「内部通報の多い企業」ランキング1〜10位

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内部通報の件数が多い企業1位になったセブン&アイホールディングス(撮影:今井康一)

2019年6月にかんぽ生命保険の郵便局員による大量の不正募集が発覚。その後、明らかになった不祥事の実態から同年12月に金融庁は、日本郵政グループに対して厳しい行政処分(業務停止命令および業務改善命令)を行った。

このような経営にダメージを与える不祥事を防止するうえで、内部通報制度は有効な手段の1つと考えられる。しかし、報道によると問題の不正は民営化以前から繰り返されていたということからも、かんぽ生命保険の同制度はうまく機能していたとは言えないだろう。

実際、同社が2020年9月に発表した「業務改善計画の進捗状況等について」の資料では、情報共有・ガバナンスの分野で「内部通報制度の拡充」と「内部通報窓口の情報共有」が施策として挙げられている。

セブン&アイHLDが2年ぶり首位に

東洋経済新報社『CSR企業総覧』編集部では、内部通報が機能するためには「通報しやすいオープンな社内環境を整備し、多くの声を集めること」が最も重要と考えている。相談を含む多くの情報の中から、わずかでも問題のある案件を見過ごさずに対応していけば、大きな不祥事を未然に防げるのではないだろうか。そのための第一歩は、まず社内の通報件数を増やすことだと考える。


『CSR企業総覧』(東洋経済新報社)。書影をクリックすると東洋経済STOREのサイトにジャンプします

そこで、編集部ではCSR調査の中で聞いている「内部通報件数(相談等も含む)」を毎年ランキングとして発表。通報しやすいオープンな会社を知るための1つの見方を提供してきた。

今年もこのランキングを作成。対象は『CSR企業総覧(ESG編)』2021年版掲載1614社のうち内部通報の件数などを開示している611社だ。

このうち2019年度の件数で上位100位(101社)をランキングした(『CSR企業白書』2021年版には200位まで掲載を予定)。それではランキングを見ていこう。



1位は2017年度まで5年連続1位だったセブン&アイ・ホールディングスとなった。件数は1209件。前年の1226件に比べて17件減だが、2位よりも200件以上多い。

同社では法令順守をはじめ、汚職・贈収賄防止に向けた「私的な利益を受けることの禁止」「違法な政治献金や国内公務員・外国人公務員およびこれらに準ずる者に対する贈り物・接待・金銭的利益を提供しない」などを「セブン&アイグループ企業行動指針」の中で定めている。

法令順守は専任部署としてCSR統括委員会のほか、実務をサステナビリティ推進部、法務部、各事業会社の法務部が担当する。また、CSR統括委員会の傘下にはグループ横断の「コンプライアンス部会」を設置。2009年9月からは、国内連結子会社の全従業員が利用できるグループ共通の通報窓口を社外に置いている。2019年7月、消費者庁の「内部通報制度認証(自己適合宣言登録制度)」に登録し、2020年度も更新した。

同社の群を抜く内部通報件数の多さは、こういった法令順守体制の強化と窓口の整備の下、問題の早期解決に役立てるための情報が幅広い層から集まっているからだと考える。実際、法令違反等については「公取からの排除措置命令等・他」で2017年度に1件、2018年度に3件あったものの、2019年度は0件となっている。

パナソニックは前年度から倍増

2位は989件のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)。集計の対象はPPIHグループ国内法人だが、前年度に比べて316件増加している。内部通報・告発窓口は社内外に設置し、内部通報者・告発者の権利保護規定も制定。法令順守は専任のストアコンプライアンス推進部と法務部が担当する。汚職・贈収賄防止としては社員教育を実施し、違反した場合の懲罰について規定している。

詳細はわからないが、通報件数の多さや今回の調査範囲の2017年度から2018年度の3年間における、「公取からの排除措置命令等・他」、「不祥事などによる操業・営業停止」、「コンプライアンスに関わる事件・事故で刑事告発」といった国内での法令等に関わる事件が一切ないことは、同社の内部通報制度が機能していることの表れの可能性がある。

3位は前年度の380件から760件に倍増したパナソニック。同社の特徴は、国内外のホットラインを一本化した「グローバルホットライン」、性差別等に関する「イコールパートナーシップ相談室」、自社の会計・監査に関する「監査役通報システム」を設置していること。さらに、通報者等に対する不利益な取り扱いの禁止や秘密の保護等について定めた「社内通報および調査に関する規程」、「通報者等への報復行為禁止に関する規程」を制定していることだ。

また、法令順守の専任部署としてリスク・ガバナンス本部を置き、カンパニー・事業部や海外の地域統括会社などにも担当部署を設置している。贈収賄・腐敗行為防止をグローバルに徹底するため、国内外のパナソニックグループ全役員・従業員に適用される「グローバル贈収賄・腐敗行為防止規程」および関連規程も制定した。

4位はヤマトホールディングスで696件。同社も社内外に内部通報窓口を設置しているが、この件数は同社の「コンプライアンス・ホットライン」、社長宛の窓口「目安箱」、外部の弁護士が担当する「企業不正通報窓口」の総計で、職場環境改善などの相談も含んでいる数字だ。

同社の場合、2019年度はパート社員を含めたグループ内全社員へ内部通報制度の浸透を図るために通達の配信やポスター掲示を行ったことで、社員の認知度が向上した。その結果、相談を含めた件数が243件増加し、前年度の倍近い数字になった。

5位はファーストリテイリング。前年度の563件から127件増加し690件となった。同社も社内・社外に内部通報・告発窓口を設置し、内部通報者・告発者の権利保護規定も制定。窓口についてはイントラネット上に公開しているほか、従業員の休憩室にポスターを掲出するなど、相談しやすい体制を整えている。

従業員の行動基準を定めた「ファーストリテイリンググループコードオブコンダクト」および「腐敗行為防止社内ポリシー」に従い、展開するすべての国・地域の各言語で定期的にコンプライアンスに関する研修を実施。「ビジネスパートナー行動指針」に定めた腐敗行為防止への取り組みを順守する取引先とのみ契約を締結している。

通報件数が底上げされた

以下、6位イオン590件、7位エーザイ544件、8位KDDI469件、9位明治安田生命保険466件、10位日立製作所459件と続く。

年間の件数が100件以上なのは、78位の野村ホールディングス、ジェイ エフ イー ホールディングスまでだが、100位の三菱地所、東北電力でも75件ある。2018年実施の調査のランキング(一昨年)では100件以上が63位までで、100社目は60件だったので、これに比べると15件も底上げされている。

ちなみに、前年度に比べて最も通報件数が増えたのは3位のパナソニック(380件増)である。ほかに100件以上増えたのは、2位のパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(316件増)、4位のヤマトホールディングス(243件増)、8位のKDDI(139件増)、13位の日本製鉄(138件増)、5位のファーストリテイリング(127件増)の5社だ。

なお、今回の調査(2020年実施)は2018年度と2019年度の通報件数について各社から回答を得て、これらの数字を基に前年度比較を算出している。2018年度の数字が前回の調査(2019年実施)から修正されている場合もある。ちなみに、エーザイが1位となった前回の調査のランキングは『CSR企業白書』2020年版に掲載しているのでそちらをご参照いただきたい。

権利保護に関する規定は、今回ランキングした全社(101社)が制定。窓口は社外で一括窓口としているIHIと、東京個別指導学院以外はすべて社内に設置。さらにほとんどが社外にも設置していた。

従来の調査時から述べているが、この内部通報の件数はどの程度が適切なのか一般に使われている基準はない。ただ、『CSR企業総覧』編集部では2011年度からこのデータを収集してきた経験から、従業員数と対比するのが一つの見方であろうと予想している。

たとえば、3位のパナソニックの2019年度の単独従業員数6万455人を件数760件で割ると1件当たり79.5人となる。参考までに上位の製造業では7位のエーザイ(544件)は、単独従業員数2953人なので1件当たり5.4人。同様にすると、10位日立製作所は68.5人、11位ソニーは6.1人、12位ホンダは59.2人、13位日本製鉄は63.8人、14位花王19.3人となる。

われわれは「1年間で100人に1人が通報する」環境が、通報制度が機能している目安の1つとみているが、通報1件当たりの従業員数は100人未満が101社中78社、200人未満は同じく94社だった。

1件当たり100人未満、1件当たり200人未満の会社数はともに、2018年実施の調査のランキング発表時(一昨年)のもの(100人未満が100社中74社、200人未満は同じく87社)よりも増えている。これは通報制度がより機能するようになっている表れではないかと考える。

ただし、単独従業員数を基準にすることは課題も多い。通報可能な対象者はグループ会社を含む場合もあるし、正社員以外のパートやアルバイトが含まれる場合もあるからだ。通報可能な人数が明確でないため、単独の従業員数を使って算出した値は、あくまで参考データであることには気をつけていただきたい。

情報システムを通じた内部通報の整備も

エーザイのケースでは、コンプライアンス連絡・相談窓口では幅広い問い合わせを受け付けているので、「ほとんどが通報ではなく規則に関する問い合わせである」としている。少しでも多くの情報を収集しようとすると、実際に内部通報される情報はコンプライアンス問題に関するもの以外が多くなるだろう。

内部通報される情報は一般的に、窓口担当者に対する個人的な仕事の不満などの告白や投書といったものも少なくなく、社内窓口の担当者がつらい思いをするケースも依然として残っているかもしれない。

これまでの記事では、IHIのような社外専門機関に窓口を一本化するのが1つの方策ではないかと述べてきたが、今後の従業員の働き方の変化を考えると、投資負担はかかるだろうが情報システムを通じた「会社関係者がいつでも・どこからでも通報できる仕組み」などの整備も必要になるのではないだろうか。

『CSR企業総覧』編集部では、今後も内部通報件数のデータを収集し、各社の動向を伝えていきたいと考えている。コロナ禍でも経営の健全性への寄与が考えられる内部通報制度の進展に期待する。