルートがあった、なんてダメ出しをされるかもしれない。失敗の評価を、仲間から下されることが嫌なのです。

若者にとってリーダーや幹事は「貧乏くじ」

それはあながち杞憂とも言い切れません。実例として、これも知人から聞いた話です。知人の会社が新人合宿をある温泉でやったそうです。その際、1人の男性社員が率先して幹事になって取り仕切りました。参加した社員たちは着いた瞬間に「えっ、こんなところに泊まるのか」と感じる旅館だったそうです。サービスも風呂も料理も満足のいくレベルではなかったというのです。


しかし、1人として幹事に直接、文句を言う人はいなかったそうです。ただ、SNSにはこっそり「ありえない」「クーポンを使えばいいのに」などと不満を書き込んだ社員がいたようです。

旅館や飲食店は、簡単にネット比較できるため、選択での失敗も見えやすい。ただ、実際には、同価格帯ならほかの旅館も似たり寄ったりだったはずです。ネットの広告ではよく見えても、実際には行ってみないとわからないもの。そのため、幹事が参加者全員を100%満足させるのは最初から無理だということは誰だってわかります。

そうなるとリーダーや幹事は貧乏くじを引くことも多く、それが直感的にわかるいまの若い人たちが及び腰になる気持ちもわからなくはないのです。